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神様のギフト、配ってます(ただし返品不可)  作者: 成瀬りん
第5章 枯れて廃れた世界より
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帰るべき場所

 ――時間が経つと景色は薄れ、世界の境界も薄くなるように……元の世界に戻っていった。

 アリアたちは高い空の上にいたようで、最後の方は徐々に降下しているような、そんな感覚があった。


「……戻ってきたねぇ」

「おう。アル……何とかの門、にな」


 そんな名前は、既に意味を持たない。

 ただ、かつて栄えた文明の痕跡が……消えるように、円状に遺されていた。


「さて……。

 メルちゃんとガルドさんも、無事のはずなんだけど――」


 辺りを見てまわすと、少し離れた場所の大きな瓦礫の横に……ガルドの姿が見えた。

 静かに近付いてみる。するとそこには、毛布を掛けて座る、眠ったガルドがいた。

 ……その毛布にはメルヴィナも包まれており、身体を寄せ合っていたようだ。


「むふ♪ もしかして、このふたり――」

「いや、寒いからくっついてるだけだろ……」

「ちぇー。お似合いだと思うんだけどなぁ」


 聖女のフィオナと、彼女をずっと守ってきたガルド――

 これはこれでお似合いではあるが、一生くっつかない気がしていた。

 ただ、メルヴィナとガルドも身分差があるから――これはこれで、といった感じだ。

 ……ふたりを微笑ましく見ていると、ガルドの身体が僅かに動いた。


「……おお、アリアさん! 無事だったか……!!」

「みんなのおかげで、無事でしたよ。ガルドさんも、ありがとうございました」

「いや、アリアさんの力があったからこそ、だ。悲願の成就、本当におめでとう。

 ――ザインも、オレたちがいなくなった後……支えてくれたんだろう。ありがとうな」

「へへっ。旦那から礼を言われる日が来るなんてなぁ」


 ザインも満更ではないように笑う。

 ガルドは笑顔のまま、視線を下げて――メルヴィナの頭をゆっくりと撫でた。


「――ずっと、泣いていたんだ。

 アリアさん、どうかお嬢さんのことは――」


 ガルドの手がふと止まると、メルヴィナが小さく声を上げた。

 数人の気配を感じて、メルヴィナは慌てて身体を起こす。


「あ……アリアさん……。

 わ、わたし――ほんとうに、ごめんな……さい……」


 メルヴィナの涙はもう出なかった。ただ、顔は悲痛に泣いている。

 そんな彼女の前にしゃがみ込み、アリアはメルヴィナの頭を優しく撫でた。


「えへへ。メルちゃんのおかげで、あたしは助かったよ。

 だから……感謝の気持ちしかないよ? 本当に、ありがとね」

「でも、わたしは……。あなたを、うらぎって――」

「大丈夫、大丈夫だから。ほら、大丈夫だったでしょ?」


 アリアは右腕を見せながら、何ともないように笑った。

 戦いが終わったあと、既に着替えているため――血の痕跡は見えなかった。

 そんな彼女の右腕に、メルヴィナは悲しく抱き着いてくる。


「ああ……。無事で、本当によかった……。

 私、罪滅ぼしを――何でも、しますから。何でも……お願いしますから、仰ってください……」

「いや、うん……。メルちゃんがいなかったら、そもそも倒せなかったんだからね?

 そこのところ、ちゃんと理解してる?」


 メルヴィナは、頭を横に……いや、縦に? 判断が付かない方向に振っている。

 さすがのアリアも、これには話を進めにくかった。


「あたしとしては、メルちゃんに無理をさせすぎたって反省してるよ。

 だから、罪滅ぼしとか、そういうのは――」


 アリアは困り、ザインとガルドの顔に視線を移した。

 しかし、そこでピコンと閃いた。


「――それじゃ、あたしが奢る話になってた焼き肉ぅ♪

 メルちゃんも半分だけ出して!!」

「え……? いえ、それだけでは……」

「いいから、いいから!

 たくさん騒いで、いろいろ忘れよう?」


 アリアがウィンクすると、ザインとガルドも言葉を続けた。


「そうだぞ! たくさん、美味いもの食おうぜ!

