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いまだ駆け抜ける俺の両脇には木々が立ち並び森が続いている。先ほど少女に会ってからどれぐらい走っただろうか。いや実際、そんなに走っていないんんだけど。落ち着きを取り戻した俺は立ち止まり前を見据える。現実世界の俺だったらすでにバテて呼吸も乱れていそうであったが、今はまったくもって平常だ。
見た目はおっさんなのにこの体力に斧を片手で持てる腕力。自分の体ながらもかなりの不思議さを感じるぜ。
さて、これからどうするかな。さっき逃げ出してしまったことに後悔はない。むしろあのような行為に走ってしまった事に後悔してる。次あったら彼女に謝らないとな……。
とりあえず街にでも戻るとするか。時間とお金はたっぷりある。俺は斧を担ぎ森の中を再び歩きはじめる。
ん? 何だ――。不意にうっすらと人の声が耳へと入ってくる。どうやらすぐ近くのようだ。気になった俺は身を隠すようにしながら、その声の方へと近づいていく。
しゃがみこみ茂みから顔をのぞかせると、そこには四人の人影があった。
そのうち三人は鞘に納まった剣を腰に挿し、銀色の鎧をまとっているナイトの男達。きっとプレイヤーだろう。
そしてもう一人は、男達三人に囲まれ赤い胴丸に赤い東洋風の兜をかぶり、草鞋を履いている侍と思わしき人物。腕や足の細さから女性か? 腰の両脇に二本の剣を挿している。あの赤い鎧どっかで見たような記憶があるが……。まぁいい、今はとりあえず事の成り行きを見守るとするか。
「なぁ、お嬢ちゃん俺達といいことしねえか?」
「まぁ、断っても俺たちには関係ないけどな、アハハ」
「そうだぜ、三対一で負けるわけがねえからな。まったくアルフィーリアオンラインの中に入ったときは戸惑ったが、こうして女とやれるんだからいいこと尽くめだぜ!」
せせら笑いを浮かべて女を取り囲む男達。何というテンプレ的な悪党。明らかな死亡フラグが立っている。俺もさっきはあんな感じだったのか。
さて、どうするか。あんなチンピラみたいな男達でも一人レベル70はありそうだな。とりあえず、助けるべきか。だが、俺はそんな柄じゃないんだよな、さっきもあんな事をしてしまったし……。
――ん? 待てよ、もし俺がここで彼女を助ければ……。助ける→ヒーロー→かっこいい→彼女→→人助け→ハーレム。
行ける! 行けるぜ! こんなブサイクな俺でも、こうして人助けを続けていけばモテるかもしれない。
よし! そうと決まればさっそく行動開始だ! 今助けるぜ! 俺の嫁! 俺は喜び勇んで茂みから飛び出す。
少女と俺の距離が徐々に縮まっていく。後は俺が斧でなぎ払い、あの男達を俺が一掃すれば完璧だ。
「…………」
――だが、次の瞬間、突如三人の男達が胸元から血を噴出し仰向けに倒れこむ。あれ? どうなってんだ。俺は急激に脚へとブレーキをかけ立ち止まる。
一瞬ではあったが少女が右腰に挿していた剣を、鞘から抜き取り横に振るったように見えた。事実、少女の右手には日本刀が握られている。
俺に気がついたのか少女が俺のほうへとゆっくりと振り返る。
後ろからは見えなかった、彼女の綺麗な整った顔と短い黒い髪、それに赤い鎧。それらを見てさっきは思い出せなかったが俺は彼女が有名なプレイヤーであることを思い出す。一つでも珍しいのに、ユニーク武器である天叢雲剣とレーヴァテインの二つを所持している。おそらく侍最強の実力を誇り、東洋の鬼神、Japanese Monster HAHAHAと言われるほどだ。たしか朱夏というプレイヤー名のはず。
「おい、そこのお前。こいつらと同じ輩か?」
「ち、違う、俺はお前を助けようとしたんだよ!」
「ふ~ん」
嘘は言っていない、少しだけやましい気持ちがあったのは間違いないが。朱夏が疑いの目で俺をじーっと見る。
「嘘だな。どっからどう見ても不審者ではないか」
「俺だって好き好んでこんな容姿してるんじゃねえよ!」
「では、さっきの女性の悲鳴は何だ? お前が何かしたのではないのか?」
「うっ――そ、それは……」
「図星か」
朱夏が左腰に挿していた剣も鞘から抜き取り二刀流で構える。くそっ! 俺が一体何したって言うんだよ! ただのちょんまげでサングラスをかけている、前科持ちの小太りなおっさんじゃねえか!
