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雪花舞う  作者: 芍薬
18/19

18・この心は

 あとどれぐらい、心を凍らせればいいだろう。どうすればこの痛みを感じなくなるのか。

 巫女としての役目を取り戻した有紗は、言われるがままに各地を巡る生活に戻っていた。

 力を使うたびに、心はただ静かに冷えていく。



 一度逃げた有紗の警備は、以前よりもずっと厳しい。

 寝衣にくるまり目を閉じるときですら、有紗は1人にはならない。

 人の気配を振りきるように瞼を閉じれば、訪れるのは眠りではなく暗闇ばかりだ。

 きつく目を閉じて息を殺していると、別れ際のウィオルの姿が脳裏に甦る。

 青褪めた頬に伝う赤。冷えていく掌。


 失うかもしれないと思った。

 この世界で、初めて名前を呼んでくれた人。

 巫女でない有紗に約束をくれた人。


 この世界に来て、有紗は全てを失った。

 帰る場所も、大事な人も、全部。

 巫女としての自分しか求められない場所で、ウィオルにどれほど心を救われたことか。

 その彼を失ったら、ひとりぼっちのこの世界で、きっともう立ち上がれない。

 今の有紗にできるのは、ただ祈ることだけだ。


 どうか、無事であってください。

 どうか、幸せに暮らしてください。

 どうか、……有紗(リサ)のことを忘れてください。


 今まで大して信じてもいなかった神様に、祈る。

 理不尽なこの世界で、せめて祈りぐらいは聞き届けてくれてもいいじゃないか。



 祈りの夜を重ねて、どれほどの時が経っただろう。

 雪が溶けた冬の終わり。ふと空を仰いだ有紗は、もうしばらく雪空を見ていないことに気がついた。

 雪深いクレイドルの地に思いを馳せる。

 もうあの場所でも雪は止んだだろうか。

 ウィオルは、あの場所に戻ったのだろうか。


 あの場所にあるのは、苦い思いと裏切った人々だ。

 この世界で唯一、巫女でなくいられた場所。誰も巫女としての有紗を求めず、ただの少女と扱った。その事実がどれ程得難いものだったか、きっと彼らはしらない。

 いっそ、忘れたままだったならこんな思いは、せずにすんだだろうか。



 スロー再生のテープの様に、ゆっくりゆっくりと時間が過ぎて行く。

 曖昧な日々の中で、常にないざわめきを感じて有紗は我に返った。与えられた任務をこなして、宿泊先に落ち着いた矢先のこと。

 部屋の外、バタバタと慌ただしく行き交う足音と苛立った様な声。

 怪訝に思うも、巫女に外の情報は与えられない。

 部屋内に配置された警備の者が、廊下を覗きに行った。

 もう1名の者が窓を開けて外を確認する。


「うぐっ」


 椅子に座って視線を床に落としていた有紗は、変な音を聞いて顔を上げた。

 窓を覗いていた警備の者が、大きく仰け反っていた。白目を剥いている。

 呆然と立ち上がった有紗は窓に目を遣りぽかんとした。

 足が。

 窓枠の上から延びてきた足が、人を蹴飛ばした体勢のままゆらゆらと揺れている。


 有紗が状況を掴みきれないうちに、足の持ち主は器用に窓枠に足を掛けて窓枠をくぐった。


 息を呑む。

 灰色の瞳、眉尻に残る傷跡すらも忘れたことはなかった。


「ウィオルさん」


 この場所にいるはずがない人。

 危なげなく床に降り立ったその人は、まっすぐ有紗を見た。


「リサ」


 呼び掛けられても彼女は、ただ呆然とすることしかできなかった。


ラスト1話です。

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