3ー1ー1 春季合宿
合宿前の選考会。
帝王学園の野球寮にある監督室。そこには東條監督をはじめとしたコーチ陣が集まっていた。真中コーチに宇都美コーチがソファに座って紙の資料を並べていた。
それは一軍当落ラインにいる選手たちの資料。
まもなく始まる五月合宿が終われば、夏の予選に向けたベンチメンバーを提出しなければならない。そのために一軍の二十人を選び抜かなければならなかった。
ここに漏れた三年生は実質的な引退だ。大会が続く限り顔を出してもらい、練習の手伝いに出て来てもらうが、彼らは六月の中旬にあるとある強豪との引退試合を除けば試合に出ることもなくなる。
東條監督としても三年生をできるだけ選びたいが、勝負の世界だ。そして夏の大会で帝王野球部は終わるわけではない。新人戦や春の選抜に続く秋大会もすぐにある。そんな先を見据えると三年生以外の戦力もベンチメンバーに入れたかった。学年が上だからと優れているわけではなく、二年生や一年生にも優秀な選手はいる。
そんな選手たちを選ぶ、重要な会議だった。
これまでの練習試合の結果を加味して、今度の合宿で再確認して、合宿終わりの紅白戦で本決定する予定だった。
たった三人で全員の選手を見切れるとは思っていない。それでも頭角を示す選手は普段の練習で目立つものだ。だからその目立つ選手をある程度絞っておこうという会議。
残念ながら現在三軍にいる選手は考慮外だ。三軍は現状三年生と新入生しかおらず、三年生は年度が変わる前にこちらで通告を出してしまった選手。そして新入生は目立つようなら既に二軍に上げている。上がっていないということは、一軍に組み込めるような逸材が現状いないということ。
新入生で夏の大会に起用しようと思えるような選手は、それこそ何かによっぽど優れていなければ考慮にも値しない。それだけ夏の予選は厳しいものだからだ。
そんな会議の切っ先は、投手を纏める宇都美コーチが言葉を発したことだった。
「東條監督。今年は投手を何人体制で組みますか?」
「四人、だろうな。甲子園であればまた考えるが、予選はウチの投手陣を知られている可能性が高い。四人は最低数、それ以上でもいい」
「わかりました。一軍確定はエースの真淵と二番手の小林として。現状三人目の川崎は当落ラインですか」
「川崎はコントロールに不安がある。球速は真淵と大差ないが、ストレートだけで押すにしてはあのコントロールと変化球が厳しい。他に投手がいないから起用しているが」
東條の言うように、投手の当落ライン上にいる選手は多い。エースの本格派、真淵は文句なし。二番手のサウスポー小林もコントロールの良い軟投派投手で、真淵とのタイプの違いから重宝している。
だが、三番手の川崎は速球派にありがちなノーコン三年生。二軍にも光る投手はいるが、一軍レベルかと言われたら首を傾げてしまう投手が多い。だからこの数ヶ月二軍で数多くの試合に登板させて様子を見てきた。下手に遠征に連れていって遠征疲れで活躍できないとなっても困る上に、情報は隠しておきたかった。
二軍の試合を行なっている帝王での練習試合なら他の学校の偵察にバレることはない。そういう慎重な育成を続けてきたのだ。
その結果、当落ラインに上がってきた投手がいたことはありがたかった。そして入学前から目をかけていた選手の、期待通りの躍進も。
「三年生の矢部、二年生の大久保、一年生の宮下。この三人か」
「この前のハイスピードカメラの映像見ましたけど、宮下のストレートは逸品ですね。変化球も申し分ない。普段の練習で一軍相手に抑えている様子からも、学年なんて関係なく活躍してくれるでしょう」
そう言ったのは基本的に二軍を受け持っている真中。二軍で起用して、先発もリリーフも問題なくこなしていた。二軍では厳しいと思った他県の強豪との試合でも最少失点で切り抜けていた。
マウンド捌きは新入生とは思えないほど落ち着いている。ストレート三種類に変化球も緩急に左右の揺さぶりもある。
そして真中が推すのは、野手としての能力の高さもあった。
「宮下は外野としても申し分なく動けます。マウンドへ戻しやすいですし、打力も期待できます。これは他の投手とは違う点ですね」
「他の連中は打力については期待できないですからねー。外野も無難にこなせるだけですし。私としてはやはり矢部の頑張りを推したいですね。打たれても我慢強く投げていますよ」
「そうか……」
二軍は主に真中と宇都美に任せているので、東條としては二人の言葉と成績で判断するしかない。東條は監督としてできるだけ二軍の試合のスコアと映像をできるだけ見ていて、その上で判断を下すつもりだった。
各選手の成績と特徴などを見て、悔いのないような選択をしたかった。そのために東條はこの合宿でこの当落ラインの選手を中心に見るつもりだった。
