四戒司祭(2/2)
――眩しい光が収まると、メルヴィナの前にはひとりの老人が現れた。
ヴェルガ教のローブをまとっているが、その表情は――神職者らしからぬ、下卑たものをしている。
「……あなたは?」
メルヴィナは仲間を心配するでもなく、まずは目の前の老人に問い掛けた。
……自覚しているのだ。自分が5人の中で一番、弱いことを。
今この場を、ひとりで生き延びなければならないことを。
「ファファファ……。
我は四戒司祭がひとり、闇使いのオスクロという」
「闇使い……闇属性の、魔法使い?」
「そんなものと同じにするでない!! 我の力は――
魔法よりも根源的な、闇……そのものッ!!」
オスクロが手をかざすと、そこを中心に闇が現れた。
光が遮断された影の部分……ではない。黒い煙のようなもの……でもない。
感覚的に、それが闇なのだと――
……人間ごときが触れてはいけない領域なのだと、身体がそれを、理解してしまっている。
「う……くはっ!?」
メルヴィナの身体が闇に呑まれる。
何かが身体を浸食していく。このままでは……自分が、朽ちていく。
「――う、うわあああ――ッ!!!!」
大声を出して自分を鼓舞し、力のありったけを込めて、異能を使う。
闇属性の魔法ではなく、人間が扱える力……なのであれば、これは異能だ。
それなら自分の、対になる力……光の異能であれば――
「……ほうッ!? 我が闇の力を掻き消しただと!?
お主は……光使いかッ!!」
「はぁ……っ、はぁ……っ」
メルヴィナは息を切らしていた。
いつもの彼女であれば、絶対にしないであろう形相で……オスクロを睨んでいる。
『光の饗宴』は見た目だけの異能ではあるが、本質的には光の力だ。
そのため、水で火を消すように――光で闇を消すことができたのだろう。
……闇に呑まれた腕が痛い。
治癒をすれば元には戻るだろうが、それも……生き延びればだ。
「――光、か。……知っているか?
我らが頭であるダリウス殿も、光の異能を持っているのだ」
オスクロは溜息をついて、声を整える。
「……何故、人々は光を尊ぶのか。何故、闇を尊ばぬのか。
甚だ疑問である。お主はどう思うね?」
「光は……人々の心を照らす。
闇は――人々の心に影を落とす……から」
「然して、暗き夜に心が癒えるのもまた事実。
眩い光に、心砕けるもまた事実」
オスクロの言葉のあと、静かな沈黙が流れる。
「――ふぅむ。お主は浅いのう……。
光の異能こそ持っているが、その様子では、まるで使いこなせてはおるまい?」
オスクロは再び、彼の手から闇を轟かせた。
先ほどよりも細かく、鞭のように――メルヴィナの身体を切り刻んでいく。
刃物のように斬れることは無かった。ただ、黒色の……火傷のような跡が、メルヴィナの肌に残されていった。
痛みに耐えかねたメルヴィナは、咄嗟に光を生み出して、オスクロの闇を打ち払う――
……が、次の瞬間に生み出された闇によって、メルヴィナの光は打ち払われてしまう。
「カッカッカッ! 闇が光に負けるとでも思ったかね?
認めたくは無いが、このふたつは表裏一体。どちらかが一方的に勝るということはないのだよ」
「……そうね。私も……それは、認めたくない」
「ほう? お主は、光こそが強いものだと?」
「いいえ……。確かに闇にも、あなたが言うように……暗い夜に、心を癒すことがあるから――
……たぶん、光も闇も、使い手次第――」
「闇の使い手たる我は、この世界を闇で埋め尽くしてやろう。……滅びの世界とは違う、闇の世界。
光の使い手であるお主は、その力で何を成すのだ?」
メルヴィナは、その答えを持っていない。
だから今、オスクロの問いに答えることができない。
――ドゴッ!