 何なら、俺も出してやるからさ!」

「ふふふ、オレも限界まで食ってやりますよ。

 ただ、その分はきちんと払いましょう」

「あはは♪ みんな、それじゃ割り勘になっちゃうじゃーん!」


 3人が笑い合っていると、メルヴィナもようやく――

 ……涙の跡を拭きながら、少しだけ……笑うことができた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――4人は雪の街に戻ると、しばらくそこに滞在した。

 全員とも、何かしら思うところはあり……どこか強がるような、素直になれないような――

 そんな時間もあったが、少しずつ、元通りになっていった。


 ただ、心の底では確かに何かが変わった。

 彼らが成し遂げたことは、とても大きいことだったのだ。


「……今のところ、以前と変わりは無いねぇ」

「魔法が使えることはお嬢さんが確認済みだし、特に教会でも変わりは無い。

 ザインが礼拝に行ったときに、少し違和感があったくらいか……」

「信仰心が一番なさそうなヤツに、そういうことを試させるかねぇ?」

「教会での礼拝……ということなら、この中ではザインさんが一番適任なんですけど……」


 そもそも礼拝をしないアリアと、大聖堂を捨てたメルヴィナとガルド。

 そうとなれば、一般信徒のザインが最も適しているとは言える。


「はぁ……。こんなやさぐれたパーティ、他には無いだろうなぁ」


 ザインの言葉に、全員が軽く笑う。


「さて、祝勝会にはそろそろ飽きてきたでしょ?

 そろそろ、この街を離れる?」

「ああ、そうだな。このままでも楽しいが、オレは大聖堂に戻るつもりだし――」


 その言葉に、メルヴィナの身体が反応した。

 ただ、そこからの言葉が続かなかった。


「メルちゃんと一緒に、異端諮問局の外回りをやる……っていうのも、楽しそうだけどねぇ」

「その……。オルビス神……いえ、オルビスが……あんな存在だったというなら……。

 私は、もう――」


 大聖堂を捨て、信仰していた神の真実までを見てしまったのだ。

 厳密に言えば……アリアが生命を与えた存在ではあったが、元々は同じ存在――


「……そう考えると、ガルドさんはよく戻れますね?」

「ははは。オレはフィオナ様を支えるのが目的だからな。

 神にも教義にも、関心は無いさ」

「私は、まだそこまで割り切れない……。ガルドが羨ましいな……」

「こんなに色々なものを捨ててきた人間を捕まえて……。

 羨ましい、ということは無いですよ」


 ガルドはメルヴィナの頭を優しく撫でた。

 メルヴィナの頬が、少しだけ赤くなったような気がする。


「それで、ガルドさんはすぐに大聖堂に向かうんですか?」

「そのときはアリアさんにも付いてきてもらいたいんだが、すぐに行くか?」


 ガルドはアリアに、見透かしたような視線を送った。

 アリアの答えは決まっている。


「いやぁ……。あと1年は、行きたくないですねぇ……」

「さすがにそんなには待てないが……。

 それならどうだ? オレが住んでいた森に寄っていかないか?」


 ガルドの言葉に、ザインとメルヴィナが反応した。

 そんなふたりを見て、ガルドは言葉を続ける。


「ああ、お嬢さんも是非いらしてください。ザインはまぁ、どっちでもいいぞ」

「もちろん行くぜ!!」

「私も――少し、お邪魔するね」

「あーあー。本当に、仲良し四人組だねぇ」


 アリアの言葉に、ザインが意地悪く続ける。


「レイラは? アリアちゃん大好き人間なんだから、忘れてやるなよ?」

「……まぁ、今は少し……話したい気が、しなくもないけど」


 アリアは目を逸らしながら……誰にともなく、そう零した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 しばらくの時間を掛けて、アリアたちはガルドが住んでいた森に戻ってきた。

 気候は暖かくなり、穏やかな日々が……心の固くなった部分を、少しずつ溶かしてくれる。


「アリアさん、今回はどうでしょう……!」

「おー、美味しくできてるじゃーん。これはガルドさんもにっこりだよ~」

「何でそこで、ガルドの名前が出てくるんですか!」

「え? ……いや、この料理が好きだから……」

「……はぅ」


 そんなふたりを眺めながら、ザインとガルドが酒を酌み交わしている。


「はぁ、平和だなぁ……。

 でも、旦那はそろそろ……行くのかい?」

「そうだな……。お嬢さんのことが気がかりなんだが、お前はどう思う?」

「旦那が俺に相談たぁ、仲間冥利に尽きるねぇ」


 そうは言いつつ、ザインもよく分からなかった。

 今はアリアがいるから安定している……。ただ、アリアが離れるとどうなるか分からない――

 ……何となく、レイラみたいな感じだな。ザインはそう思った。


「――まぁ、旦那はフィオナさんのところに行ってやれよ。

 メルヴィナのことは、俺たちが面倒を見るからさ」

「……すまんな。でも、お嬢さんには手を出すなよ」

「ははは。そんなことしたら、俺がアリアに殺されちまうよ」

「ふっ。それもそうか……」


 ガルドは笑みを浮かべながら、グラスを煽った。


「……そうだ。もっと強い酒があるんだ。お前も付き合え」

「お、今日はご機嫌だな?

