幕間Ⅱ とある声優ラジオにて
大胆な告白。
帝王が初戦突破をした、日曜日の夜。
この日は梨沙子が例の問題発言をしてしまったラジオの放送があった。今回も生放送であると事前に決めていたので、番組側も収録で放送することを避けた。逃げていると視聴者に思われたら作品の内容に関わらず評価が落ちるからだ。
それに身も蓋もない話だが、炎上商法という売り方もある。話題性に若干欠けていたが、アニメでも扱っている野球に関わる事柄で燃えたために話題性は抜群。しかも燃えたもう片方も高校野球において注目株であり、一年生ながら名門校の帝王に夏大会でベンチ入りしていることもあって食い付きが良かった。
もしもの時は若い一人の声優を切ればいいと、冷酷な大人たちは考えていた。自分たちが関わる仕事で福圓梨沙子を起用しなければいいだけ。アニメは不幸な関係者の愚行で売り上げが上がらなかっただけだと言い訳の材料にできる。
なので製作委員会は強気な態度なまま現状維持を貫いていた。
この炎上が良い方向に転べば儲け物。このまま悪いイメージが続いてしまったら見切りをつけるだけ。
この作品の今後は福圓梨沙子の、今日の言動に全てが懸かっていた。
そして梨沙子は番組が始まる前に、アニメ監督やラジオの構成作家、アニメ制作のスポンサーであるプロデューサーなどのお偉いさん全員を集めて、炎上騒ぎについてどうするかという会議が行われた。
正直、問い合わせのメールが大量に来ている。そのため取るべき選択肢は二つ。
問い合わせなんて全て無視して、淡々とラジオ番組として放送を終わらせるか。
最初に対応して、済ませた後に番組を続けるか。
梨沙子としても番組側としても、選択したのは後者だった。
安全志向の逃げなんてかなぐり捨てて、この炎上を利用する大博打に打って出たのだ。
そして、番組が始まる。
最初のオープニングについては、座組に則った在り来たりなもの。アニメの紹介やこのラジオについての説明。最低限の体裁を整えた後、梨沙子が謝罪を口にする。
「ここで、わたし個人から先週の番組内における発言について謝罪させていただきます」
その発言をしたことで、動画配信サイトのコメント欄やネット上の掲示板などが一気に加速する。「謝罪キター♪───O(≧∇≦)O────♪」といったような煽るようなコメントが増えていく。
どの業界にもアンチという層はいる。梨沙子に恋をしていた者が今回の発言でアンチになってしまったということもある。
あとはアフィブログなどでアクセス数を稼ぐために情報を集めている者もいる。彼らはアクセス数を稼ぐためならどんな労力も惜しまないのだ。
「謝罪することについてですけど、発言の内容ではなくて態度についてです。映像も合わさって変な誤解を与えてしまったことかと思います。なのでここでハッキリと断言させていただきます。わたしは一選手として、彼のことが好きです」
その物言いに。毅然とした姿に。
発言を気にしていた者たちもコメントを打つ手が止まっていた。
まさかここまでハッキリ言うとは予想しておらず、相方の中田美代子すら驚いている姿を隠していない。
監督や構成作家、梨沙子のマネージャーすら驚愕の表情を隠さず、ただ一人。一番偉いプロデューサーだけが満足そうに頷いていた。
彼はどうするのか、こっそり梨沙子に聞いていた。すると開き直りますと言われて、泥舟だろうが頼もしい戦艦大和だろうが、梨沙子に乗っかることにしていたのだ。
「わたしは、彼のピッチングに勇気を頂きました。まだ学生の彼が、大舞台で味方を盛り上げて活躍する姿に、あまり野球を知らなかったわたしは感銘を受けました。歳下なのに、世界で活躍している人がいる。まだ声優業界に入ったばかりのわたしは、彼のようになれなかった。とても上手い先輩方がたくさんいて、同年代でも天才と呼ばれる人はもう多くの作品に出ている。一応プロを名乗れるようになっていたとはいえ仕事にほとんどありつけませんでした。
このまま声優としてやっていけるのか。わたしなんて代わりがたくさんいる、ただの女子高生じゃないか。そう思って塞ぎ込んでいた時期に、偶然もっと凄い世界で頑張る彼を知ったんです。同年代の中でも一際輝く彼は、同じように一緒に頑張る人たちと手を取って勝利を目指していた。それが相乗効果を産んで他の人も鼓舞されて、それまでと動きが変わっていました。選手も会場も、熱気に包んでいました。映像越しに見ていたわたしも。
わたしはなんて思い違いをしていたんだろうって、気付かされました。オーディションに受かるには確かに自分の実力も必要だけど、事務所やマネージャーさんのように支えてくれる人も必要で、わたしが演じるキャラクターを演じるためにも原作や脚本やキャラクターデザイン、アニメーターの方々もいなくてはアニメになりません。制作会社のプロデューサーの方々や、今もこうしてラジオ放送を視聴しに来てくださるファンの皆さんのようにわたしを評価してくれて、見てくださる方々もいなければ作品にならない。
