深夜の散歩道にて
これは割と最近の話である。
その日私は、友人達と共にカラオケへ行っていた。我々が行ったカラオケ屋Aは、家からは徒歩で30分。実に遠いところにある。もっと近いところ―といっても徒歩で20分、チャリで10分ほどのところ―にもあるのだが、フリータイムの時間の長さと値段の安さでそこに決まったのだ。因みに移動手段が徒歩やチャリやというのも、単にケチってるだけである。金が無い学生なのだから、仕方ない。
友人三人とのカラオケは楽しかった。各々が好き勝手に自分の歌を入れて歌っていくちょっとしたカオス感。何やかんや知っている曲だと、マイクを渡されれば歌ってしまうような人間なので、毎回一番歌っている量が多いのはおそらく私だと思う。まぁ損してるわけでなし、楽しければそれでいいのだ。
さて我々は夜のフリータイムで入った。そう、徹夜する気満々だったのだ。ところが深夜の1時頃、我々はカラオケ店を追い出されてしまった。決して何かやらかしたわけではない。予約がどうとかシステムがどうだとか言っていたような気がする。他のカラオケ屋Bで仕切り直すことも考えたが、また1000円ほど飛ばすのもアホらしいし、何より家からの距離が更に遠くなる。次の日、というか正確には朝からだが、その日は授業が無いとはいえ、朝っぱらから1時間近くかけて帰宅というのもしんどい。なので私は真っ先に帰ると宣言し帰路についた。こんな時間だ、バスも無ければ電車も無い。タクシーも金がもったいない。なのでひたすらスタスタと、夜の街を一人で歩く。
10分ほどで、ついさっき渡ってきたK橋まで戻ってくる。この川の河川敷を通って30分歩くルートでも帰宅出来るが、この日は気紛れを起こして商店街を通っていくルートで帰ることにした。
更に歩くこと10分。商店街に入って更に進む。その商店街の終点に、よく行っていた家に近い方のカラオケ屋Cが見えてきた。ここまで来れば、後は20分ほどだ。
カラオケ屋が目に入ったことで、思い出したようにハミングしながら道を歩く。リズムは曲丸ごと分頭に入っているから最後まで難無く行けた。1曲なんてせいぜい3、4分で終わってしまうので、引き続き別の曲をハミングすることにした。
車も滅多に通らない静寂の中、等間隔に並んだ街灯に照らされた歩道を歩いていく。鼻歌がサビに入り、調子が上がって気分が良くなっていた。
――この時までは。
「――」
不意に響いた謎の音。あの音は今でも鮮明に覚えている。微かな音だった。緩い皮の太鼓をちょっと揺らしてみたような、というのが一番近いのだろうか。それともギターの太い弦を緩めて弾いたような音か。音量そのものは大して大きくないが、底が深いように感じられる響きがあった。生まれてこの方あんな音は聞いたことが無い。あんな音を出す物も知らない。
そして響いてきたというのは実に言い得て妙である。耳に聞こえてきたという感覚ではない。頭の中のある特定の方向に、まさに響いてきたとしか言いようのない感覚だった。
その音が響いた瞬間、全身の熱が一気に冷めた。口が止まって目を見開き、反射的に音がした方を振り向いた。
赤い鳥居とその奥の闇、神社の名が刻まれた石碑が視界の端へと消え去っていく。一瞬たりとも足を止めず、視界から消えたところで正面を向く。ややあって、鳥肌が立つ左腕を持ち上げ腕時計の時刻を確認する。そして私は一言、呟いた。
「ああ、見事に丑三つ時だわ」
鼻歌を歌うことも無く、後ろを振り返ることも無く、私は無心で残りの帰路を歩いた。見渡す限り誰もいない。車の一つも通らない。何も考えずただ前を見て歩き、家へと辿り着いた。そして極力何も考えないようにしながら、眠りについた。




