3ー1ー5 大垣高校戦
決着。
試合は既に五回の表になっていた。
帝王は終始攻め続け、結局22-0まで点差を広げていた。
帝王の守備は初回からガラリと変わっていた。ベンチに入っていた人物を使おうと、粗方四回の裏で交代していた。
投手は大久保のまま。たった五回なので参考記録であっても完封させようとしていた。捕手は代わって町田がマスクを被っていた。この守備だけに出場している。
一塁手も三年生で背番号三の織部が就いていた。三間は四打席目で代打を送られてベンチに下がっていた。その直前の中原は代打を送られなかったので大丈夫だろうと思っていたところに告げられたので、肩を落としていた。
二塁手は村瀬のまま。遊撃手は三年生の辻に。三塁手は本職が外野だが三塁も守れる霧島が入っていた。霧島は元々三塁手として入学してきたが、倉敷と戦ってレギュラーを取れないと思ったために外野にコンバートした選手だ。
倉敷が怪我をした時のことも考えて、東條監督に言われて彼はサードを練習もしていたので問題なく守ることができる。
レフトにはレギュラーの二年生三石が。センターには筒井、ライトにはレギュラーの新堂が入る。
智紀は四打席目に四球を貰ったところで代走を送られて交代。今はベンチの最前列で三間と並んで応援していた。
大久保は最後の回も気を抜かず、最後のバッターにまで集中したまま投げ込んでいた。対する大垣高校は全員で声を出しているものの、その声には嗚咽が混ざっていた。
それでも彼らは、ここ一番の実力を発揮できていた。それでもこの点差で、五回コールドが成立しようとしていた。
勝てるわけがないとわかっていても、やはり負けるのは悔しいと感じていたのだろう。それだけ野球に真剣だった。強豪校には熱意も練習量も違っていたとしても、野球が好きだった。彼らなりに頑張ってきた。
そうでもなければ涙を流す選手なんていなかっただろう。
最後まで喰らい付こうと、バットを短く持ってボールに当てようとしていた。追い込まれても最後のストライクまで諦めるつもりはなかった。
七番打者はアウトコースへ落ちるフォークを引っ掛けた。それはセカンドの村瀬の正面へ転がる弱いゴロで、軽快に捕球して一塁へ送球。バッターランナーも一塁へヘッドスライディングするが、塁審の腕は容赦なく上に上がる。
その結果、主審が試合を終える言葉を宣言した。
「ゲームセット!」
帝王野球部はすぐに整列にやってくる。大久保は初戦で大乱調をしなかったことに肩の荷が下りて息を深く吐いていたが、それ以外の面々はそこまで気を張っていなかったので足が軽い。
それもそのはずで、目指す場所からすれば最初の一歩というだけ。この結果が当たり前だとこれまでの積み重ねが告げていたので一々喜んだりしない。
逆に負けた側の大垣高校は整列に来るのもゆっくりだった。最後の打者をキャプテンが抱き上げて整列にやって来る。
全員が並んだところで主審が手を挙げて声を張り上げる。
「ゲーム、22-0。帝王学園。礼!」
「「「ありがとうございましたっ‼︎」」」
礼と同時にスタンドから拍手が贈られてくる。選手たちもそれぞれ握手をしていった。完封した大久保や満塁ホームランを打った倉敷、一年生ながら三安打の智紀が主に熱い想いをぶつけられていた。
「甲子園、行けよ」
「ああ。全国制覇してくる」
「……目標がもう一段上だったか。ああ、応援してる」
キャプテン同士の握手には、そういった激励も含まれていた。
帝王、初戦を快勝。
────
スタンドの近くへ行って応援に来てくれた観客へお礼を言った後、ベンチから撤退準備をする。スタンドにいた部員の内三年生は勝利したチームがグラウンド整備をすることになっているので降りてきてトンボの用意をしていた。
ベンチから出て行って球場の外、外縁部まで出ると応援に来ていた人たちが詰め寄って来た。OBや去年まで野球部にいた先輩たち、在学生や父兄など様々だった。
俺はスタンドに梨沙子さんが最後まで居たのは確認したけど、ここには来なかったらしい。もう一度騒ぎを起こすわけにはいかないのだろう。変装していたって二回も来たら怪しいし、彼女の声はプロだけあってよく通る。その声で同一人物だとバレるかもしれない。
梨沙子さんが姿を見せなかったことに安堵していると、千紗姉と美沙がやって来た。喜沙姉も身バレを警戒してこっちには来ないようだ。
