3ー1ー4 大垣高校戦
三打席目。
三人目の投手、二年生の右投げ、背番号十七がマウンドに上がった。この人は前の試合登板してないな。珍しいアンダースローだ。珍しいが、だからって打てないとは決まっていない。
投球練習を見るが、凄く遅い。下手投げと呼ばれるその投法は人体の構造的にそこまでスピードが出るわけがない。槍投げや砲丸投げで下から投げて距離が出せるのかという話だ。どうやったって上から投げることが一番距離も投げられるし、速度も速い。
なら何故アンダースローなんて存在するのか。球速がなくても野球において抑えられる投法だからだ。いつもと違うリリース位置、遅いのに浮き上がってくると錯覚するボールの軌道。そういった慣れさせない、経験の少ないボールで打ち取ろうという魂胆で一定数存在する。
実際慣れていないと打ちにくいという。俺も対戦するのは初めてだ。
プロにも有名なアンダースローは何人かいる。全員球速は最高130km/h半ばくらいなのにプロでも結果を残しているし、その内の一人なんてメジャーリーガーもいた国際試合で完封をするという快挙までしてみせた。
だからアンダースロー信仰なんて言葉もあるくらいだ。
ただ、習得難度は凄く高い。
普通の投手以上に足腰を鍛えないといけないし、今までの積み重ねで制球がなんとかなるというものでもない。下手投げなんて普段の野球で全然使わないので身体に染み込ませるところから始めないといけないし、球速と制球を両立させるにはかなりの練習が必要だ。
使う筋肉からして違うからな。一から身体を再構成するようなものだし、速度が出づらいから打たれる時は打たれる。
アンダースローの投手って高校生だと強豪校では全然見ない。甲子園で投げたことがあるアンダースローの投手ってどれだけいることか。予選の、弱小校に何人かいるのを過去の映像で見たことがあるけど、勝ち上がらないというか。
それが示すのって、高校生では実戦レベルのアンダースローなんて習得できないってことなんじゃないだろうか。
投球練習を見てる限り、ストレートが100km/hしか出てないんじゃないだろうか。変化球となるともっと速度が落ちてる。下手したら小学生の球速だぞ?
ノーアウトランナーなしで試合が再開。五番の中原先輩が打席に入る。
中原先輩に投げられた初球。ストレートだと思うけど遅すぎたのか、めちゃくちゃ引っ張って三塁側スタンドに入っていった。チェンジアップ以外であの速度のボールを打ったことないだろうからなあ。
三間もネクストバッターサークルでタイミングを計っているが、それでも顔を顰めている。俺たちって速いボールには慣れてるけど、遅いボールってあまり慣れてないんだよな。対戦相手からしてそこまで遅い投手と戦わないんだよな。
たまに強豪校が弱小校に負けることもあるけど、球の遅い投手を攻略できなくてそのまま崩れていって予選の序盤で敗退、なんてことも多々ある。
今日はそんなことないだろうけど。
中原先輩は四球目を強打。サードへ強いゴロが飛ぶ。三塁手はグラブで弾くが、目の前に溢れたことですぐに掴んで一塁送球。中原先輩も走るが、アウト。
アンダースローって目測が誤るから、こういうこともあるんだよな。
「三間、大っきいのよろしく」
「任せとき!」
倉敷先輩に感化された三間に声を掛けると、頼もしい返事が返ってきた。一本足打法の三間にとってゆっくり待つ遅いピッチャーは相性が良いかもしれない。かといって速いストレートが苦手ってわけでもないけど。
その三間への初球。ストレートより更に遅いおそらくカーブ。それを思いっきり引っ張って綺麗な金属音が響いた。
「行ったか⁉︎」
打球はライトポールへ向かって大きく飛び上がっていく。角度的には行きそうだ。全員がその打球を見守る中、若干打球にドライブがかかってポールを回る前に切れていった。その様子を見て「ああ〜」という残念がる溜息が至る所から聞こえた。
入っていれば晴れて公式戦第一号だったのに。それに三間の名前も爆発的に広まっただろうに。惜しい。
三間も悔しそうに打席に戻る。さっきの大飛球に恐れをなしたのか、相手投手は制球が一気に乱れて枠にボールが来なくなった。そのまま三間は四球。勝負されずに歩かされたことで三間は不服そうにバットを置いていた。
