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【24】












 時は少しさかのぼる。引きずられるように外に連れ出されたシグリは、相談する男たちの声を聴いていた。


「おい、連れてきてどうするんだよ」

「あそこで手放したら公爵が襲ってきた。仕方ないだろう」

「逃げるのに邪魔だ。ここに置いていこう」


 ここで顎をつかまれてまじまじと顔を見られた。

「美人だよなぁ。騒ぐなよ」

 腹を殴られそうになり、シグリはとっさに身をひねってよけた。手首をひるがえし、拘束をほどく。

「おい!」

 怒鳴られるが無視し、シグリは自分を拘束していた男に容赦なく手刀を撃ち込んだ。が、弱い。代わりに彼らが下げていた剣を引き抜いた。


 シグリは文官である。いや、今は軍人であるが、文官である。これは大前提である。


 シグリはローレンツの頭脳だ。ローレンツの弱味として、狙われるのは初めてではない。だが、彼女もただやられるような女ではなかった。

 もともと護身術は習っていたし、その上幕僚に抜擢された後、新兵訓練に交じったこともある。それなりに強い、とローレンツのお墨付きである。そして、実際にそれなりに強かった。

 上背のあるシグリは、女性にしては力が強い。しかし、成人男性には負けるだろう。なので、戦うときは容赦しないことに決めている。

 手首をひるがえし、男を切りつける。二人までは不意打ちできたが、最後の三人目は応戦してきた。つばぜり合いになればシグリに勝ち目はないので、受け流す。そのまま切っ先を絡めあげて剣を取り落とさせた。

「なっ」

「失礼」

 がっ、とみぞおちに剣の柄を叩きこむ。切ってしまった男もいるが、傷は浅いだろう。たぶん。


「見事だ、シグリ」


 聞きなれた低い声が聞こえてきて、思わずシグリはそちらをにらみつけてしまった。

「私に押し付けないでくださいな。これでも文官なのですよ、私は」

「ああ。私に言えたことではないが、これだけの剣さばきを見せられて納得するのは難しいな」

 新兵訓練に参加したのはシグリの意思だが、身を守れるようにと剣術を治めさせたのはローレンツである。シグリにとってローレンツは恩人であるが、流石にやりすぎではないだろうかと思う。いや、乗りよく参加してしまった自分もどうかと思うが。

「どうだった?」

「多少の武術の心得はあるようでしたが、私に負けている時点で押して知るべし、ですね。傭兵崩れでしょう」

「確かに、それほど強くはなさそうだったな。しかし、お前もたいがいの相手に勝てるからな」

「買いかぶりすぎです。何度も言いますが、私は文官なのですよ」

 ため息をつき、シグリは真剣な表情のまま言った。

「彼らの正体はともかく、公爵家の夜会に自力で入り込めるような身分ではないでしょう。私ですら、ローレンツ様のお供でなければ入れなかったのですから」

 シグリの立場は微妙なのだ。ローレンツの幕僚長という身分を除けば、現カウニッツ女侯爵の妹でしかない。彼女の貴族的な立場は低いのだ。彼女一人では、アイクラー公爵家の夜会には入れなかった。


「誰かが招き入れたのだろうな」


 シグリの肩におのれの上着をかけながら、ローレンツが意味ありげに言った。しゃがんでいたシグリはゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫です。怪我はありませんから」

「いや、俺が気になるだけだ」

 そう言われて改めてみると、ドレスがあちこち破れていた。背の高いシグリに合わせて作ったオーダーメイドなので、いい値段がしたのだが、もったいない。

 そこに、子供たちがやってきたのだ。イルムヒルデに引っ付かれたシグリは、ほぼ全員が集まっているのを見て苦笑する。


「中がどうなっているか、少し恐ろしいですね」


 ここにいないのはアレクシアだけか。やや脳筋のきらいがある彼女だけではどうにもならない気がするが、マティアスはイルムヒルデとハイルヴィヒを連れて外に出る必要があった。彼女らがアイクラー公爵家につるし上げられてはたまらない。マティアスが出てくる、となれば当然ハーラルトもついてくるし、フィリベルトも同行する。そして、この状況なのだ。

