表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/41

【29】












 新人教師シグリの授業は、おおむね好評だった。専門は法学、但し、見るのは社会一般という変化球であったが、帝国中の秀才が集まるこの場では、幕僚長たるシグリの話はなかなか興味深いようであった。


「シグリ先生~」


 そして、シグリは女生徒からの受けが良かった。自立したい女生徒達には、事実、自立した女性であるシグリがまぶしく見えるものだ。

 とはいえ、何事もうまくはいかない。エーリックから聞いた秘宝の話も、うまく情報が集まらなかった。そもそも、彼女は諜報には向かないタイプだ。能力自体はあるが、目立つのである。これで男であればもう少し順調に情報収集ができたのだが、と思う。不敬になるので言いたくないが、皇帝陛下、人選を間違えたのでは。

 だが、地道でも噂は集まるもので、秘宝の噂の出どころはどうやら生徒の方らしいと分かった。噂の広がり方的に、教師陣の方でも協力者がいそうな気がする。


「叔母上」


 授業終わり、廊下でフィリベルトに声をかけられた。シグリの甥姪の中でも特に優秀な彼は、叔母を手招きした。

「どうかしたか?」

「イルムヒルデの寮の部屋が荒らされたらしい」

「らしい」

 思わずシグリは繰り返した。フィリベルトが眉を顰める。

「ハイルから聞いた話だ。さすがに女子寮には入れない」

「いや、そうだな。私は抜き打ち調査で軍の男性寮に入ったことがあるから、思わず」

「……」

 シグリの言葉を聞き、フィリベルトは叔母上らしいな、と苦笑いを浮かべた。美人で振る舞いが上品だと言われる彼女だが、こういうところの度胸がすごいと思う。

「で、まあ、当たり前だけど、部屋に鍵もついてるし、最近嫌がらせもあったから、魔法施錠もしてたらしいんだけど」

「私はまだ知らないのだが、イルムヒルデの魔法の腕前はどのくらい?」

「単純な魔法技術だけであれば、私より上だと思う」

「なるほど。それは不可解だ」

 今、イルムヒルデやハイルヴィヒは部屋の片づけをしているらしい。片付ければ、何が目的だったのかわかるかもしれない、と。そう言われて、シグリはああ、とうなずいた。


「秘宝の話か」

「先生の間でも話題になってるのか? ライヒシュタイン辺境伯家の秘宝の話」


 生徒の間で広まっている噂なので、フィリベルトも知っている。無理やりイルムヒルデに聞くようなことはしていないが、調査はしている。エーリックがシグリに確認しているので、彼女が秘宝について知らないのは確かだ。

「私が聞いた噂は、学内のものではなくローレンツ様からのものだ。ライヒシュタイン辺境伯家には秘宝がある、という。もともと独立した領邦国家だからな。国宝……レガリアのようなものがあっても不思議ではないが、『モノ』ではない気がするな」

「……叔母上。それは知らないとは言わないと思う」

「そうか?」

 やっぱり若干ずれているな、とフィリベルトは思った。たぶん、彼女は自分の予測の範囲内を出なかったから「知らない」と答えた。そこは聞いたことがある、でいいのでは。

「いや、だが、本当に知らないんだ。予測の範囲を出ない。だが、それだけ生徒の間で噂が出回っているのなら、『秘宝』を探しているのだろう」

「嫌がらせもその一環?」

 思わずフィリベルトが尋ねると、シグリは「そこまではわからない」と肩をすくめた。


「ただ、それまでの小さな嫌がらせの犯人と、部屋を荒らした犯人は別だと思う」

「……」


 ちょっと話しただけでこの情報量。この人、幕僚じゃなかったか。いや、参謀的なこともしていると言っていたか? フィリベルトはちょっと自分の叔母が恐ろしくなる。


 フィリベルトを見送ったシグリは、職員室に戻る。シグリの方でも、小さな嫌がらせが続いていた。ものが無くなる、壊される、水をかけられるなどだが、離婚時にこれ以上の陰湿な嫌がらせを受けている彼女にとっては、ぬるい、の一言である。おそらく、育ちの良いお嬢様かお坊ちゃんが主導しているのだろう。こちらは大した問題ではない。

