花のアルバイト。アイドルと戦争の記憶
3月中旬、花と加奈子は揃って初任者研修を終えた。
2週間の研修はあっという間に終わったが、二人には知らないことだらけで、学校や大学での勉強とはまた違った、実践的な学習で面白かった。
期間中、花と加奈子はその日の研修を終えると、スタバやマックに入って、
「高校や大学の勉強より面白いね。」「そうかもね。」「でも思ったよりも疲れるね。」
などとと言い合いながら、その日の頑張った自分達にご褒美を与えた。
研修の最終日には女性講師(超ベテラン介護士)から、「前より人に優しくなれたでしょ?それだけでもこの研修を受けて良かったって、思わない?」と言われたのが印象的だった。
確かにヘルパーの研修を通して、花も加奈子も他者への配慮という視点を、今までよりは意識して持てるようになっていた。だから二人は素直に、そのとおりだと思う。
そうして研修は終えたものの、花には心配がある。と言うより、自分の技術に自信が無かった。
肝心の利用者に対する身体介助。つまり、相手を抱きかかえてベッドから車椅子に移したり、戻したりといった技術に自信が無いのだ。
無論、研修期間中に重点が置かれていたし、自主的に加奈子とお互いを利用者に見立てて練習した。
だが、花は相手の体を扱うことに過度に緊張してしまい、動きがぎこちなかった。何度練習しても、加奈子を車イスとベッドの間に、落っことしそうになるのだ。
そんな花を見た講師は
「まあまあ心配しなくても、現場で回数をこなせばそのうち慣れるよ。最初から上手に出来る人がいたら、逆に怖いわ。」
と、励ました。
さらに二人には、男性利用者の排泄介助で、相手の陰部を見ることが出来るかも心配だったが、講師は
「うんうん。若い子には良く聞かれるけど、大抵は三日もあれば慣れるよ。でも、もし汚物への拒絶が続くなら、ちょっとこの仕事考えた方がいいけどね?でも、八木さんも中村さんも、研修中の姿勢のまま頑張れば大丈夫!」
とやはり励ましてくれた。
かくして、3月下旬に、花と加奈子は相次いで真紀子の古巣の、介護付き有料老人ホームの面接を受けたのだった。
履歴書の最後には大学中退と書いて終わるしかなく、改めて現状を思い知る。
面接官は施設長。山岡という名前の40前後の男性だった。
山岡は花に一通りの質問を終えると、一つだけ守って欲しいことがあると言った。
「まあ、大学に入ったり、卒業したりでいつかは辞めることもあるだろうけど、それは構いません。しかし、働いている間はしっかりとシフトを守って下さい。介護現場では、ギリギリの人数でシフトを組んでいます。若い人に限らず、たまに簡単に休む人がいますが、一人でもシフトに穴を空けると、残った人で現場を回していくのはとても大変です。
だから、しっかりと自己管理をして、休まないようにして下さい。出来ますか?」
「はい!私は高校時代は部活をしていた時期もあって、体力はある方ですし、ここ1年は風邪もひいていません!大丈夫です!」
「ありがとうございます。さて、ここからは個人的な質問になるので、お答え頂かなくても良いのですが・・・。」
「?」
「八木さんのお母さんには在職中、当施設に大きく力を貸して頂きました。ですが、お子さんと生活を合わせたいとのことで、夜勤無しの日勤専従で給与を維持するため、新たな職場に巣立たれて行きました。惜しかったですよ。本当に惜しかったです。優秀な方でした。」
「え!?母が優秀?そ、そう、なんですか?」
花は真紀子に、特に沖縄に行く前は、日頃から文句ばかり言っていた。今は偉そうなことを言える立場では無いし、沖縄で少しは自分の馬鹿さ加減を思い知ったこともあり、真紀子に対する態度は、けっこう変わってきている。
それでも、母の仕事ぶりが評価されていたと知るのは、目から鱗が落ちる思いだった。
「ええ。いつも「娘のために」と頑張っていましたよ。八木さん。お母さんに親孝行してますか?」
「!?」
それを聞いて、花は体に電流が走ったようにギクリとする。