合宿は水曜日の休みが終わったら一週間続く。平日も休日も関係なく練習漬けにして、水曜日の休息を挟んだ後に紅白戦を木曜日に行なって、その結果で一軍を決定。金曜日にベンチメンバーと背番号を発表して、そこからは一軍だけに焦点を絞った練習をしていく。
そうして一ヶ月過ごして予選を迎えて、その後は突き進むだけだ。
「しかしこの時期はいつも悩ましい。経験を積んだ者か、次を背負う人材か、新鮮なルーキーか」
「心情としてはやっぱり三年間頑張ってきた者を選びたいのですがね」
「経験だけでどうにかなるわけでもない。……最終判断はやはり紅白戦だ。調子の良い者、目立つ者、これはと思う者に背番号を渡す」
「紙の記録だけでは全部はわからないでしょう。どれか映像を見ますか?」
「そうだな。じゃあ市立ひたちなかの試合を」
全員が帝王出身だからか、帝王から巣立って新チームを興した大竹には興味を持っていた。しかもどこかの学校で監督補佐などを経験したわけでもなく、いきなり新設だ。
スコアからも気になっている試合だった。三人は飲み物を用意しながら試合を頭から見始めた。
帝王はそれこそ全国から選手を集めているので、中学生の有力選手も調べている。大田原と神田は目をつけていた選手だ。そんな有力選手が二人いて、エースとなり得る投手もいるのだから新設校にしては戦力が整っている。
あくまで、新設校としてはだが。
「このピッチャー、小池と同じチームの投手だったのか。なるほど、良い投手だ。とはいえ二軍は手こずりすぎではないか?」
「そうですね。突破口を開いたのは宮下のヒットから。やはり彼は世界を経験しているだけあってチームを鼓舞するのが上手い。グラウンドではいつも以上に雄弁ですよ」
「大田原と神田でも初見ではどうしようもできないか……。この二人は高校でも即戦力だと思うが、あのストレートはそれだけの効果があるとわかったのは収穫だな」
「一軍でもまだ完全に捉えられていませんからね。お、三間が打った。三間も倉敷や葉山に匹敵するポテンシャルがあります。代打の切り札でも良いでしょう。得点圏打率が非常に良い。生粋のスラッガー気質というものでしょう」
「そういう意味では、宮下は打撃にムラっ気がありますね。打てる時はよく打ちますが。投球は安定感バツグンですので、本人の意識か相性の問題だと思います」
映像を見つつ、評価をつけていく三人。
その試合が見終われば、合宿の予定を確認していく。怪我をしないように、だが時間ギリギリまで追い込むようなメニューを作って誰が担当するかの最終調整をしていた。
合宿は春、夏、冬にやっている。今回は春合宿。三学年一緒の合宿はこの春だけだ。まだ三軍の一年生も参加させて、秋大会に頭角を現して欲しいために、この合宿期間はノックやバッティングなどに学年関係なく参加させる。そうして一軍の凄さを実感してもらうという思惑もある。
ここで奮起できるか、心が折れるか。それで三年間の進退が決まる。
実践的な練習を多く行うとはいえ、もちろんみっちり走らせる。体力はどこのポジションをやるにしても、炎天下の中戦うのであれば必要だ。
練習メニューはどうしても一軍・二軍と三軍で量や時間が異なる。また、野手と投手で練習メニューが異なるが、三軍の投手希望は一括で野手と同じメニューをこなす。ブルペンに入れるわけではない。まだ入学して一ヶ月ちょっと。基礎をしっかりつけて秋を見据えた育成だ。
そんな合宿のメニュー作りで、ちょっとした例外もいるのだが。
「やはり宮下には打撃と守備の時間を割きますか。走塁練習とバント練習の時間を削っていますね」
「盗塁走塁はそこまで力を入れなくて良いだろう。ベースランニングはやらせる。バントも下手にやらせるより打った方が良い結果に結び付きそうだからな。それに朝練などで外野守備も見ているが、問題はなさそうだ」
「外野と併用するんですか?」
「そういう可能性も見据えているだけだ」
東條も、宮下の外野適性と打撃能力から、練習させないのはもったいないと思っていた。あくまで投げない時の使い方の一つであり、外野併用は秋からが主になるとは考えている。
それでも夏の間にも一回くらいはそんな機会があるかもしれない。だから練習はさせておく。
オーバーワークにしないようにだけ目を光らせる必要がある。そしてそれだけ特別扱いする理由もある選手だった。
他のチームだったら一年からエースで四番という選択もあっただろう。だが、ここは帝王。一年からそんな無茶はさせなくて良い。頼れる先輩が多いのだから。
宮下にエースナンバーをいきなり渡すことはない。そしてあれだけの逸材を壊す真似も、埋もれさせるつもりもなかった。だから線引きを定めてめいいっぱい鍛えて、活躍もできるように起用していく。
その塩梅に苦心しながらも、楽しそうだった。
世界が認める才能の内の一人を育てるなんて経験、どれだけあるかわからないのだから。
次も三日後に投稿します。
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