2ー1 開幕・夏の予選
開会式。
夏の大会の開会式は平日に行われる。参加する学校は東西の東京の学校全てだ。大会自体は東西で別れているのだが、東京の開会式は東西合同で行われる。だから四百近い学校が一つの球場に集まる。
学生は全員公欠扱いになるので、出席数は気にしなくていい。
俺たちはバスに乗って神宮球場に向かっていた。神宮球場は西東京のメイン球場なので東東京の俺たちは開会式くらいでしか訪れない。
開会式に向かうバスで、俺の座席の隣は千紗姉だった。マネージャーが七人で奇数なため誰かしらは女子マネージャーと座るか一人席になる予定だったのだが、乗り込むや否や俺の腕を引っ張って俺を隣の席に押し込めた。
あまりの強引さに誰も文句は言ってこなかった。まあ、いいけどさ。
試合用のユニフォームを着て開会式に臨む。もちろん背番号は後ろに縫い付けられているのだが、俺のは美沙にやってもらった。美沙は家事万能で、いつも背番号をつけるのは美沙の役割になっている。
他のウチの女性陣が、家事ダメダメだというのもある。誰もできないんだよな。
他の部員は女子マネージャーにつけてもらったのだが、ウチの千紗姉だけは誰のものもやっていない。めちゃくちゃ不器用だからだ。家庭科の裁縫分野は評定二とのことで、頼もうとした先輩もいたのだがこう断っていた。
「背番号見えなくてぐちゃぐちゃのままTVに映ることになりますけど、いいですか?」
脅しのように聞こえるかもしれないが、本当に千紗姉は裁縫関係はダメだ。なので女子マネージャーで唯一背番号付けをやっていない。
予選は試合会場によったらTV放送をされる。また、テレビ局によっては試合球場の様子を見せるのでそれが都民に見られる可能性がある。
その時、一人だけぐちゃぐちゃの背番号だったら。
本人もやった千紗姉もその選手の親も、哀しいだろう。全員が不幸になるので千紗姉は断ったのだ。
そんなプチ騒動があったが、移動自体は問題なく終わって神宮球場に着いた。女子マネージャーはスタンドで開会式に臨むので俺たちとは別行動だ。
「おい、アレ。帝王だ」
「やっぱり風格あるなぁ」
「げっ、宮下⁉︎アイツ帝王行ったのかよ!」
「うわ、マジじゃん!どんだけ盤石なんだよ!」
俺たちが歩いていると、周りのそんな声が耳に届く。帝王のネームバリューは流石だと思ったが、俺まで知られてるなんて。有名人になった覚えはないんだけどな。やっぱりU-15の効果か。
葉山先輩や倉敷先輩、真淵さんも注目されている。去年の夏の優勝校、春も東西合同で優勝してるんだからそりゃあ注目するよな。
俺の隣を歩いていた三間が、俺を肘で小突いてくる。
「よっ、有名人。やっぱ東京もんの間じゃお前有名なんやな」
「俺に推薦くれた学校もたくさんあるからな。俺のその後の動向が気になってた人もいるんだろ。雑誌で進学先公表しておいたけど、その記事読んでなかったら知らないわけだし」
確かその雑誌は阿久津とか、U-15に出ていた選手の粗方の進学先を載せていたはずだ。涼介のことも載ってたし。
それにしてもめちゃくちゃ注目されてるな。集団を通り過ぎるたびに選手たちがガン見してくる。帝王のユニフォームは有名だし、甲子園を目指すなら最大の障壁になると考えていてもおかしくない。
東東京の王者なんだから、これこそ有名税ってやつだ。
「智紀、有名な奴はおるんか?オレはさっぱりや」
「高宮の方が詳しいだろうがな……。お、成城附属に津島がいる。あのトッポイ奴だ。広角に打ち分けるのが上手くて俺も打たれた覚えがある」
「ほうほう」
「あとは……あの黄色い文字が目立つユニフォームの湯下工業高校の二十番。アレ、シニアでも守備の名手って言われたセカンドの丸山だ。守備範囲がホントに広くてアイツの横を抜くのはほぼ困難。公式戦でエラーはなしだったはずだ」
「やっぱり東京に残ってる奴もおるんやな」
越境入学なんて裕福な家庭じゃないとできないだろうし。東京の学校だって私立だったら結構金がかかる。寮生活も合わされば余計に。
近場で推薦をくれて野球が強いところに行く奴も多いだろう。あとはシニアとかで監督や先輩の繋がりがある学校とか。そういう場所を選びやすいし、他の関東の学校に行くくらいなら東京の方がマシだって考える奴もいるだろう。
千葉と神奈川が魔境すぎるだけかもしれないが。
「あとは一年生じゃないけど、加賀商業のエース篠原さんとかは東東京でも有名だな。140中盤のストレートに多彩な変化球を投げるプロ注目投手だ。チーム自体は篠原さんのワンマンチームだからあまり勝ち上がってこないけど。秋大会のベスト三十二が最高成績だったかな?二年生だ」
「やっぱ好投手が多いんか?」
「控え投手でも平然と140は超えてくるぞ。まあ、スピードだけじゃ東京の選手は慣れてるから打てちゃうけどな」