その様子を見た山岡は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「済みません。良いですよ。無理に答えなくても。そうですね。もしご縁がありましたら、最初のバイト代は、5月の24日に振り込みになるでしょう。ちょうど母の日が近いですから、お母さんにプレゼントを差し上げてみてはいかがですか?」
「・・・。はい・・。」
「それでは面接は以上です。合否は後日お伝えしますので。」
施設を出た花は、最寄駅前のカフェに入る。先に面接を済ませた加奈子が待っていた。
「花おつかれー。どうだった?」
「うーん。面接の感触自体は悪くなかったんだけど・・。」
「けど?」
「親孝行してるか?って言われちゃった・・。」
それを聞いた加奈子は、口に含んでいたアイスティーを吹き出しそうになる。
「そ、それは痛いとこ突かれたね。。。花、お母さんに心配かけてばっかりだもんね。」
「加奈子もやっぱりそう思う?」
「思う。悪いけど、思っちゃう。」
「それでバイト代入ったら、お母さんに母の日のプレゼント買ってあげたら?って言われたわ。」
「あ、いいね。それすごく良い。私も乗らせて。私もお母さんにも、お父さんにも心配させてばかりだったから・・。」
こうして二人はバイト代の使い途を一つだけ、先行して決めたのだった。
翌日、相次いで採用通知が二人に届く。
4月1日の午前9時。花と加奈子は揃って初出勤した。
施設職員は固定のユニフォームを支給されず、自分で動き安い服装を用意することになっており、二人は量販店で、適当なジャージとスニーカーを購入している。
以前はユニフォームを支給していたこともあったが、安物で職員の評判が悪く、個々の職員が使い易い服装を、ある程度自由にさせることになったらしい。
出迎えた山岡は、そっさく朝礼に二人を参加させて、日勤と夜勤明けの職員に紹介する。その後で簡単に就業ルールを説明すると、二人に施設内を案内しながら、各居室を回って入居者に挨拶回りをした。
居室は全て個室で80程あり、現状で入居しているのは70名。5階建てで、1階は併設されているデイサービスと受付、職員の休憩所。2階には大きな浴室と厨房がある。3階よりも上の各階にも、食堂と小さな浴室があり、さらに職員の詰所と介護に使う資材やシーツの置き場、洗濯室、汚物処理室等がある。だだ、浴室は使われておらず、物置になっているらしい。
いくつかの居室は留守だった。午前中のお風呂に行っているとのことだ。
居室や食堂で過ごしている入居者は、真紀子を知っており、花が真紀子の娘だと山岡が紹介すると喜んだ。
「あらー、マキちゃんの娘さんなの、なら安心ね。」「八木君の娘さんかね。彼女は元気にしとるかね。」「まあまあ、お母さんに似てることー!」
といった反応の最後に
「親孝行してるー?」
と付け加えられ、花は曖昧な返事をし、加奈子は苦笑する。
「じゃあ、今日から主に付いてもらうスタッフを紹介しますね。あ、いたいた、山井さーん。」
紹介された山井という女性は、60手前の小柄なスタッフだった。
ニコニコとしており、快活な印象を受ける。
「初めまして、八木花です。」
「中村加奈子です。」
「山井ですー。あらあらー、二人とも若いわねー。孫が手伝いに来てくれたみたい。あなたが、八木さん?真紀子ちゃん元気にしてる?」
「は、はい、おかげ様で・・。」
「親孝行してるー?だめよー?お母さんにあんまり心配かけちゃ。」
どうやら、真紀子は職場で相当、花の愚痴を言っていたらしい。
花の顔が歪み、その様子を見た加奈子は笑いを堪えて顔を逸れず。
「ごめん。ごめん。初対面でいきなり失礼だったわね。ところで二人とも緊張してる?」
「は、はい。「本物」の高齢者の方に触れるのは初めてなんで、多少・・。」
「私もです・・。」
「OK!そういうことなら、ウチの「アイドル」を紹介するわ。もうお風呂から部屋に帰ってきてるはずだし。」
「「アイドル?」」
花と加奈子は揃って首を傾げる。元アイドルでも入居してるのだろうか?