三間が出塁したので俺もネクストに入る。アンダースローってどんな軌道で来るんだろうかと楽しみにしながら待っていると、七番の西条先輩相手にもストライクが全然入らない。コントロールが良くないんだろうか。
結局西条先輩も四球。ノーアウトランナー一・二塁で俺に打席が回ってくる。東條監督の方を見るけどサインは打て。わざわざバントでアウトをあげる理由はないってことか。
あんまり打率の良くない大久保先輩なら送りバントっていう選択肢も出てくるけど、俺はバントが下手だ。そうなるとバントをさせるよりは打たせようっていう考えになるのもわかる。でもデッドボールは嫌だから少しホームベースから距離を取る。
内野はゲッツー態勢。外野は定位置だな。三間の足は普通だけど単打で帰って来られそうな守備位置だ。
初球。やっぱりコントロールが悪いのかアウトコースに大きく外れる。当てたくないと考えているのか、インコースには投げてこなかった。ストレートだと思うけど随分と遅く見える。しっかり合わせるにはどっしりと待っていないと引っ掛けて凡打になりそうだ。
でもなあ、自滅されてもなぁ。初めてアンダースローの投手と対戦するんだから、折角だし打ってみたい。
二球目はアウトコースながらもストライクゾーンに入ってきた。しっかりと待って一打席目のように弾き飛ばす感覚でバットを振ると、打球は一塁線に鋭く飛んだ。一塁手が横っ飛びで捕ろうとするが、打球は抜けていく。
でもファウルラインに落ちていった。うん、ライナーを打つ感覚はわかった。
いくらアンダースローだからって、ボールが浮かんでくるわけじゃない。ソフトボールのライズボールでもないし、球速がないこの投手のボールは山を描いて落ちてくる。オーバースローの投手と軌道の見え方が違うけど、一回見れば違いは一目瞭然だ。
なんて事のない、最初に見えるボールの頭がただ低いだけのこと。そこから速度がなくて落ちてくるんだから、ボールを呼び込んでバットのヘッドを速く出せば勝手に飛んでいく。
三球目。またアウトコースへストレートが来た。いや、おじぎしてるボールってストレートって言っていいんだろうか。遠いと思って見逃すが、ボールがシンカー気味に落ちてきてホームベースを掠めた。
それをしっかりと見ていた主審は腕を上に上げる。
「ストライクツー!」
シュート回転のボールが落ちてきて、結果としてストライクゾーンに入ってくるって、ボールに威力がない投手だけが投げられる魔球だよな。俺は絶対に投げられない。
追い込まれてしまった。少し慎重に行くか。
四球目。初めてインコースに来た。しかも今までで一番ボールが来ない。さっきのストレートもどきとは逆方向に曲がっていくのでおそらくカーブだ。ちゃんと仕留めに来たことに嬉しくなり、だからこそバットをしっかり振り抜く。
金属バット特有の綺麗な音が心地よく、打球は投手の頭を越えてセンター前に。外野は定位置に守っていたのでいくら球足が速くても打点が付くには十分な当たりだった。
「オラオラオラァ!」
俺が一塁を蹴ってる頃、三間が叫びながらホームに帰還していた。その叫び声、いるか?でも打点はごちそうさん。
これで大久保先輩が崩れてしまっても、五点も点差が付いてるんだから五回コールドは間違いないだろう。三安打だし、野手としての役目も、梨沙子さんとの約束も守ったって言って良いんじゃないか?
スタンドで、変装した喜沙姉の隣にさっきとは違った服装をしている梨沙子さんを見付けた。女性らしい装いじゃなくてボーイッシュな格好をしているのは先程のことを警戒してのことだろう。また炎上するわけにもいかないだろうし。
気付いたからには約束を守りましたよと伝えるべきだと思ったのでそちらにガッツポーズを向ける。梨沙子さんは凄く手を叩いてくれたが、その代わり三姉妹にめっちゃ睨まれた。
家族が活躍したのにそれはどうかと思う。本当に。
次も三日後に投稿します。
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