 明らかに皇帝の手のものであるシグリと、突然第一皇子の側に現れた辺境伯イルムヒルデ。誰かしらの反感を買うのはわかっていた。それが多分、皇位を狙えるほどの立場の人間であろうことも。

 どちらかというと、シグリが気になるのは秘宝についてだった。まったく根も葉もないうわさではないのだが、どこで入手してきたのか気になる。シグリも、ローレンツに聞くまでは知らなかった。

 シグリとて何も調べなかったわけではない。まず、魔法技術研究所の所長であるすぐ上の姉リーザに尋ねた。魔法について詳しい彼女は一言「知らん」と言った。


「けれど、話を聞く限りだと、シグリが言うように『モノ』ではないかもしれないわね」


 とのことだった。さらに、魔女として世界中を旅している二番目の姉カヤにも意見を求めた。こちらはなかなか捕まらなくて、最近になってやっと返事が返ってきたほどだ。

 秘宝については、カヤも聞いたことがないそうだ。今度帰るから珍しいタペストリーをお土産に持って行くね、と書かれてあって、心底いらないと思った。

 実在するかもわからないし、なぜそれを狙うのかもわからない。ただ、イルムヒルデが危ない状況だということはわかる。少し注意がシグリの方へ向いてくれるといいのだが、とは思うが、そううまくはいかない。

「それで、何が無くなっていたんだ?」

「ええっと、これくらいのアンティークボックスと……私の日記です……」

 イルムヒルデを連れて、ハイルヴィヒとアレクシアがシグリの元を訪れていた。今頃自分の日記を読まれているのかと思うと、恥ずかしいイルムヒルデである。

「ちなみに、ボックスの中身は?」

「ロケットと懐中時計くらいしか入っていません」

 だからそちらはいいのだ。いや、よくはないけど。ロケットの中身は家族の肖像画だし。問題は日記だ。見られるのか? あれを? 恥ずかしすぎて死にたい。


 イルムヒルデを見る限り、本当にただのボックスと日記なのだと思う。おそらく、侵入者はそれらに『秘宝』の手掛かりがあると思ったのではないだろうか。まあ、シグリが考えていることは、イルムヒルデたちも察しているだろう。被害者であるイルムヒルデは自分の日記のことを気にしているようだが。

 だが、だいぶ容疑者は絞り込める。教員は、生徒の部屋の鍵を無条件で開錠できる。昔からの名残だが、正直どうかと思う。魔法を上掛けする生徒も多いが、この魔法学校は、魔法学校なので当然、教員の魔法技術も優れていた。

 フィリベルトに言われ、イルムヒルデの魔法の成績を確認したが、確かに魔法技能だけであれば、彼女はかなり優秀だ。それだけの魔法を解除できるとなると……。


 もう一つ気になることがある。あらゆる魔法を使いこなせる、ライヒシュタイン辺境伯家の『秘宝』。イルムヒルデの年齢の割に高い魔法技術。そしておそらく、『秘宝』は『モノ』ではない。ならば、彼女の血筋に秘密があるのではないだろうか。

「……とりあえず、気づいたことに、気づかれないようにしよう。イルムヒルデ。おとりのようになってしまうけれど、大丈夫?」

「正体がわからないものにおびえるよりはましです」

 なんだかイルムヒルデも肝が据わってきた気がする。これはシグリのせいか?

「小さな嫌がらせのほうは無視して問題ないと思う。おそらく、どこかの育ちの良いご令嬢のやることだから、大きな事件には発展しないはずだ」

「その人の品性に問題があると思う」

「ああ。品性に問題があるのは向こうであって、君たちではない。だから気にする必要はないんだ」

 アレクシアの不貞腐れた言葉に、シグリは冷静にそう返した。突き放しているともとれるその言葉に、これが幕僚、とイルムヒルデとハイルヴィヒは思う。何もすべての幕僚がシグリのようなわけではないが。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