山井が二人を連れて行ったのは、山岡に案内された時には、留守だった居室だった。
「瀬戸さーん。こんにちわー。お風呂気持ち良かったー?・・。寝てるね・・。」
ベッドで、ぷくーぷくーという寝息を立てていたのは、かなりの高齢に見える女性だった。
まるっこい体形で、某猫型ロボットに見える。
「八木さん、声かけて起こしてあげて。笑顔でね。」
「は、はい。瀬戸さーん。初めまして、今日からお世話させて頂く、八木花といいます・・。」
瀬戸という女性が目を覚ました。声も猫型ロボットそっくりだ。
「ふわ・・。ねーちゃん、見に来てくれたんー?おおきにありがとー。」
(あ、関西弁だ。)
「こんにちわ。中村加奈子です。」
「わー。おねえちゃん、かわいらしいなー。まるでお人形さんみたいやー。」
瀬戸は満面の笑みを浮かべていた。
ただ声をかけて起こしただけなのに、大げさに感じる程の反応が返ってきたので、二人は驚く。
「瀬戸さんはね。100歳越えの長老なの。ご主人も向かいの部屋に居るわ。お風呂に行くときは一緒だから、午前中は二人とも留守。瀬戸さんのご飯が良かったのか、夫婦揃って長生き。
ご主人は東大阪で、町工場を経営してらしたけど、引退する時に息子さんの居る関東に引っ越してね。それはともかく瀬戸さんはね。何をしてあげても、大喜びしてくれるから、職員は大好きなの。」
「そうなんですか?」
「あ、もう昼食の時間だ。ちょうど良いから、瀬戸さんを車イスに移乗して、食堂に誘導してみよう。全介助ね。はい、じゃあ、中村さん、声掛けしてみて。体起こして単座位にするところまでは、中村さん。そこからは八木さん交代ー!」
指名された加奈子があたふたと、瀬戸に声をかける
「え!あ、はい!瀬戸さん、お食事の時間です。食堂にいきましょうか?」
「ごはんー?ねーちゃん、自分じゃ起きられへんねん。起こしてー。起こしてー。」
瀬戸は両手を伸ばしてパタパタと動かした。
「えーと、ベッド柵を外して・・。あ、花!車椅子出して!」
「OK!あ、研修と同じ車椅子。ネクストコアだ。えーと、フットレストとサイドガードはどっち外すんだろ?」
「麻痺は無いし全介助だから、八木さんがやり易い位置に車椅子着ければいいわ。二人とも落ち着いてやってね。」
「はい、布団とりますよー。えーと、膝を曲げて・・。横向きますよー。それで、肩に手を入れてー、足をベッドから降ろして、その勢いで・・、瀬戸さん起きますよー。えい!」
「わ!うまいこと起こしてくれたー!おおきにありがとー!」
瀬戸は満面の笑みを浮かべ、両手を合わせて加奈子に礼を言う。
「はい。じゃあ、次は八木さんね。移乗は自信無いって言ってたけど、危なくなったら、私がすぐ入るからね。」
「は、はい・・。加奈子代わるね。瀬戸さん、車椅子に移りますよ。私につかまれますか?」
花の声かけに、瀬戸はプルプルと震える腕を、彼女の背中に回した。これだけでも、お互いの重心が近くなって、移乗はしやすくなるのだ。
「ねーちゃん。ウチ、重たいおますやろ?」
「いえ大丈夫です。」
その間に、もし花が失敗した時に、瀬戸の体を背中から車椅子に引き上げられるように、加奈子は車椅子の後ろに待機する。
「いきますよー。えい!」
「わっ。上手いこと乗せてくれたー!おおきに、ありがとー!」
このように、瀬戸は花と加奈子がすること、一つ一つに手を合わせて喜んでくれるのだ。
花は苦手な全介助の移乗を、「本物」の高齢者、しかも100歳の女性に対して、出来てしまった自分に驚いていた。
「できた・・。出来ちゃった・・。」
「瀬戸さん、かわいい・・。」思わず声に出した加奈子はあわてて口を塞ぐ。
高齢者へ「かわいい」などと、上から目線の言葉になるかと思ったのだ。
介護現場では、高齢者に使ってはいけない「NGワード」が結構多い。
