閑話 桂木律と神崎颯人
同日、午後2時。
律の書斎に来客があった。
神崎颯人。
律の幼馴染であり、五代名家の一つ「神崎家」の次期当主だ。
彼は椅子に腰掛けると笑顔で律に声をかける。
「よう、律。昨日ぶりだな」
「……何の用だ?」
律が書類が積み重なっているテーブル越しに颯人をジロリと睨みながら尋ねた。
機嫌が悪いのは明らかだ。
「怖っ!? なんでそんなに不機嫌なんだよ?」
「昨日に会ったばかりだというのに、翌日に訪ねるやつがあるか」
颯人の気の抜けた態度にも律は全く動じずに返している。
「ちょっと気になることがあったからさー。
早いうちに聞いておこうと思って」
「……何だ?」
律の声がさらに低くなる。
こういう時の颯人は、何かしら相手が触れて欲しくないことを尋ねてくるからだ。
颯人は少し真剣な顔になると、話しを切り出した。
「お前のところの迷子になってた使用人ちゃんいただろ?
あの娘って特別枠?」
「至って普通の使用人だ」
「え〜? 本当か〜? 俺にはあの子が輝いて見えたけど?」
「金蘭亭に同行させるのだから、身だしなみは整えて当然だろう」
「それを除いても、だよ。
緊張していて辿々しかったけど、髪も肌も艶があった。お前のところの使用人は皆そうだけど、あの娘は頭一つ抜けてたぜ。もう一人の使用人よりもな」
食い下がらない颯人に律は呆れ顔で眺める。
観察眼の鋭さには頭が上がらない。
律は諦めたようにため息を吐いた。
「お前のその勘の鋭さはどこから来ているんだ……」
「お? やっぱり当たり? よっしゃ!」
「声を張り上げるな。外に漏れる」
拳を握りしめて喜んでいる颯人を律は静かに宥めた。
颯人は自分の顔の前で手を振る。
「悪い悪い」
「気持ちがこもっているように見えん」
「本当にそう思ってるって!」
両手を合わせて頭を下げた颯人に律は肩をすくめた。
「わかった。そう捉えておく。
それで、わざわざ訪ねてきた本当の理由は何だ?」
律が低い声で尋ねると、颯人は再び真剣な顔つきになる。
「昨日の件で、あの娘が普通じゃないっていうのは何人か察したと思うぜ。
俺が察したんだから、鷹司のじいちゃんとか勘づいてるはずだ」
「身の危険を心配しているのか?」
「それ以外に何があるんだよ。お前のところの使用人だってことはわかってるから、大がかりなことはしてこないとは思うけどな。
最悪、引き抜いてくる。
まあ、俺の推測だけど——」
「桂木家から使用人を引き抜く?」
律の目の色が変わった。
怒りに燃えている。
颯人は僅かに動揺した。
「律!? 最悪の場合の話だぜ!? しかも推測だって推測!」
「推測であろうとそんなことさせるものか。
俺達は彼等使用人に支えられている。一人でも欠けさせん!」
勢いよく立ち上がった律の気迫に圧されて、颯人は身震いした。
その勢いで風が起こり、テーブルの書類が数枚宙を舞う。
それを見た律はハッとして座り直した。
「取り乱してすまなかった、颯人」
「い、いや……。俺も怒らせるようなこと言って悪かった。
だけど、お前がどれだけ使用人達を大事に思っているかわかったし。
お前なら皆を守ってやれると思うぜ」
「………………」
「言っておくけど、当然俺は口外なんてしないからな?
もしあの娘のことで何か聞かれたら、その相手にも勘づかれたって思っとけ」
「そのつもりだ」
「俺の用事は本当に終わり。大丈夫だとは思うけどな。
念の為だ念の為」
颯人は朗らかに笑うと立ち上がる。
「忠告、感謝する」
律も席を立つと颯人を見送った。
次回は7/25更新予定です




