4ー1ー1 三回戦・足立南戦前
騒動後の再会。
暗い部屋。アパートの一室で、カーテンも閉めきって部屋の電気も点けず、点いているのはパソコンのディスプレイの光だけ。
部屋の主人は四十代の男。独身の彼は小太りの体型で、少し不衛生なようで無精髭とボサボサの髪の毛。パソコンの画面を見ている彼は、目を充血させていた。
見ている内容は福圓梨沙子のラジオ番組と、それに纏わるネット掲示板だった。アンチの内容を彼は賞賛するが、その内容は大多数に否定、罵倒される。
彼の書き込んだ内容も、メタクソに叩かれた。アンチにとっては生きづらい場所だった。
気に食わないのだ。
福圓梨沙子を声優として好きだった。ファンだった。演技はもちろん、容姿も好みだった。もし写真集でも出そうものなら買って、握手会やサイン会があれば必ず行くと意気込んでいたほどだった。
だから先週の照れ隠しは可愛かったが、それでも好意を向ける相手には殺意が湧いた。
調べてみればすぐに相手はわかった。
宮下智紀。野球関係者なら知っている者も多い、超有望株。今の高校生の中で、早くも様々な関係者が注目し、プロ注目の投手。
「元プロの父親がいて、本人も才能に溢れてるとか……。マジうぜえ」
男の本音はそれ。
ただの嫉妬だ。
プロの声優の相手として、まだただの高校生ながら認められてしまうほどの人物。
容姿もそれなりに良いのが、容姿の良くない彼を余計憎悪の炎を燃え滾らせた。
彼の仕事の予定表を確認する。その予定を見て、彼は醜悪な顔を更に歪ませる笑みを浮かばせた。
彼は当日になって、その巡り合わせに更に微笑むこととなる。
────
まだ学校はあるけど、もうほとんど消化試合のように授業もゆったりと進行していった。夏休みも間近ということでどこかゆるい雰囲気のまま、授業は進んでいく。
休み時間は違う。
前の試合の活躍が凄かっただの、試合前に話していた女は誰だの、試合後に話していた美少女は誰だの、福圓梨沙子さんとの関係はどうなっただのと聞いてきた生徒が多い。今回は男女問わずだった。
男子が聞いてくるのは美沙と梨沙子さんのことばかりだ。美沙を妹と言った瞬間紹介してくれとせがまれた。ここでもモテてるな、俺の妹。
梨沙子さんについて聞いてくるのは、アニメとかに詳しい男子だった。俺はアニメ業界に詳しくないが、梨沙子さんは最近売れ始めている注目株なんだとか。そんな彼女が、名前を言ってないとはいえ俺のことを尊敬してるとか言っちゃたら、まあ質問責めにも遭う。
正直に、声優の福圓梨沙子さんには会ったことがないと一貫して伝えた。俺が会ったのは俺のファンとしてやってきた、姿を偽った彼女。トンチにもなっていないが、仕事で会いに来た喜沙姉とは違い、私人として会いに来たんだから騒がせる必要はない。
だから女子にも、勇気のある他校生がファンレターをくれただけだと伝えた。別に付き合うわけでもないので、文通もしないことを伝えると女子たちは納得して引き下がった。
メールのやり取りはやってるけど、文通じゃないだろ。うん。
学校もあと二日で終わり、そうしたら夏休みだ。夏休みになれば野球に集中できる。帝王は夏休みの宿題も少ないことが良いと千紗姉が言っていた。色々な部活動が活発に動く時期だから、三年生でもない限りたくさん宿題を出す理由もないんだろう。
こういうのは学校の特色だし、私立ならではだ。
どうにか授業と質問責めを乗り切って放課後。
俺は次の試合で先発だと言われていたので、この日はブルペンに入っていた。一緒にバッテリーを組む町田先輩に受けてもらおうかとも思ったけど、町田先輩は打撃練習に行ってしまったので高宮に受けてもらう。
投手コーチの宇都美コーチにも側で見てもらっていた。
学外の人間をシャットアウトしたせいか、むしろ学内の女子たちがグラウンドを囲っていた。いつも以上に黄色い声援が多い気がする。
公式戦が始まって、初戦を快勝したことも関係してるんだろうな。千紗姉がいつもの風物詩だって言ってたし。
「一番ストレート!」
ワインドアップから、身体全身の動き、体重移動、腕を振る角度、ボールを放つ瞬間の指の先で切る感覚。全てを確認しながら放り込む。
高宮の構えるミットに綺麗に収まる。うん、調子が良い。
「やっぱりスピード上がってないか?」
「投げてる側としては実感がないけど。宇都美コーチ、どうなんですか?」
「この前の紅白戦ではどのストレートも速度が上がってたぞ。今も一番ストレートにしては速かったな」
そうなのか。コントロールが悪くなったとかじゃないんだから、速度が上がったことは素直に喜ぼう。
でも何で速度が上がったんだか。特別なことはしてないんだけど。フォームも変わってないから、理由がわからない。
「でも三番ストレートはそこまで速度が上がってないんですよね?」
「ああ。この前の紅白戦では最速144km/hだった」
1km/h上がった。でもそれって誤差な気がする。
周りの女子の声援は無視して、それからも調整のつもりで投げ込む。応援してくれるのはありがたいことなんだけど、邪な応援じゃ気分が上がらないというか。この中に純粋な気持ちで帝王野球部を応援してくれている女子がいるんだろう。
そして投げていると、真中コーチがある人を連れてブルペンにやってきた。梨沙子さんの騒動があったせいで学内に入るのは大変だっただろうに、来てくれたのか。
「宮下。お前にお客さんだ」
「久し振りだね、智紀君。相変わらず元気そうで良かった」
「新垣さん、お久し振りです」