わたしは、わたし一人では声優になれないのだと、そのU-15の試合を見て思い知ったのです。
わたしがプロでいたいから演技を頑張る。そんな理由でファンがアニメを見てくれるわけがありません。プロデューサーやアニメ監督、音響監督がわたしを選んでくれるわけがありません。事務所が、わたしを売り出そうと考えてくれるわけがありません。
アニメにはたくさんの人が関わっていて、演技の掛け合いだけでも他の声優の皆さんと関わって、見る方に喜んでもらう。わたしは一人では何もできません。アニメやゲームというのは総合芸術作品だという認識がなかったのです。
野球だって相手がいて、一緒に戦う仲間がいて、応援してくれる人がいる。わたしはその試合を知る去年まで、そんな当たり前のことを知らない傲慢な子供でした。
気付いたら途端に恥ずかしくなって。
でも声優としてわたしはこれからもやっていきたくて。
彼のような全てを魅了するような人になりたかった。
彼はわたしの、声優としての福圓梨沙子の原点です。だから何度だって、たとえ叩かれたって言います。
わたしは彼を尊敬しています。そして彼の活躍に恥じない声優でいたい。
ですので、わたしは彼への想いについては謝罪しません。彼がいなければ、声優の福圓梨沙子はここにいないのですから」
長々と語った彼女の告白に。
誰もが圧倒された。彼女の想いを知った。下手な言葉を、パソコンや携帯電話で打つこともできなかった。
どうにか動き出したのは、この番組のパートナーである中田。彼女は一番近くで梨沙子のことを見ていたのである意味臨界点を突破してしまって、逆に再起動が早かった。
「感動したっていうのはわかったけど、梨沙子ちゃんはどれだけ彼に影響を受けたの?特に演技面で」
「心持ちはさっきも言いましたけど、演技面ではどうでしょう……?ただ、オーディションの前には必ず彼の試合の映像を見ています!」
「ま、毎回?」
「はい!彼に勇気を貰って受かったオーディションが多いです!この作品もそうですよ!彼は今も頑張ってるんだから、わたしも頑張ろうって!」
「高校生だよね?」
「今一年生ですね」
二人が会話をしたことでコメント欄なども再起動する。やはり梨沙子を叩くコメントもあるが、梨沙子を応援するコメントや智紀へ感謝を述べるコメントが大多数になっていた。
抜粋すると、「宮下智紀くん、あの名門帝王学園で既にベンチ入り」「というか今日試合に出てた」「智紀、梨沙子ちゃんを勇気付けてくれてサンキューな!」「別に憧れの有名人がいるくらいおかしなことじゃないだろ」「相手はまだただの高校生なんだよなぁ」「梨沙子ちゃん一生推し宣言」など。
もう智紀の名前などのプロフィールはダダ漏れだった。智紀のことで話題が占領されて、同じ動画サイト内の智紀のU-15の試合映像がURLで貼られる始末。
智紀を知る野球ファンも、梨沙子が応援したくなるのがわかる選手だと太鼓判を押し始める。
アンチのコメントなんて、一瞬で流されていった。
空気が確実に変わった。
まあ、一部には智紀の母親の事務所が擁護するようなサクラ的コメントもいくつか出したことも変化の要因の一つだろう。
「あーあぁ。収集つかなくなってきちゃった……」
「わたしは後悔していません!」
「うん。今日イチの笑顔だもん。すごいスッキリしてる」
「好きなものを好きって言えるのって素晴らしいです。これが中田さんがプロ野球好きを公言している理由なんですね!」
「うん、全くの別物だよ?そこで比較しないで?」
そこからもコーナーを挟みつつ、梨沙子は随所で天然を出し、狂気的な愛を醸し出し、ドジることもあって。
総評的に「ヤバくておもしれー女」という評価を頂いて丸く?治まることとなった。
この一件も合わさって梨沙子は実力派声優であるのと同時に、ヤベー声優として認知されていくことになる。
このアニメ作品も更に話題になり、知名度が増していく。
もちろん番組放送後に様々なお偉いさんに怒られ。
事務所に戻った後も説教されて、彼女は日付が変わっても家に帰ることはできなかった。
そして、ある意味もう一つの関係事務所にて。
「良かったのですか?社長」
「まあ、トモのことは大丈夫でしょ。こんなことで潰れる子じゃないし。あの子は私たちがしっかりしてれば大丈夫。……問題は、喜沙とか三姉妹の方よね」
「喜沙さんについては我々マネージャー一同が気にかけます」
「お願いね。トモが甲子園に出れば喜沙も大々的にトモのことを構えるようになるから、いいガス抜きになるんでしょうけど。ホント、トモ頑張って」
ため息混じりに、娘のことを心配する智紀たちの母親、神宮寺紗沙の姿がそこにはあった。
次も月曜日に投稿します。
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