「いいの。いいの。言ったでしょ?瀬戸さんは「アイドル」だって。職員は瀬戸さんの介助が大好き!みんな「かわいい」って思ってるわよ。じゃあ、このまま瀬戸さんを食堂に誘導しましょう!」
そのまま山井と一緒に、1時間弱の時間で、数人の入居者を食堂に誘導した。
その後の食事の世話は、意外に大変だった。十数人の入居者の顔と名前を覚えるのが、そもそも大変なのだ。(山井は二人に、空き時間に入居者のカルテを見て、生活史を確認しておくと、人物の背景が見えて、覚え易くなるとアドバイスした)
それ以外は、入居者が喉詰めを起こさないか、注意して見守るのが主な仕事だ。山井によれば、万一喉詰め等の事故が起きようものなら、家族とのトラブルになり易いから、それなりに気を使うらしい。
食事が終わり、食器を片付けながら、今度は食堂から居室へ入居者を誘導するのだが、数人の入居者はまだ食事を終えていなかった。
そのうち1人の側に居た、男性スタッフが山井に助けを求めて来た。
「山井さーん。すみませーん。瀬戸のお父さんが、お茶飲んでくれないんですー!」
「あらあら。はいはい。今いくね。二人とも付いて来て。」
「こちらが瀬戸さんの?」
「そうご主人。水分補給をめんどくさがるの。高齢者には水分補給はとっても大事。分かるわね?」
「ええ、体調を維持するためにも、認知症の進行を止めるにも、特に夏は脱水症状になりやすいからって、習いました。」
「その通りよ。瀬戸さんの奥さんはあの通り、可愛くボケちゃってるけど。ご主人は多少気難しいの。ウチはある程度の介護度の方は、1日最低800CC飲むことになっているけど、そのためには、食事時にこのお茶で150CC飲むのがマストなのよ」
そう言われている、瀬戸の主人は、こちらは某児童向けアニメのパン職人にそっくりだった。
男性職員にしつこく水分補給を促されたせいか、表情が硬い。
試しに花と加奈子が、声をかける
「瀬戸さん、お茶飲んで、部屋に帰りませんかー?」
「あー、うー、ええねん・・。もう放っといてくれ・・。」
2人が水分補給をいくら促しても、男性職員と同じく瀬戸は、どこを見ているのか分からいような表情で、あーうー言うばかり。いっこうに茶を飲もうとはしなかった。
「うまくいかないよねー。認知症の方は正面から声かけしても、上手く行かないことが多いの。だから、本人が自分の意思でやろうとするように仕向けるのがコツよ。でも、そのためには、その人ごとに押さえるツボというか、引き出しを知っていることが大切なの。」
「ツボ?」「引き出し?」
「そうよ。井口君も一緒に見ててね。」
井口と呼ばれた男性と、花と加奈子は、頑なにお茶を飲むことを拒否する瀬戸に、いったいどんな方法があるのかと興味深々だった。
「瀬戸さーん。兵隊は陸?海?」
山井がそう尋ねると、それまで、あーとか、うーとしか喋っていなかった瀬戸が、急にペラペラと喋り出した。
「ワシは陸軍でな。天下茶屋で招集されて、金沢の歩兵第9連隊だったんや。ほんでな、運よく南方でなくて、大陸やったから、それで生き残れたんや!」
「あらそうー。南方に行かなかったのー?それは運が良かったわねー。そうそう天皇陛下がねー。9連隊の兵隊で、まだ長生きしとる者が居るのかって、お喜びでしたよー。」
「陛下が!?ホンマか!?」
「ホンマホンマ。でね。恩賜のお茶を賜りましたよ。ありがたい陛下のお茶ですからね。残してはいけませんよ。」
そして瀬戸は一転、ありがたそうにコップを掲げると、あっという間にお茶を飲んでしまった。
「すごい・・。」
「良くも悪くも、この世代の人達は戦争や軍隊の記憶が強烈なのよ。兵隊さんの経験のある方には、「天皇陛下」のお名前はてきめんよ。まあ、もう瀬戸さんくらいで、殆どの方は天国に行ってしまったけどね。」
