幕間 とある声優ラジオにて
ラジオ番組の不容易な発言。
都内某所。数ある高層ビルの一フロアにある放送スタジオで、声優によるアニメの宣伝ラジオの生放送を行なっていた。
そのアニメはとあるプロ野球選手のプロ生活を描写した漫画がアニメ化した物。そのアニメに出演する女性声優二人が一時間ほどの番組を受け持っていた。
一人は中堅と呼ばれる年齢に差し掛かったキャリアを積んだ二十代の中田美代子。プロ野球が大好きなことで有名で、今回はプロ野球に関わる作品なのでオーディションに受かって良かったと喜んでいたことが印象的な声優だ。
声質は大人の女性のように少しハスキー気味。それでも少女役もできる演技の上手い声優だ。
もう一人は福圓梨沙子。最近様々な深夜アニメに出演していて、知名度が上がってきた現役女子高生声優だ。彼女は最近の女性声優でありがちなルックスが良いから売れた、というわけではなく、演技の実力が評価されて人気になった女子高生だ。
もちろん容姿も、人並み以上に可愛らしいのだが、やはり取り沙汰されるのは演技の実力が主だった。それほどまでに年齢と演技が良い意味でかけ離れていたからだ。
何をやらせてもピッタリで、その上声を変える幅も多い。最近は少年役をやってEDクレジットを見たファンが驚いたという話もあるほど。
その二人が特別番組として生放送をしていた。アニメは夏アニメとしてこの七月から放送が開始。その放送記念特番だった。
番組は冒頭のオープニングとアニメ本編の紹介を終えて、事前に募集していたメールを読むふつおたのコーナーに入っていた。
「ラジオネーム猫のピッチャーさんから。『ミヨリン、梨沙子ちゃんこんばんはー!お二人に質問です。贔屓のプロ野球の球団、もしくは好きな選手はいますか?ミヨリンのことは知ってるけど、知らない人もいるだろうから改めて教えて!梨沙子ちゃんはそもそも野球に興味ありますかー?』だって。私はプロ野球が大好きだって公言してるから知ってる人は多そうだけどねー」
「確か球場にもよく行かれるって先輩方が話していました。中田さんはどこの球団が好きなんですか?」
「東京ビックルスワロウズ!神宮球場で試合あったら行っちゃうよね」
ミヨリンこと中田美代子は断言する。セ・リーグの球団の一つで、去年はリーグ二位の好成績を残したチームだ。
スカウト陣が帝王学園に訪れて智紀と高宮にラブコールを送っている球団。セ・リーグの中でも結構人気が高い球団だ。
「好きな選手は青山選手。メジャーから古巣に戻って来てくれてすっごい嬉しかったんだよね。やっぱりあの人が日本でプレイするなら、紺色のユニフォームが似合うよ」
青山選手は去年までメジャーで活躍していた、日米通算二千本安打達成も近いと言われる巧打者だ。足が速く左打ちの外野手で、守備もそつなくこなす一番打者タイプで、日本では何度も首位打者とゴールデングラブ賞にも選ばれたユーティリティープレイヤー。
メジャーから日本に帰ってくる際に真っ先に古巣であるスワロウズが名乗り出て、青山選手も二つ返事で入団したという経歴があって昔からのスワロウズファンはとても喜んだ。
中田がそのことを楽しそうに話してから、この特番の進行役としてゲストの梨沙子に話を振る。
「梨沙子ちゃんは好きな球団とかある?」
「すみません……。野球のことは去年から興味は持ち始めたんですが、あんまりプロ野球は見ていなくて……。やっと十二球団の名前が一致し始めたところなんです」
「そっかぁ。じゃあ好きな選手も?」
「有名な選手はわかるんですが、好きとまでくると……」
「正直でよろしい。下手に嘘をつくのはダメだからね」
梨沙子は正直にわからないと答える。このアニメのオーディションに受かって最低限プロ野球のことを学んでおこうと思って覚えたところだ。原作の漫画は創作だが、球団の名前は現実に即していたので覚えるのは苦労しなかった。