帽子を取って挨拶する。一年振りだろうか。U-15の時以来に会ったと思う。
新垣スカウト。もう六十にもなる、埼玉東部ライオンズのスカウトだ。正体を隠す気があるんだろうか。東部の帽子を被ってる。まあ、本人的には禿げを見せたくないから隠しているんだと言っていたし、スカウトならこの状況でも敷地内に入ることを許可されたんだろう。
高宮も手招きする。コーチが連れてくるプロの帽子を被った人ということで、大体の正体を掴んだのだろう。マスクとキャッチャーヘルメットを外して頭を下げていた。
「高宮。こちら東部ライオンズのスカウト、新垣悟さん。俺の父さんをスカウトした、ライオンズ一筋の方だ」
「高宮隼人です。一年のキャッチャーです」
「うん、よろしくね。ウチの方針でベンチメンバー以外には名刺を渡せないんだ。やたらめったら名刺を配って期待させても仕方がないからね。それに渡した相手からの電話も多くて辟易しているんだ。名刺はよっぽどの選手じゃないと高校生じゃ渡さないことになった」
へえ。スカウトも苦労してるんだなぁ。俺はU-15に選ばれたから、昔から新垣さんを知っていたのもあって名刺をもらっている。俺の父さんの葬式にも出てくれた人だし。
「高校生に渡しても、育成を除いたら七・八枠で二人も取れば良い方ですからね。名刺のバラ撒きは高校生にも良くありませんよ」
「そう。真中さんの言う通りでね。即戦力が欲しいなら大卒や社会人の方がよっぽど使える。高校生は育てなくちゃいけない。今後はよっぽどの選手じゃない限り、甲子園に出ないと名刺を渡すことはないかな」
高卒直後ですぐに使える選手がいくらいるかという話だ。ほとんどいないだろう。甲子園に出たからってプロになれるわけじゃないが、一つの指標にはなるという話。
涼介とかだったら甲子園に出なくても様々なプロが獲りに行くだろう。いや、習志野学園が涼介も含んでいるのに甲子園に一回も出ないなんて想像もできないな。
「今日は葉山キャプテンか、倉敷先輩を見に来たんですか?」
「まあ、あの二人もそうだけど。一番はやっぱり君だよ。智紀君」
「俺、ですか?」
「君のピッチングを見たかった。ライオンズのフロントも、君を見たがっている」
「……それは、父さんの子供としてですか?」
二世選手を、同じ球団が獲得しようとする動きは割とある。俺の父さんはそこまで有名選手じゃなかったけど、声がかかることは多いのだとか。
球団としても商売の一環だ。話題性を作れる選手は大事にする。
俺の父さんは投手成績もそうだけど、母さんとの結婚が凄く世間を騒がせた。当時一番売れてたアイドルとの電撃結婚だったらしい。ライオンズの一応先発ローテに入ってた選手が結婚したんだから、よっぽど驚かれただろう。
でもそこから成績を上げていき、日本一にも貢献したとか。通算勝利数は76。若くして亡くなったにしては結構勝ってる投手だ。二十九歳で亡くなって、最後の一年は病気のせいでまともにマウンドに立てなかった。
実質十年のプロ生活で76勝はかなり稼いでる。
亡くなっているということなど、中々にドラマ性があるから俺に声を掛けてくるスカウトは多い。とある球団はモロにそれを表に出してきたのでその球団には絶対に入らないと決心したということもあった。
「ウチのフロントはそんなことを一切考えていないよ。君を二世選手としては全く売り出さない。亡くなっている彼に対して、それは不謹慎だろう?」
「……じゃあ、実力を買ってくれている、ということですか?」
「そうだね。アメリカ戦でそれは決定的になった。それに生半可な選手じゃここのベンチに一年生から入れないだろう?そういうことで、君のピッチングを撮らせて欲しい」
「わかりました。そういうことなら。高宮、全球種投げるぞ」
「わかった」
新垣さんが撮影機材を用意している内に、マウンドを均す。コーチたちもスカウトに映像を渡すのは大丈夫だと許可をくれたので、思いっきりやる。
ストレートが三種類あることと、スライダーとシンカーを投げ分けていたことに新垣さんは驚きながらもホクホク顔で帰っていった。あの人なら俺を悪く使うことはないだろう。
それに、父さんと同じ球団というのは憧れる。プロの中で一番贔屓だったりもする。
「しっかし、あの人も凄いよな。絶賛燃えてる宮下を獲るつもりなんだから」
「二年後なら下火になってるだろ」
「そうか?結構長引きそうだと俺は踏んだな」
「まあ、梨沙子さんがこのままずっと有名だったらそうなるか……。セットで語られるんだろうし」
「あと、お姉さんのこともな」
「それは流石に燃えないだろ。多分」
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「親子じゃないんだから、二世として扱うわけがないんだよな。しかし……数奇な運命だ。今回の炎上の件も、お姉さんのことも本当のことがわかったら確実にまた炎上する。彼が悪いことをしたわけではないんだが、難儀なものだ。……本当に彼の息子だったら、こうも面倒なことにはならなかっただろうに。智紀君。もし何があっても、我が球団は君を守ろう。彼との約束だ。フロントも今回の映像を見れば納得するだろう。だから、這い上がれ。実力をもっと全てに魅せ付けろ」
帰り道に、歩き煙草をしながら。
老年のスカウトは、そう言葉を空へ溶かした。
次も三日後に投稿します。
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