「話を合わせてから行こうと思って。彼らは、やはり?」

 マティアスが話を振ると、答えたのはシグリだった。この辺りは彼女の領分になるのだろう。

「ええ。アイクラー公爵が引き入れたのでしょう。何をしたかったのか、ちょっとわかりませんが」

「幕僚長をとらえれば、ローレンツを脅迫できると思ったんでしょ」

「まあそうなんでしょうけれど、なぜうまくいくと思ったのでしょうね」

 少しあきれたようにシグリは言った。誰しもお前のような論理的な思考回路を持っているわけではないのだ、と突っ込みたかったが、話がそれるのでやめた。

「こいつらを引き入れたのがアイクラー公爵だ、と言っても、しらを切るだろうな」

「と、申しますか、そもそもこの夜会にだれを招待するか決める権利はアイクラー公爵にあります。騒ぎを起こしたのは問題ですが、引き入れた、というところには当てはまりません」

 やはり落ち着いた様子でシグリが言った。先ほどまで人質に取られていたとは思えないほどの落ち着きぶりだ。


「ですが、大公閣下の同行者を傷つけようとしました……招待客であるのなら、責任をとってしかるべきです」


 彼女にしては強い口調で、イルムヒルデは言った。それくらい、シグリになついているのだ。


「……その調査の場で、あの人たちの脱税行為が判明しても不思議ではありませんよね」


 上目遣いに、シグリを見上げた。シグリは目を細めて「その通りだ」とうなずいた。どうやら、合格点をもらえたらしい。そうなったとき、イルムヒルデがライヒシュタイン辺境伯位を継ぐ、と言い出しても不思議ではない。だって、誰も脱税で逮捕される人間の身内ではいたくないだろう。

「したたかになってきたね。いい感じだ」

 マティアスがイルムヒルデを誉めたが、彼女は喜んでいいのか起こればいいのかちょっと複雑な表情になった。

「よし、じゃあ、中に戻ろう。というか幕僚長、弱ってる風に見せてよ」

「あら。難しい注文でございますね」

 マティアスの要求に、シグリが笑って答えた。彼女はメンタルがめちゃくちゃ強かった。


















 屋敷の中に戻ると、ローレンツが同行者のシグリが乱暴にされた件について追及した。なぜあんな輩が夜会に出入りしているのか、と。むしろ乱暴したのはシグリの方であるが、それは言う必要はない。

 アイクラー公爵夫妻は、金品でけりをつけようとしたようだが、それにつられるようなローレンツではない。なお、このあたりの交渉は監修にシグリが入っているが、彼女はずっと黙っていた。

 必ず突き止める、と半ば脅しをかけた。大公から脅されたアイクラー公爵は苦し紛れに思った。


 ライヒシュタイン辺境伯位を売り払おう。


 思考回路としては、爵位を売り、大金をもってローレンツに許しを請うつもりだった。もしくは、金で誰かを雇い、ローレンツたち(シグリを含む)を亡き者にしようとしたのかもしれない。

 だが、イルムヒルデがアイクラー公爵の同意がなければその保護下から抜けられないように、公爵もイルムヒルデの同意がなければライヒシュタイン辺境伯位を売り払うことなどできない。

 ここで、アイクラー公爵とイルムヒルデは対立することになるが、これはイルムヒルデの方に分がある。もともと、彼女がもってしかるべき爵位だ。しかも、彼女の背後にはこうした処理にたけているシグリが控えている。マティアスが、自分でも敵対したくない、というくらいには最強ならぬ最恐の布陣である。

 結果としては、アイクラー公爵が折れるしかなかった。イルムヒルデは成人しているし、ライヒシュタイン辺境伯を名乗る資格がある。書類もそろっている。法廷に出たとしても、イルムヒルデが爵位を継ぐように判決が出るだろう、と、過去の判例をもってシグリが保証した。


「こんなにあっさり……」


 相変わらずシグリの屋敷に逗留しているイルムヒルデは自分がライヒシュタイン辺境伯位を継ぐための許可証を見てイルムヒルデはつぶやく。あっさり手に入ったような気もするが、そんなことはない。マティアスやローレンツの後ろ盾があり、シグリたちが手を尽くし、初めて手に入ったものである。アイクラー公爵家の弱い部分を突くという真似をした。

「もともと、イルムヒルデにあった権利が手元に戻ってきただけだ」

「そう、ですね」

 そうなのだ。シグリが言うように、本来、イルムヒルデの手元にあったはずの権利。彼女が行使することをためらった権利。

 どう使うかは、イルムヒルデ次第。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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