花は山井の手腕に感心すると同時に、沖縄でたまに感じることがあった、戦争の臭い、とでもいうべき空気を急に感じたことで、少し戸惑っていた。
その後は休憩をはさみ、着替えて入浴介助の研修。それが終わると、夕食前の排泄介助、夕食の誘導という流れだった。
花と加奈子は、山井に付いて目まぐるしく動き回り、夕食が始まったタイミングで定時となる。
施設を出た二人は、バイト明けの解放感に包まれる。
「あー、疲れたなー。」
「そうだね。でも、瀬戸のお婆ちゃん。可愛かったね。」
「うん。ああいう形だったら、齢取るのも怖くないかも?」
「それね!私も思った!それにしても、沖縄でやってたバイトって、バイトに入らなかったね。」
「SON経由で、NPOが斡旋してくれてたアレ?今思えばインチキだったよね」
「うん、実働数時間の海岸清掃や、講習で紙配ってるだけで、日当が2万近かったんだよ。あれ補助金だっていうから、税金泥棒だったよね・・。」
2人は同時に頭を振る。
「止めよう!沖縄の話わ!お茶飲んで帰ろう!」
「賛成!」
数日後、またしても花は戦争の傷に触れる。
その時、花と加奈子のコンビは、機械式の特別浴室で瀬戸夫人を入浴させていた。
シャワーチェアに座る瀬戸の体を、二人でくまなく洗ってから、シャワーをかけて泡を落とす。
山井が見守る中、花はシャワーチェアを操作して、浴槽に差し込んでロックする。
その様子を加奈子が確認して、給湯ボタンを押すと、あっという間にお湯が満たされた。
「うんうん、二人とも上出来よ。」
そう言って、山井は浴室を出て、隣の脱衣場で順番待ちしている、入居者の脱衣を手伝った。
湯舟につかる瀬戸は、気持ちよさそうに、花と加奈子に話しかけてきた。
「ねーちゃん達、おんなきょーだいか?」
「いえ、私達は友達同士で・・。」
「おんなきょーだいか?」
どうやら瀬戸は、二人を姉妹だと思い込み、それ以外の話をする気が無いらしい。
2人は顔を見合わせ、瀬戸に話を合わせることにした。
「そ、そうです。私達、女きょーだいです!」
「そーか、そーか、女きょーだいか。ええなあ。きょーだいは、女がええなあ・・・。」
すると瀬戸の表情が急に曇りだし、目から涙がこぼれだす。
「「!?」」
「ウチはなあ・・。男きょーだいやったから、みんな兵隊にとられてもーたんやー。誰も帰ってこんかったんやー。」
そういうと、瀬戸は急においおいと泣き出した。
異変を察知した山井が、慌てて入ってくる。
加奈子が事情を話すと、山井は理解した。
「あーそういうことね。大丈夫。少ししたら忘れちゃうから。」
「それにしても・・。」
「何?」
「この世代の方って、若い頃の戦争の記憶が、焼き付いたままなんですね・・。下手なこと言って、瀬戸さんに悲しい思いをさせてしまいました・・。」
「まあまあ、そんな暗い顔をしないの!」
そんなことがあったせいか、いつもより二人は疲れて施設を出た。
カフェに立ち寄り、気を取り直す必要がある。
なにせ仕事を覚えるまでは、二人は正職員並みにシフトに入っている。それまでは落ち込んでいられない。一人立ちできたら、ペースを落として、受験勉強と両立させるのだが、それまでは辛抱しないといけないことは、花も加奈子も理解していた。
このまま中途半端な人生を送っては、あの久米未来にされたい放題ということになる。それだけは嫌だから、二人はここで踏ん張るつもりなのだった。
目まぐるしい日々を花と加奈子が送る中、世間では田中政権がかかげる、「自衛隊の活用」「民生支援」の一環として、看護士が不足する福祉施設に、衛生隊から隊員が派遣されることになった。
期間限定でも、なにせ「タダ」で看護士を雇えるのだから、派遣要請は殺到した。
花の施設は運よく幹部衛生隊員が、1名派遣されてくることになる。




