光と影の狭間
オルビス神の生誕祭は、大聖堂では3日間の日程で行われる。
その間の大聖堂は信徒や神職者で溢れ、催し物も多い。
そんな中、最も注目されるのは――
初日に行われる、聖務典礼局が主催する最大級の典礼だ。
主教や大司教も会場に現れ、華々しい演出と共に、参加者の心を掴み取る。
メルヴィナの役割は、異能の『光の饗宴』を使って、オルビス神の威光を示すことだった。
――いつも通りの、会心の仕事。
メルヴィナが創り出した光の像を、信徒たちは涙ながらに拝み、神職者たちは恍惚の表情で魅入っている。
ただ、メルヴィナは考えていた。
これはただの、光を使った表現なのだ……、と。
そして、いやに目についてしまった。
輝かしい光の下に産み落とされた、何かを暗喩するような……深く広がる、暗い影が。
ひとしきりの仕事が終わったあと、メルヴィナは控室に戻るべく、廊下を歩いていた。
そこで彼女は、典礼に出ていた大司教と鉢合わせる。
「メルヴィナ、お疲れ様。このあと、時間はあるかな?」
「はい。何の御用でしょうか。もしかして、アリアさんの――」
「いや、それとは別件だ。1時間後、地下の礼拝堂に来てくれ」
「わかりました」
メルヴィナはそう答えたあと、去っていく大司教の背中を静かに見ていた。
今は何故か、ひとりにはなりたくなかった。
……ただ、その思いをすくってくれる人に、心当たりはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリアとザインは、今まで以上に人々が行き交う、大聖堂の前庭に来ていた。
特にやるべきことが無いので、ひとまずはトラブル対応を行うべく、巡回をしているのだ。
押し合いへし合い、アリアは細かい対応に追われ、ザインも影ながらサポートしていた。
「はぁ~。さすがにそろそろ、昼食にしたいねぇ」
「お前はメシのことばっかりだな……。
こんな状況じゃ、食べるところなんて無いだろう?」
あちこちに屋台は出ているものの、単純に人が多く、落ち着いて食べてなんていられない。
それに、まともに列に並んでしまえば……下手をすれば、1時間以上は掛かってしまうだろう。
「露店はさすがに無理だよね。
いつもの食堂なら、今日は関係者だけの食事処になってるよ」
「それなら、そっちでもいいか?」
「でも、露店ほどではないけど……そこも混むんだよねぇ」
この期間は、多くの神職者が他の街からやってくる。
そのため、神職者用の食堂といえども、常に混み合っているのだ。
「……うーん、それじゃどうする?」
「あたしが軽食を作ってきたから、落ち着いた場所でも探してみる?」
「お、アリアの手料理か! いいなぁ、とっても興味がある!」
その言葉を聞いて、アリアは否定も肯定もしなかった。
但し、少しだけドヤ顔のようなニヤ付きが浮かんではいた。
「でも、今はどこも混んでるからねぇ。
空いてそうなところがあるか、ちょっと見てくるよ」
「おう? こんなに混んでるのに、ひとりで探せるか?」
「大丈夫、大丈夫。
建物の上に登ってみれば、一発で分かるから」
「……おい。こんなにも混み合ってる場所で、いつもみたいにジャンプして上がるんじゃないだろうな……」
「うん? そうだけど――」
「さすがに目立ち過ぎるから、今はやめてくれ……。
いかにも魔法っぽく、魔法陣を出せれば……多少はごまかせそうだが」
「あたし、空中にああいうのは描けないからねぇ」
「それはそれで、神職者にしては珍しいんだけどな……」
そんな会話をしていると、突然、強い風が吹いた。
それに煽られて、近くを歩いていた老婦人の帽子が飛んでいってしまう。
「あ、ちょうどいいじゃん。あそこの壁の近くで、ちょっと手を組んでみて?」
「んー……?
――こうか?」
ザインは建物を背にして、手のひらを組んでだらりと下げる。
そんなザインに、アリアは思いっきり走っていった。
「ちょ!? おい……ッ!?」
ザインの組んでいた腕に、アリアの体重が掛かる。
少女の体重とはいえ、勢いが付いているだけに力が加わり――
……ザインは思わず目を閉じて、思い切り腕を振り上げて抵抗した。
その力を利用して、アリアは高く高く舞い上がる。
「「「おぉーっ!!!!」」」
閉じてしまった目を開けると、まわりの人々は建物の上を見ながら歓声を上げていた。
屋根の上には、婦人の帽子をひらひらさせる、得意げなアリアが見える。
「情報屋ー。受け取って~」
「お、おう」
風が止むのを見計らって、アリアはそっと、ザインに向かって帽子を落とした。
ザインは丁寧に帽子を受け止めて、持ち主の老婦人に返却する。
「すみません、お手数をお掛けしまして……。
先ほどの神職者様にも、どうかお礼をお伝えください」
「承知しました、伝えておきます!」
老婦人と別れたあと、屋根の上を見てみると……アリアの姿は見えなくなっていた。
状況を上手いこと利用して、自分の思った通りに事を進めてしまう。
……やっぱりアイツは凄いな、と、ザインは改めて賞賛した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、アリアは特等席を見つけてきた。
……建物の屋根の上。もっと高い場所からは、ちょうど死角になる場所。
「どうかな? あたしの見事なセレクションは!」
「ああ、最高の展望だ! そして、誰にも邪魔されない空間!!