 でも、このあと……少しだけ用事があるんだ。すまんな」

「ほう……。それなら、その酒は明日に開けるとしよう」

「旦那も、少しくらい自制心が働くんだなぁ。見直したよ」

「ははっ、ぬかせ!」


 そうこうしていると、アリアとメルヴィナが両手に皿を持ってやって来た。


「ご飯の時間ですよぉ~♪」

「私も頑張りました! 上手くできたと思います!!」

「おー、本当に美味そうだ。メルヴィナも上達したなぁ!」

「お嬢さん、見違えるようになって……」


 アリアとメルヴィナにも酒が勧められ、賑やかな夕食の時間が流れていった。


 ――深夜を過ぎた頃、アリアが屋根に上がってきた。

 そこには既に、ザインが座っている。


「あれ? ひとりで、どうしたの?」

「ふ……。こんなところ、お前以外に来ないだろ……。

 お前が来ないなら、俺はひとりになっちまうだろ……」

「ふぅん?」


 アリアは自然に、ザインの横に座った。


「メルちゃんがずっと離してくれなくてさ。ふふっ、ラブラブぅ」

「やっぱり……トラウマに、なってるんだろうなぁ」


 あのときの行動――

 ……アリアを傷つけてしまったことについては、今はメルヴィナだけが影響を残していた。

 そのため、アリアはできるだけ、メルヴィナと一緒に過ごしているのだが――

 ただ、アリアはアリアで、思うところがあった。


「――あたしは……全部終わったから、故郷にでも戻ろうかなぁ……」


 それはザインが、最も恐れていた言葉だった。

 旅の目標を終わらせたアリアが、いつかどこかで、出してくるだろう言葉。


「……戻ってどうするんだ?

 もう、誰も……いないんだろ?」


 オルビスを倒したあと、アリアの故郷のことを、ザインは聞いていた。

 オルビスによって滅ぼされ、誰もがいなくなり、緑に埋もれつつある廃墟――


 ……アリアがいつから住んでいるのか、何故そこに住んでいたのかは……まだ聞けていない。

 この期に及んで、まだまだ秘密の多い……そんなアリアだったのだ。


「――それよりもさ。俺と一緒に……また、旅を始めないか?

 泣き虫のお前を、ひとりにしてられないからな」

「はぁ……? 泣き虫だなんて――」

「……気付いてないのか? さっきから、ずっと泣いてるぞ?」


 アリアはいつの間にか、涙を零していた。

 故郷に想いを馳せたのか、仲間との別れを悲しんだのか、それとも――


「あ、あれ? あれれ? え? いや、これは――」


 アリアは慌てふためいた。

 ……涙とは、ほど遠い人間だと思っていたのだ。


「はぁ……。お前はそろそろ、自分の可愛さを自覚した方が良いな」

「は、はぁ!? こんなときに――

 ななな、何を言って……!?」


 アリアは言葉を止めた。

 しかしザインも、アリアをからかうように……同じく、言葉を止めた。

 ……冷たい風が吹き、頬を撫でていく。

 そんな空気に、アリアはどうしても耐えられなくなる。


「……ううぅ。

 あうあ――――ッ!!」


 アリアは一瞬、光に包まれた。

 黒いローブに黒い帽子、黒い靴。金色と赤色の刺繡や装飾が沈むように施されたデザイン――


「――大丈夫。私はそんな言葉で揺るがない」

「ははは!

 俺、そっちのアリアも大好きだぞ!」


 ザインはアリアの帽子を取って、小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ちょ……、ちょっと……?

 ……ああ、もう!!? わたしの頭、気安く撫でるなーっ!!」


 ――時間は進み、空が白み始める。


 アリアの旅は終わった。

 しかし空の色が、新しい旅の気配を漂わせていた――

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