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86 怪屍ガーデナー

「なんで誰も気づかなかった!」


「防衛準備急げ!」


「なんだかおかしくないか? 魔力の気配が途切れているような感じがする」


 船の帆から毒々しいスモッグが垂れ流されている。

 魔物の体から出る魔力ではなく、それは怪物から生み出される業魔力の気配をかすかに漂わせていた。

 あれだけの量が出ていれば怪物の気配を知っている者なら気付くはずだが、怪魚を知っているはずの人魚は誰も気づかなかった。

 ひょっとすると魔物に気付かれないようにするために出されているのかもしれない。

 海岸にいるヨルノンさんに教えてもらわなければ逃げる暇もなかっただろう。


「あの船何かおかしいぞ。人間の体が貼り付けられているように見えないか?」


 人魚の1人がそう言ったのを聞いて目を凝らしてよく見ると、確かに船体には人間が張り付いていた。

 とすると水中に漂っている腕もあの船の一部ということか。

 攻めてきたのは人間の死体を操る怪物。

 そしてさっき魔石板越しに聞こえてきた人間の声の主は怪物の力を使って死体の船を操縦するセレマイアからの使者だろう。

 

「パラスは水中に留まってくれ。アルファルドで人魚たちを守ってほしい」


「……分かった」


 敵艦から降下してくる腕の対処はパラスに任せて俺は水面まで一気に浮上する。

 幅10メートル、全長は100メートルを超しているかというくらいの大きな船が目の前にまで迫ってきていた。

 その船体には表面どころか、マスト以外は人間の死体でできているように見える。

 海面から少し高い位置まで上がると、船の上に鉈を持った背丈の低い女性がいるのが見えた。

 薄汚れたずきんやショールを身に着けた農民のような簡素な身なりをしている。


「なんで悪魔がこんなところにいるのぉ? あ、分かったぁ! カウカウラは私が怖くて用心棒を雇ったんだぁ!」


 女性は四つ這いになったゾンビの上に座っている。

 周囲にはシャベルや鋤、鍬などの農具を持ったゾンビ達が護衛のように彼女を取り囲んでいる。

 どうやらこの船に乗っている生きている人間は彼女だけのようだ。


「何か喋ろうよぅ。私の名前はフォルミーカ・ガーデン。あなたが噂のソロモンでしょう? あ、そうだ! お土産持ってきたんだぁ。良かったら食べない? ちょっと刺激のある味だけどぉ、そのうち慣れるからさぁ」


 マストに生えている毒々しいキノコを1つ採ってこちらに向けてきた。


「遠慮する。そんなもの食ったらゾンビより顔色が悪くなりそうだな。ここへ何しに来た?」


「無駄死にの落ちこぼれさんたちを回収してくるように言われてここまでやってきたらぁ、殺し損ねた魔王を偶然見つけたのぉ! 私って運いいよねぇ。やっぱりぃ日頃の行いがいいのかなぁ?」


 船の一部となった人間を良く見ると、セレマイア海軍の女兵士や体を縛られたままの囚人のような恰好をしているのに気付いた。


「死んだ人間を船の材料に使うなんて随分イカれた弔い方だな。お前がカウカウラの街を滅ぼしたセレマイア人か」


「そうだよぉ。どうせ死ぬなら動物に食べられちゃう前に仲間にいれてあげたのぉ。小さい頃から私を育ててくれた神使様はこうやって見捨てられた人々を救済しているの! セレマイアに貢献できずに死ぬなんて恥ずかしいでしょう?」


 怪物に育てられた? いや、今はそれはどうでもいいことだ。

 どうやらフォルミーカの操る怪物には救済と称して死んだ人間をかき集め、ゾンビとして意のままに操ったり体の一部を自由に道具として扱える能力があるようだ。

 ということは海中の千切れた腕も、死体の船もその上に乗っているシャベルや鎌を持ったゾンビ達も全て怪物の一部で、それぞれに魔法に対して耐性があるということか。


「怖がらなくてもいいよぉ。すぐに仲良くなれるから! あなたがお友達になってくれたら、カウカウラも意地張らないで一緒に来てくれるかな?」


「死体とつるんでるとちゃんとした友達の作り方を忘れてしまうみたいだな。フォルミーカと怪屍ガーデナー、腐りきったお前たちをここで討伐する!」


 とりあえず人魚たちを避難させて俺も陸に上がらないと。

 水中じゃまともに戦えない。

 ヨルノンさんの魔法の援護が欲しいがあれから連絡がこない。

 カウカウラに戦うように説得しているのだろうか。


「そうそう。この先生きのこるにはそうするしかないよねぇ……でもね!」


 もう1隻ゾンビの船が岸辺から現れた。

 既にフォルミーカの操る怪物に囲まれていたということか。


「カウカウラの相手は後でいいやぁ。まずはあなたとお友達になりたいなぁ!」


「お断りだ、クソ野郎!」


 フォルミーカの指示でゾンビの頭やちぎれた腕が砲弾のように飛ばされる。

 急いで水中に潜ってそれらを躱す。


「これを見ても同じことが言えるのぉ?」


 見ると逃げ遅れた人魚の子供がゾンビの腕に首を絞められている。


「やめろ!」


 人魚たちが叫ぶ。

 人質がいてはせっかく構えた武器も意味がない。

 捕らえられたのは子供だけではない。

 辺りの岩やカイギュウまでも掴んで船の周りに浮かべている。

 まるで人魚たちの弓矢から船を守る盾のように。


「人魚なんて興味ないからぁ、今日は悪魔と紅樹の魔王を捕まえられたら帰ろっかなぁ。だから人魚さんたち、私に協力してくれない?」


 フォルミーカから人魚への提案が、さきほど水中に投げ込まれたゾンビの頭部によって何度も復唱される。

 人魚たちは明らかに動揺している。

 あの時避けずにゾンビの体を処理しておけば良かったと後悔しても遅い。

 このまま俺は人魚たちに見放されてしまうのだろうか。

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