……ただ、ここに来るまでが大変だったけどな……」
アリアは外から跳んで来たが、ザインはそういうわけにもいかない。
大聖堂の非公開の区域に忍び込んで、途中の窓から這い出ていって……そしてようやく、この場所に辿り着いたのだ。
「まぁまぁ。まわり道でも、ここに着くのは大したものだよ」
アリアは笑いながら、自分で用意したサンドイッチを頬張っていた。
「……それで、俺の分は?」
「ちゃんとあるよ~。もしかして、無いと思った?」
「だって、出てないんだもん……」
アリアはその反応を見て満足したあと、彼女の帽子からバスケットを3つ取り出した。
大きさから見るに、1つで1人分がありそうだ。
「ん? こんなには食べられないぞ? お前のお代わり用?」
「それでも良いんだけどさ。
もっと食べたいな~、って思ったら、全部でもどうぞ」
「ほう……。中は全部、同じもの?」
「見た目は同じだよ~」
「……見た目?」
「うん。1つは美味しく作ったやつで、1つはすごく辛くしたやつ。
もう1つは、微妙な味にしたやつ」
「最後のは、何なんだ……?」
「全部美味しいと、それはそれでつまらないでしょう?」
「つまるが?
……というか、食べ物を粗末にするなよ!?」
「ああ、違う違う。最初から微妙な味にしようとしたんじゃないよ。
これも、味の探求への挑戦……ってやつ」
「ふむ。オリジナルレシピを開発していた、ということか……」
「そうそう。それで、どれにする?
一度選んだら、最後まで全部食べてね?」
アリアは基本的に、嘘をつかない。
だからこそ、微妙な味……というなら、本当に微妙な味なのだろう。
「えぇっと……それじゃ、これだ!!」
「情報屋って、辛いのは得意?」
「え? もしかして……辛いのが当たった?」
「まぁまぁ、食べてみて?」
ザインはバスケットを受け取った。
サンドイッチをひとつ取り出して……少し眺めてから、思い切りかぶりつく。
「――う、うまぁああああっ!!!!」
「ふふふっ、ありがと♪」
「正直……絶対に、微妙なやつが当たると思っていたんだが」
「残念だねぇ。
あれはあれで、思い出になる味なんだけどね」
「……いや、食べられるなら全部もらっても良いんだよな?
俺は……全部食べるッ!!!!」
「えー? まぁ、無理はしないでね?」
「おう!!」
――その後、ザインはすごく辛いサンドイッチに悶絶した。
――さらにその後、ザインは微妙な味のサンドイッチで、何となく食べたことを後悔した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……結果として、腹がいっぱいだァ!」
「さすがに、食べすぎだからねぇ」
ザインは少しだけ後悔していた。最初のバスケットだけで止めておけば良かった……と。
全てが同じ味であれば、それは出来たかもしれない。
しかし、3つとも味が違うとなれば……全てを食べたのは、やはり運命だったのかもしれない。
「ところで、何を見てるの?」
アリアは屋根の上から、隠れるように下を見ていた。
「んー……。
神職者用の入口に、人がちょこちょこ来てるんだよねぇ」
「信徒の人?」
「うん。入口からは、神職者が付き添っているみたいだけど……何してるんだろ」
「今は人で溢れ返ってるからなぁ……。
何かの催し物に、招待されているのかも?」
「……それとも、隠れて何かをやってるとか?」
「ほう……。それは、情報屋としての血が騒ぐな」
アリアは一瞬で、ザインはもたもたと、屋根の上から下りていく。
ザインの動きもなかなかではあるが、アリアとは比べるべくもない。
アリアは普通に入口から入ろうとするので、ザインもそれに続いていく。
「この辺りって、アリアは知ってるの?」
「ううん。ここは初めて来る場所だなぁ……。
まぁ、堂々としてた方がいいよ」
建物の中では、神職者と警備の騎士が数人だけ歩いていた。
彼らはアリアとザインに視線を向けるも、アリアは常に堂々としていた。
そのため、今のところは警戒されずに済んでいるようだった。
「……お前、すごいなぁ。俺も見習わないと」
「ふふっ。こういうときは、度胸と開き直りが肝心だからね。
――あれ? あそこにいるの、メルちゃんじゃない?」
廊下に設けられた、休憩用のソファには……メルヴィナが座っていた。
手で顔を覆ってはいるが、あの美しい長い髪はメルヴィナの――
「メルちゃん、どうしたの?」
アリアの言葉に、メルヴィナは静かに顔を上げる。
どう見ても、顔色がとても悪かった。
「……アリア、さん? こんなところで、何を……?」
「あたしは……食後の運動?
ちょうどさっき、ご飯を食べ終わったところでさ~」
アリアは明るく言うが、メルヴィナは目を背けてしまう。
そんな中、神職者の男性が話し掛けてくる。
「メルヴィナさん、お時間です」
「は……はい」
メルヴィナはつらそうな視線をアリアに送ると、神職者の男性に連れていかれてしまった。
明らかに、彼女が嫌がる場所へ――
「――うちのメルちゃんをいじめる人は、成敗してあげないとねぇ?」
「それには同感だが……。
いつの間に、お前のものになったんだ?」
アリアとザインは軽口を叩きながら、静かにメルヴィナの後を追った。