「なぁ、朱夏だっけ、やめないか? ほら俺だよ、オールラウンダーのリュドヴィックだよ! 知らないのか?!」
「知らん!」
朱夏が二本の剣を手に下げ、地面を強く蹴り俺のほうへと向け踏み出す。鎧の重さを感じさせないその動きは俺との距離を一気に詰めていく。
くっ! やるしかねえのか。俺はとりあえず斧を両手で胸元に構える。
加速する勢いそのまま上空へ飛び、頭上より高く大きく振り上げる朱夏の二本の剣。来るっ! 俺も咄嗟に頭上より高く斧を両手で掲げ、上を仰ぎ見る。
その刹那、朱夏が持つ伝説の二本の剣から強力な一撃が振り下ろされる。両手の間の持ち手の部分を使い、その一撃を何とか受け止める。手が痺れあまりにも重いその攻撃に思わず唇をかみ締める。よく武器がもったものだ。
だが休む暇は与えられない。朱夏は二本の剣を下げ、低空から勢いよく再び剣を振り上げる。俺は負けじと斧を振り上げ、力任せに叩き落す。何も考えてなどいない。考える暇もない、ただ体がまるで覚えているかのように動くのだ。
振り落とされた斧と振り上げられた剣がぶつかり合い、激しい金属音を響かせ、火花を散らす。ギリギリと音を立てる二つの刃。互角かと思わせる両者の一撃。だがやはり俺では朱夏の力には勝てない。朱夏の二つの剣が俺の斧を跳ね除ける。がら空きとなった俺の胴。朱夏が左へと体をひねらせ舞うように一回転する。勢いのついた朱夏の剣から放たれる二本の斬撃。俺のオーディンの鎧を横に深く切り裂き血が吹き飛ぶ。
実際に斬りつけられる激痛が俺を襲う。思わず俺は苦痛に顔を歪める。次の瞬間、俺を暖かな緑の光が包み込む。痛みが徐々に引いていく。これはPOTの力か? ええい考えるのは後だ! 俺はすぐさま斧を両手で持ち上げ、勢いよく振り下ろす。バランスを崩しかけていた朱夏の左肩を切り裂く。
「くっ!」
苦痛に朱夏が顔を歪める。だがすぐさま同じく緑色の光が彼女を包み込む。朱夏は後ろへと飛び跳ね剣を両手に下げ、体勢を立て直す。朱夏が俺を見てニヤりと笑う。俺も朱夏を見て笑い返す。人に武器を振るうという危険な行為をしているのに不思議と気持ちが高揚する。まるで昔から戦っていたかのように体がついてくる。強い朱夏と戦うのが面白い。これは俺がリュドヴィックになったからなのか。朱夏も同じ気持ちなのだろうか。
まぁ、いい今は戦いに集中するとするか。俺は再び胸元で斧を構え、再び朱夏が地面を蹴って踏み出し、第二ラウンドが始まる――。
――それから一時間近くが経過した頃だろうか。俺と朱夏はいまだ武器を振るい戦い続けている。
どちらにも決め手がないのだ。斬られてはPOTで回復し、斬りつけてはPOTで回復され終わりが見えない。もっともどちらも技能を使っていないのでほとんど実力を出してないのもあるが。彼女を殺さないためにも俺は技能を使わない。
朱夏が俺の刃を跳ね除け、後ろへと飛び跳ね距離を取り、立ち尽くす。俺も斧を胸元で構え立ち尽くす。
「やるではないか、リュドヴィックといったな」
「へっ! 当たり前だろ何たって俺はオールラウンダー何だからな!」
「なら! これならどうだ! 鬼神の舞!」
朱夏の体を下から湧き出る赤い光が包み込む。たしかあの技は一時的にSTRを上げるものだ。
「そしてこれが鳳凰の剣だ!」
テンションが上がっているのか、普通に技能名叫んでるよあの子! なんて茶化している場合じゃない、叫ばないと使えないわけだし。
このゲームでは一定のレベルに到達したら技能を得られ、後はモンスターを倒してスキルポイントを稼ぎ、技能のレベルを1から上げていくのである。
鳳凰の剣、侍がレベル140付近で覚える最後の技のはずだ。使えるプレイヤーは少なく、PTを組む機会が少ない俺は実際に見たことはないが、俺のギルドの団長の話によるとバグとも思える桁外れの威力を誇る技らしい。だが使用者の武器を丸々一本駄目にするらしく使えないネタ技能だそうだ。上に行くほど武器の値段は高くなり、一回使うことに壊していたら身が持たない。
――けれど朱夏は特別だ。何故ならユニーク装備は壊れることがない。
鬼神の舞によって限界まで高められた攻撃力。二本のユニーク武器。彼女の事だ、きっと限界まで上げられているスキルレベル。
朱夏が上空へと飛び跳ね、二本の愛刀を全力で地面へと叩きつける。その瞬間、彼女の前に現れる巨大な火の鳥。地面をえぐりながら猛スピードで俺へと襲い飛んでくる。
おいおい俺を本気で殺す気かよ! あの野郎! くっ!。避けるすべはない。俺の技じゃ防ぎきれない。目の前に火の鳥が迫り来る。
考える間はない、死は免れない。上山裕輔としての思い出を走馬灯のように思い出す。案外死ぬときはあっさりと死ぬものなんだな……。さよならアルフィーリアオンライン。さよなら俺の人生――。
俺は諦め、覚悟を決めて何となく右手で斧を立て左手で遠くを見据えて敬礼をする。そして次の瞬間、火の鳥が俺の全身を容赦なく飲み込んだ――。