漫画やアニメなどでは様々な問題で名前を微妙に変えたりしていることもある。そのため間違えることもあるのだが、今回は間違える心配はなかった。
ここで話が終われば、この後の騒動はなかったかもしれない。だがそうはならなかった。
声優という言葉を追いかける者として、そして進行役として深掘りをしてしまった中田は責められない。
むしろ暴走して口が軽くなってしまった梨沙子が悪い。
プロの声優になって一年経って仕事に慣れてきて。慣れ始め、という時期によくあるやらかしをしてしまう。
「去年から野球に興味を持ち始めたって言ってたけど、何か印象的なことでもあったの?」
「はい!去年のU-15の決勝戦をたまたまTVで生中継を見たんです!そうしたら野球の凄さを思い知って!」
「あー、話題になったね。アメリカに勝って優勝した試合だ。梨沙子ちゃんって今高校二年生だから、一個下の学年かな?」
「そうです。その試合で凄いピッチングをした人に勇気をもらって。その試合がきっかけでオーディションに受かり始めたんですよ!」
梨沙子はU-15の話題になると一気にテンションが上がった。それだけ話したかったことなんだろうなと中田も思ったが、この話題になってスタジオの外にいた梨沙子の事務所のマネージャーが慌て始めた。
マネージャーは知っている。大事なオーディションや何か大きなことがあるとその試合の動画を見返していることを。
今日もこの番組が始まる前に、その動画を携帯電話で見ていたのだ。
どれだけその試合に影響されているか、その熱量は公共の電波で流すのはマズイだろうと予測をしていたが止められそうになかった。
「要所要所で強打者を圧倒するピッチング!三振もバンバン奪って、凄みを感じました!歳下の子が世界を舞台にこんなに活躍してるんだから、わたしも頑張らなきゃって思えたんです!」
「あ、梨沙子ちゃんも野球についてはよく知ってるんだね」
「彼のおかげで勉強しました。中田先輩も一度その試合見てください!彼、本当に凄いですから!語彙がなくて凄いとしか言えないですけど!」
そこまで言って、マネージャーが外で両手を大仰に振って首をブンブンと横に振っているのが見えた。
それを見て、梨沙子もやらかしたと気付く。
彼女はいわゆるアイドル売りをしているわけではないが、彼氏やら恋愛やらの話が上がると一気に炎上して人気が落ちることがある。
だから梨沙子は誤解されないように聞いている人たちへ断りを入れようとした。
それが油に火を注ぐことになると気付かずに。
「あ、安心してくださいね!わたし、彼のことファンとして好きなだけで恋愛的な好きじゃないので!その姿勢とか活躍する姿が好きなだけで、プロとして学ぶことが多いので尊敬しているだけです‼︎」
この発言が後出しのように言われたために、余計に邪推されてしまう。ネットやオタクと呼ばれるファンの怖さをわかっていないがための梨沙子の容易なフォローだった。
これを目の前で聞いていた中田とマネージャーは頭を抱えて。
翌日。
見事に掲示板などで燃えた。
ネット民の特定は早く、梨沙子の応援する彼というのが宮下智紀という名前だということまで知られてしまう。
若干救いがあるとすれば。
高校生なんだから恋愛くらい許してやれよという層が若干数ながらいたこと。
純粋な野球ファンは去年のU-15のことを知っていたので「あの時の宮下智紀は神懸かっていたから尊敬したくなるのもわかる」という反応もあったこと。
声優に夢を抱きすぎる前の時代だったこと、ネットでも特にSNSがまだ盛んではなかったことが挙げられる。
これがあと五年も後の話だったら大炎上して、梨沙子は声優としての仕事がなくなっていたかもしれない。
それだけの危うい発言だった。
次も月曜日に投稿予定です。
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