「……ッ!?」
業を煮やしたオスクロが、ふらつくメルヴィナの腹に膝を入れる。
身体の内部が逆流する。息が止まり、呼吸ができない。
老人とはいえ、その脚力は半端なものではなく――メルヴィナはその場に崩れ、倒れてしまった。
「――ただ、お主にも利用価値はあるだろうな。我はダリウス殿にずっと従うわけではない。
いずれ折を見て、我がヴェルガ教を率いていこう。くくくっ、今は壊滅状態……だがな」
オスクロは倒れたメルヴィナに近寄り、膝を突き、静かに右手を差し出した。
「……さぁ、この手を取るがいい。我と共に行こうではないか。
そうすれば……少なからず、我はお主の仲間には手を出さんよ」
メルヴィナはその言葉に、唇を噛みながら……オスクロに、弱々しく手を差し伸べた。
しかしその手は、オスクロの手をすり抜けて、彼の顔へと向かう――
「光の……饗宴ッ!!!!」
瞬間、メルヴィナの指先が強烈に輝いた。
何の効果も持たない、ただの光。しかし、一点に収束させた、メルヴィナの意地――
「ギャアアアアアアーッ!!!!?」
突然の閃光にオスクロは両目を押さえ、後ずさりをしてから、バランスを取れずに転倒した。
――自然の光とは違う、異能による光。
熱などは生まれないため、オスクロには外傷を与えられていない。
「私はまだまだだから……。あなたの言ったこと、これから……考えていきます」
そう言いながら、メルヴィナは部屋の中を探して――木製の杖を手に入れた。
その杖を握り、オスクロを殴る。
「ぎゃっ!? な、何をする……!?
……痛ッ!? おおい!?」
メルヴィナは数度、オスクロを殴り続けたあと……少し困ってから、小さく零した。
「あの……決着の付け方が分からなくて。気絶をさせれば良いんですよね?」
「ぎゃっ!! ぎゃーっ!!
気絶させるなら、ひと思いにやらんかッ!!」
「そんなことを言っても、人を気絶させたことなんて無いんですよッ!!
……あ。もしかしてそろそろ、目が見えるようになりますか? それならまた目潰しを――」
「し、縛るだけ! 縛るだけでいいからッ!!
老人を打つような真似をするんじゃないッ!!」
メルヴィナは素直に、部屋にあったロープでオスクロを縛り上げた。
……そう、メルヴィナは素直でいい子なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――眩しい光が収まると、ガルドの前にはひとりの女が現れた。
ヴェルガ教のローブはまとっておらず、カジノにでもいそうなバニーガールの姿をしている。
「何だ、お前は?」
「えー? 第一声がそれ? 私は四戒司祭、爆炎使いのプラミアよ!」
「ふむ……。魔法使いには見えないが、異能者か?」
ガルドはプラミアの答えも聞かずに、ズンズンと彼女に近付いていく。
「ちょ、ちょっと!? 私は知能派なんだから――」
プラミアの制止を聞かず、ガルドは拳に力を入れて、彼女を思い切りぶん殴った。
今は何より、フィオナを助けなければいけない。アリアの元に戻らなければいけない。
プラミアは後ろに飛んで攻撃の衝撃を逃がしたが、再び距離を詰められていく。
「ああ、もう! 最悪の野蛮人に当たっちゃったわね。
いいわ、それなら私の異能を見せてあげる――」
プラミアが両手を広げると、ガルドは大きな透明な檻に囚われた。
身体を縛り付けるようなものではないが、正六面体の領域で囲まれてしまう。
「これは……バリアか?」
ガルドが透明な壁を軽く叩くと、何の音も響かなかった。
「残念~。逆よ、逆。これは、あなたを捕らえる檻♪」
「オレを、閉じ込める気か?」
「そうじゃないの。これは、あなたを楽しませるためのモノ♪」
プラミアが指を鳴らすと、ガルドの前に宝箱が2つ現れた。
「宝箱のどちらかは、爆発トラップが入っているわ♪
3回連続で別の方を開けたら、あなたの勝ち。
……それ以外は、私の勝ち。ふふふ、面白いでしょう? 私の異能、『1/8の解放』――」
――ドカーンッ!!
「……へ?」
プラミアの目の前では、正六面体の檻の中に、煙が満ちている。
何の駆け引きもなく、ガルドが宝箱を開けてしまったのだ。
「この程度ならいけるな」
――ドカーンッ!!
――ドカーンッ!!
3回の爆発のあと、正六面体の領域は消えてしまった。
プラミアの目の前では、『狂戦士化』で巨大になったガルドがゆっくりと立ち上がってくる。
「え、えっと……。ずるいわよ!?
私の戦い方は、こういうんじゃないのッ!!」
「知るか」
『狂戦士化』の力が乗った拳が、今度はプラミアを直撃する。
プラミアは宙に飛ばされ、壁に叩き付けられて、そのまま床にボトリと落ちた。
「――時間を無駄にしたな。
外の様子を見るに……ここは4階か。まず、アリアさんと合流しよう」
ガルドは部屋から出て、3階の謁見の間を目指した。




