北大東島爆撃作戦
2025年9月10日 フィリピン海 14:12
空母福建飛行隊長の呉中佐は不満だった。彼は今、福建の戦闘指揮所、その航空作戦指揮所にいて艦橋の航空司令官と作戦の調整を行っていた。
先月日本軍のF15と遭遇して以来、まともに飛んでいないので、生粋の戦闘機乗りとしてはフラストレーションが貯まる。
だが、不満の原因はそれだけでは無い。
彼はせっかくの獲物。北大東島に不時着したF15をみすみす取り逃がそうとしているのだ。
前倒しに前倒しを重ねて就役した福建。中国海軍期待の最新最大の空母であり、期待が大きいのは呉にも分かる。
だが、その運用はいささか無理があり、慣熟訓練もまともに行わないまま実戦投入された結果、呉のような現場の中堅指揮官に皺寄せが来ている。
福建の艦載機は、戦闘機だけで米軍の原子力空母と同等の48機。これは平時の編成で、戦時には積み増しされる。これも米軍と同様だ。
だが、艦載機のJ15は大型のため、米軍のF18やF35程効率良く搭載できない。
追加できるのは1個大隊12機が精一杯だ。
どの道急に決まった「長征作戦」のため、増援の大隊はまだ書類上の存在だ。
福建に強いられた無理はそれだけでは無い。先月の長期演習からいったん母港の海南島三亜に寄港したものの、乗員の休養と、艦載機の整備が十分に行えなかったのだ。
作戦開始と同時に部下の士気は最高潮に達しているが、最新鋭故に初期不良を抱えたJ15Tの運用には神経質にならざるを得ない。それでも1割近くの機体が要整備状態で、作戦には投入できない。
しかも、呉の指揮下の4個大隊中1個は「遼寧」での練成訓練を切り上げた部隊だったのだ。
なぜこんな無茶な運用をするのか疑問だったが、長征作戦が伝えられると疑問は氷解した。指揮下の機体とパイロットのローテーションには、4人の飛行隊長と悩めばいい。これは実戦なのだから。
急遽搭載された早期警戒機KJ600についても同様だ。
2機搭載されたが、1機は試作機であり福建での運用は可能だ。しかし肝心の搭載機器に問題が多い。もう1機に至っては、飛行特性を試験するためだけの機体で、搭載機器はレーダーを含めてハリボテだった。偵察された時にKJ600が2機あるように見せかけるためだけの機体だ。
KJ600の調子によって、呉の福建飛行旅団の能力には雲泥の差が出る。だからKJ600のレーダー機器が安定しないのは、これも面倒な話だった。だが、呉はこれも仕方の無いことと割切っている。
このように機材の不具合や、無理な運用は実戦故と割り切っている呉だった。では何が不満なのかと言うと彼等の作戦・運用の細部を呉達福建飛行旅団自身で決めることが出来ないからだ。
福建を含めた中国海軍機動部隊は、長征作戦の開始と共にいわゆる第2列島線と台湾の中間点に進出。まずは搭載している弾道・巡航ミサイルで日本の太平洋側を打撃する。同時に太平洋に展開した日本海軍の掃討とアメリカ海軍の来援に備える。それが落ち着いた頃には、台湾軍の防空能力も低下し、その残存戦力は台湾東岸に退避してくるはずだから、こんどは艦載機による爆撃でそれらを叩く。
これが呉達に与えられた任務だった。
これは北京郊外の統合作戦司令部の完成したエリアに設置された、長征作戦司令部の考えた作戦で、それ自体には呉も不満は無い。
問題なのは、艦隊レベルに留まらず、具体的な航空旅団の作戦や編成レベルにまで、政治士官を経由して北京からの指導と介入があることだ。
呉がこれでは自分が居る意味は無いと感じる程だ。
もともとロシア軍や中国軍のような軍隊は、末端の部隊の自主性を重視しない。極端な話、反乱の原因になるから、極力中央の統制を効かせようとする。そのための政治士官でもあるわけだが、当然ながら有能な前線指揮官ほど不満だ。自分の考えなど通らず、言われたことだけやっていればいいのだから。
これでは極端な話、損な仕事が回ってこないよう、上層部に渡す賄賂を確保するための蓄財を熱心にすることくらいしか、能力を発揮する局面はなくなってしまう。
人民解放軍から不正が無くならないのは、こういうわけかとさえ呉は思った。
ウクライナへの侵略戦争でロシア軍が見せた醜態を人民解放軍は、当然ながら熱心に研究している。その結果、若手の参謀達の間では、欧米流の前線部隊の自主性を重視するミッションコマンドとやらが熱心に提唱されていたから、呉は変革を期待していた。
だが、長征作戦が蓋を開けてみれば人民解放軍は何も変わっていない。何をするにも北京にお伺いをたて、上層部との円滑なパイプが欲しければ普段から金を積まねばならない軍隊のままだったのだ。
この結果、9時に偵察衛星が北大東島に1機の日本軍機が退避しているのを発見したが、その処置には無闇に時間がかかっている。
呉達にとっては格好の目標で、1個か2個中隊のJ15で爆撃して空港ごと吹き飛ばせばいいだけだった。
だが、そう簡単にはいかなかったのだ。
まず、誰が攻撃するかで北京で綱引きが始まった。
ロケット軍は弾道ミサイルでF15を直撃してみせると言い出し、空軍は爆撃機の巡航ミサイルの方がより確実だと主張し、海軍は自分達がもっとも確実だと譲らなかった。
(しかも海軍部内でも艦載機による爆撃と、駆逐艦の巡航ミサイルの使用とで意見が分かれていた。)
綱引きが呉達福建旅団による空襲で決まると、攻撃隊の編成と装備をいちいち北京に申請、吟味、却下、再提出を繰り返して時間を無駄にした。
(福建の秦艦長は、北京で最近台頭した胡空軍中将と昔から仲が悪いせいだろうか?)
そんなわけですっかり時間を無駄にし、福建から爆装1個中隊と護衛1個中隊計8機のストライクパッケージがようやく発艦した途端、北大東島からF15が離陸。
このままでは逃げられかねない。
いわば、人民解放軍の問題点を凝縮したような一連の顛末が、呉の不満の原因だったのだ。
だが、それはそれとして、呉はF15を逃がすつもりは無い。
戦闘配置のシフト調整で、航空戦指揮官も一時的に務める彼は、北京からの口出しを気にする必要の無い領域を楽しんでいる。
彼は艦隊外周のCAPに、F15を追尾するように命じた。矢次早にCAPのバックアップと、空中給油任務のJ15を発艦させるように命じる。彼等はあらかじめ準備を整えて待機中だった。
「北京のお偉方にへいこらする時間は終わりだ。逃がさんぞ」
彼はディスプレイ上のF15のシンボルと、追尾する部下をシンボルを見つめる。