高校生の基準としてはやっぱりおかしい。140は本来全国区の投手の大台だ。でもやっぱり速いだけの投手じゃ打たれる。エースはむしろ軟投派という学校もあるだろう。
それにこの話はあくまで強豪校においては、という話で、弱小校や中堅校にはそんなに良い投手は溢れていない。
篠原さんなんて名門校でもやっていけるポテンシャルがあるのに中堅校に行った人だ。注目されてるし、他人の選んだ道をとやかく言うつもりはないけど。
俺が三間に紹介できる選手は少なかった。まず俺が詳しくないということもあるが、高宮のように中学時代有名な選手だったとしてもベンチに入っていない選手もたくさんいるだろう。
一年生でベンチに入ってることの方が特殊事例だ。
プロになった選手だってどれだけの人が一年生の夏の大会からベンチ入りしていたことか。それに中学で有名だった奴こそ強豪校に進んで、ベンチの層の厚さから一年目は漏れてしまったなんて話は溢れかえっているだろう。
ベンチに入っていなければ今日はわからないし、東京外に出て行った選手のことは殊更わからない。東京外からやってきた有力選手も、関東や全国、もしくはU-15にでも出てないと俺はわからない。
だから俺は全然選手を紹介できなかった。それは三間も一緒だけど。
三間はもっぱら全国で会った凄い奴を探していたようだが、見当たらなかったらしい。誰もが東京に出てくるわけじゃないからな。
涼介みたいに地元の強豪を選んだ奴も多いはずだし。
そんな紹介をしている内に先頭に着いた。去年の優勝校が先頭で入っていき、その後は組み合わせ順に球場へ入っていく。東東京の学校から入っていって、西東京が後だ。
臥城学園は反対の山だから近くにはいない。むしろ最後の方にいるはずだ。
「智紀。手と足一緒に出すなよ」
「そういうのは甲子園に行ったらしてやる」
「やるんか?」
「冗談に決まってるだろ」
「真顔で、平坦な声で言われてもわかるわけないやろ」
小学生じゃないんだからそこまで酷いことにはならないはずだ。こういう入場での行進は結構場数を踏んできたつもりだし。
先頭に優勝旗を掲げた葉山キャプテン。帝王学園と書かれたプラカードを持つのが倉敷先輩。
その後は縦に二列になって、背番号順に並んでいる。つまり俺と三間は隣同士というわけだ。
「これより入場行進を始めます!」
係の大人の男性の声が響く。
さっきまでざわついていた周囲の声が、ピタリと止んだ。
もう、ここから勝負の世界だ。特に強豪校がこちらの一団を睨んでいる。
「帝王、行くぞ!」
「「「おうっ‼︎」」」
葉山キャプテンの声に応じて、歩き出す。昨日も練習したんだし問題ない。
ライトスタンド側の通路を抜けると、そこには満員の観客が歓声を挙げていた。どこかの学校の吹奏楽部による演奏も聞こえてくる。
保護者にマネージャー、各学校の監督やコーチに部長。東西の学校で集まれば神宮球場も埋まるほどの人数がいるわけだ。
マイクによる大きな通る声で帝王学園が紹介される。だがそれに反応することなく俺たちは腕を振って足を上げて、所定の位置に向かうだけ。
なんとなしに一塁側のベンチの上、ライトとの中間あたりを見てみると、帝王の帽子を被ってメガホンを二つ持った千紗姉がいた。木下さんと福圓さんも隣にいる。
見付かったらいいなとは思ったけど、この大人数で見付けられるとは思わなかった。
千紗姉が前を向けと言わんばかりに顎をクイッと左へ向けた。怒られてしまった。反省反省。
中学の成績のせいでやたらと俺が注目されていることはわかっていたつもりだったけど、それでよそ見をしていたらマズイと思ってくれたんだろう。俺も見付かったらいいなくらいで探すつもりはなかった。
ふと見たら視界の先にいただけだ。一塁側にいるとは聞いてたけど。
「なんや、智紀。誰かいたんか?」
「いや、重症だなと思って。こんな場所で姉見付けて喜んでる自分に驚いてる」
「うわぁ……。お前、筋金入りのシスコンやな。キッショ」
「うるさい。俺もそう思ってる」
行進が終わった後三間にそう尋ねられて、自分のことながら気持ち悪いなと思っていた。
三間と背番号が逆だったら見付けられなかっただろうな。俺が左側の列で良かった。
ここで良かったって感想になる辺り、俺はもう手遅れだ。
──
「千紗先輩。智紀くんこっちを見ていませんでしたか……?」
「ああ、あれ智紀の特殊能力の一つ。離れた場所にいてもあたしら姉妹のこと直感で見付けるのよ。それで迷子になった美沙のこととか簡単に見付けるの。こんな球場でも健在だなんてね」
「それは凄い……。血の絆ってヤツですか⁉︎」
「かもね。全く、困った弟だわ」
福圓と木下にそう説明したものの。
言葉とは裏腹に、千紗の表情は嬉しそうに緩みきっていた。
次も三日後に投稿します。
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