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90 狂者の悪夢

 海中牛車は速度は出ないが、ちょっかいを出してくる生物はいないので乗り心地は快適だった。

 少し目をつぶってから気が付くと、カウカウラのいる大木の住処の近くまで帰ってきていた。

 隣を見ると、俺の肩を枕にしてパラスもうたた寝していた。

 魔法の泡を割る音でパラスを起こして、ここまで送ってくれた人魚にお礼を言って岸を上がる。

 カウカウラとヨルノンさんが出迎えてくれた。

 カウカウラの住処まで歩きながら、怪物と戦った時のことについて話す。


「お見事でした。人魚と協力して怪物を倒してしまうとは、流石ですね♪」


「彼らの試行錯誤に助けられたところも大きかったですけどね。ところでバーリャの調子はどうですか?」


「魔力の流れも正常な状態に戻っているようです。おや、ソロモンさんたちが帰ってきた音でちょうど目を覚ましたみたいですよ」


 ハンモックに腰かけているバーリャが今まさに起きたばかりだと言うように俯いて目をこすっている。

 よく見ると涙が流れた跡があった。


「おはよう。どうした、悪い夢でも見てたの?」


「フォルミーカ……」


 バーリャの呟いた言葉で背筋が凍る。


「な、なんでその名前を! もしかしてあいつまだ何か仕掛けているのか?!」


「念のため確認してみます。いえ、もう周囲に怪物と人間の気配は感じられません」


 ヨルノンさんがいつも持ち歩いている特別な魔石板を使って周囲の状況を確かめているが何も異常は見当たらないらしい。

 だがずっと寝ていたバーリャがフォルミーカの名前を口にするのは明らかにおかしい。


「……びっくりした」


「フォルミーカ。全く忌々しい名前だ」


 カウカウラが吐き捨てるように言う。


「夢を……見ていました。夢の中に出てきた茶髪の小さな人間の女の子がフォルミーカって呼ばれていて。とても怖い、けれどすごく悲しい夢でした」


「でもどうしてバーリャの夢の中にフォルミーカが出てくるんだ? そいつはさっきまで俺たちと戦っていたセレマイアの敵の名前だ。ヨルノンさんは何か気づいたことはありませんか? 何でもいいんです」


「一瞬確かに怪物の気配が変わったのは感じ取れましたが、それ以外で特に気になるようなことはありませんでした。カウカウラ様はいかがでしたか?」


「私も特にない。ただ奴が来たら復讐する機会を伺っていてそれどころではなかったからな」


 この殺気だった雰囲気、どこか覚えがあると思ったらオーグリスのアルクァのそれとよく似ている。

 同じ溜め込むタイプでもカウカウラの方がねちっこい性格をしているようだ。

 話が途切れて変に間を空けると俺にまで強く当たってきそうだ。


「悪夢を見せる業魔力の攻撃だとしたら俺にだって影響があるはずです。でもそうじゃなかった」


「もしかするとフォルミーカにとっても想定外の現象なのかもしれませんね」


「確かにな。この子の夢に出てきた少女が過去のフォルミーカだというのなら、奴の弱点のヒントを(さら)け出しているようなものだ。頭のおかしい連中だが、戦いのさなかにわざわざそんなことをするとは思えん」


「バーリャ、その夢の内容を今すぐ忘れてしまう前に聞かせてくれ! 怪物の弱点に関係しているかもしれない」


「そ、そんなに急かさないでください、お話しますから」


「……ソロモン、肩から手を放してあげて。バーリャが驚いてる」


「ごめん、つい」


 無意識に両手でバーリャの肩を掴んでいた。

 でも魔物にとって天敵である業魔力をどうにかできる策があるなら早く知りたい。


「そんなことをしたらショックで忘れてしまいますよ♪」


「あまり思い出したくないんですけど、今でもはっきりと景色が頭の中に浮かんできます。不気味なくらい鮮明に」

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