「梨沙子さんなら喜沙お姉ちゃんと一緒に帰ったよ。なんだか意気投合したみたいで近くの喫茶店に行くんだって」
「ああ、隣同士で座ってたもんなぁ。似た者同士、何か感じ入るものでもあったんだろ」
ちょっと違うとはいえ、芸能人同士だし。俺たちも芸能生活についてはある程度知っていても、実際に体感している人とはまた感触が違うんだろう。そういう意味じゃ二人が仲良くなるのも頷ける。
その喫茶店で身バレしないといいけど。
「智紀お疲れ。サイクルヒット惜しかったわね」
「ホームランなんて簡単に打ててたまるか。一応それを期待されて立たせてもらったけど、結果は四球だったし」
「最後なんてまともに勝負してもらえなかったじゃない。しょうがないわよ」
「それでも最後まで兄さんの活躍見たかったけどね」
二人とも途中交代が不服だったようだ。交代しなかったのって大久保先輩と村瀬先輩だけだぞ。
それにサイクルヒット──安打・二塁打・三塁打・本塁打全てを一試合で達成すること──なんて公式戦で達成した高校生がどれだけいることか。三塁打が難しく、それに加えてホームランも打たなくちゃいけない。
一試合で四本もヒットを打つことがまず大変なのに、種類の違う長打を三つも打たなくちゃいけないんだから。俺も今日はリーチだったけど、リーチまでは行くこともあるだろう。
最も。同年代で、しかも関東大会でサイクルヒットを達成した上にホームランのお代わりまでやった羽村涼介という化け物もいる。あいつどうやって抑えればいいんだよ。
「あ。千紗姉。俺たちベンチメンバーはこのまま次の試合を見て行くけど、千紗姉ってどうすんの?」
「他の部員と同じでこのまま学校に戻るわよ。ついでに美沙も送ってくから安心しなさい」
「頼む。美沙狙ってそうな部員多いから……。いや、部外者でも多いんだけどさ」
美沙が心配なのは千紗姉も一緒だった。三姉妹はよく告白されるが、その中でも数の桁が違うのは美沙だ。喜沙姉は芸能人だからと気後れして、千紗姉はズボラなところが見抜かれているんだろう。
美沙は俺に甘えるという内弁慶なところを完全に隠しているので、可愛らしいこともあってよく告白される。それは同級生から学校の先輩・後輩から、他の学校の生徒から高校生から大学生から社会人からおじさんにまで。
モテすぎじゃないだろうか。芸能界にいてもおかしくない容姿をした中学生が自分の地域にいたら学生にモテるのはまだしも、社会人や怪しいおじさんにまで告白されるのは問題だと思う。
美沙も素気無く断ってるが、告白してくる人は後を絶たない。去年の冬から出てる不審者も多分美沙目当てだと思ってる。もしくは喜沙姉か千紗姉。
千紗姉と美沙だけというのも心配だが、一人ずつじゃないだけマシだ。学校までは団体で帰るだろうから怪しい人物も近寄ってこられないはず。
こうも心配するのは、今も一定数の男子の視線が美沙に向けられているからだ。隠そうともしていないからな。
それと良く似た女子の視線もある。俺に話しかけてる美少女は誰だ、的な。千紗姉も一緒にいるんだから妹って気付かないだろうか。
この球場だったら歩いて帰れるくらい学校から近いから俺が直接送ってやりたいけど、次の試合の勝者がそのまま俺たちの次の対戦相手になる。だから見逃せない。美沙に待ってもらっても、きっと俺が出ていない野球の試合は興味ないんだろうし。
美沙は甲子園もプロ野球も見ないからな。千紗姉は情報収集ってことでたまに見てるけど。この辺りは姉妹の野球に対するスタンスの違いだ。喜沙姉も仕事で忙しいから美沙と似たようなスタンスだ。
それでも仕事に関わる野球の試合とかだったら見ている。三姉妹の中で一番他の試合を見ていないのが美沙というだけ。
「美沙も千紗姉も気を付けて。もしかしたら女子生徒が突っかかってくるかも」
「それは大丈夫だと思うよ?兄さん、今日はビーフシチューだからね。帰ってくるのはやっぱり八時過ぎ?」
「そうなると思う。楽しみにしてるよ」
そんな感じで話して、もうそろそろ試合が始まる時間になったので千紗姉たちと別れた。俺と話せなかった女子の悲鳴が聞こえてきたけど無視無視。
すっかり帝王女子の態度にも慣れたなぁ。俺たちをステータスとしか見ていない相手の懇願なんて聞きません。
次も月曜日に投稿します。
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