83 本音の口
パラスはいつの間にか水着に着替えていた。
マングローブの木の根に腰かけて片方の足を水につけている。
「……私の傍にいて、アルファルド」
パラスの呼びかけに応じて1匹のウミヘビのタルパが姿を現し、彼女を囲むようにその巨体で輪を作った。
根の魔王にされたように手荒い歓迎を受けるかもしれないので、なるべく人魚たちを刺激しないようにしよう。
ヨルノンさんは1メートルほどもある大きな魔石板をゴーレムに命じて地面に設置させている。
作業が終わるとゴーレムが変形してウミガメのような姿になった。
「護衛にこの子も同伴させます。パラスさんと一緒に海中に潜って人魚たちと交渉をお願いします」
「ヨルノンさんは来ないんですか?」
「私はここで待機して不測の事態に備えます。まだ成長していないとはいえ怪魚を逃がしたくもありません。魔石板で連絡を取りあいましょう」
水の中に入ってからパラスと俺はヨルノンさんに水の魔法、ホヨホヨを唱えてもらう。
体が丸い大きな泡に覆われたかと思うと、それは3倍ほどの大きさに膨れ上がった。
まるでウォーターバルーンの中にいるようだ。
渡された小さな杖を移動したい方向に向けると、石が沈んでいく程度の速さで水中を移動していく。
「ゴーレムに集落の場所を記憶させたのでついていってください。それではいってらっしゃいませ~♪」
案内役のゴーレムを先頭にして沖の方へと進んでいく。
遠くに小さな島が見えてきたところでゴーレムが海中に潜る。
後に続いて小さな杖を下に向けると、目の前には色鮮やかな美しいサンゴ礁が広がっていた。
「すごいな。この景色を見れただけでもここまで来たかいがあったな」
「……持って帰ったら高く売れそう」
「第一印象はそれかよ! もっと他にあるだろ。綺麗だなーとか来れて良かったーとかさ」
確かにパラスの言う通りサンゴはディルエットの市場でも高価で取引されている。
ここにあるサンゴも人魚たちの収入源の1つなのかもしれない。
「……ナザリオとズィーラに見せたらごっそり持っていきそう」
「あいつらならやりかねないな」
突然正面に2人、右手の岩陰から1人、後方から1人の人魚が現れた。
つい景色に見とれてしまって彼らの気配に気付けなかったか。
「そこで止まれ!」
鎧を着た4人の人魚がこちらに向けて弓を構えていた。
顔は人間と同じだが鰓がついている。
腰鎧から下は鱗に覆われた魚の尾が生えている。
「ここから先は私たちの縄張りだ。長の許可がないものは通すことはできない」
「その長のカウカウラ様から話し合ってきてくれって言われてここへ来ました」
紅樹の魔王の名前を口にすると、矢をつがえるのを止めた。
「カウカウラ様の……手紙に会ったとおりの方たちのようです」
「失礼いたしました。ソロモン様、パラス様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
◇
人魚たちの話によると、この辺りではトビウオを使って離れた場所に連絡する手法が広く使われており、カウカウラから先に人魚の長に向けて話が通っていたようだ。
怪魚を集落で育てるという話をめぐって年長者と若者とでほぼ意見が真っ二つに分かれて議論が進んでいないそうだ。
一触即発の状況に不安になった4人は周辺の警戒をしつつ俺たちが到着するのを待っていたらしい。
サンゴ礁がある場所から島をぐるりと回っておよそ反対側に来たところに人魚たちの集落はあった。
話し声が聞こえてくる。
「長であるわしの目が黒いうちはここに怪魚は絶対に入れさせん!」
「結論を急ぎすぎだ。せめてディルエットからの使者が来るまでは話を続けさせてもらう」
「遠出した仲間がどれだけ怪魚に襲われたと思っているの? 聞く話だと人間は私たちの肉を食べれば長寿になるからといって見つけ次第殺しているそうじゃないの」
「もし怪魚を操れるようになれば奴らも手軽に手を出せなくなります。このまま何もしないよりはマシです」
水中で会話を聞くのは何とも不思議な気分だ。
大人たちが話している後ろで、子供たちがお互いに少し距離を取ってしきりに小さく手を動かしている。
どんなやり取りをしているのか全く分からなかったが、そのうち手話をしているのだと気付いた。
「連れてきましたよ。こちらがディルエットから来た2人の悪魔です」
「待っていました! 長を説得するのを手伝ってくださいよ」
「魔王同士でどんな取引があったのかは知らんが、長である俺が決めることだ」
あれ、長ってカウカウラ様のことなんじゃないのか?
「人魚は魔王様のことを長だと思っていないんですか?」
「ソロモン様、長というのは私たち人魚の長、フートルーファー様のことです。魔王様とはまた領分が違います」
「魔王様と親しくしている者も多いですが、古い人の中には集落の見栄のために魔王を立てているとか魔王には人魚のやり方に口を出させないと思っている者もいるようです」
出迎えてくれた人魚たちが他の人魚たちに聞こえないように小さな声で教えてくれた。
「紅樹の魔王の力でも勝てないなら移住するしかないだろう」
「魔王様はそんな簡単に負けませんよ! 私たちだって魔王様のお力になれるように怪魚を従えられるようにすべきだと思います!」
それからまた水掛け論が始まった。
このままじゃ埒があかない。
「皆さん投票でどうするか決めませんか? 俺が今日持ってきたこの魔石板を使えば、名前を明かさずに意思表示できます」
「それはいい! さっそくやってもらおうじゃないか」
「待ってムルチ。いくら匿名だと言っても尻込みして怪魚の育成に賛成してくれないかもしれない。投票に託すのは反対だ」
「メリアン、じゃあ他にいい策はあるのかよ。結局俺たち数人以外はまともに意見も言おうとしないじゃないか」
賛成派のムルチという男性とメリアンという女性も揉めだした。
「青二才の意見などいくら集めてもわしの考えは変わらん。さあ、あんたらもとっととディルエットへ帰った帰った!」
フートルーファーの側にいた武装した人魚が近づいてくる。
答騙追放に必要な石片は用意してきたが、ただ投票させるだけでは人魚たちの意見をまとめるのは難しそうだ。
長たちに意見はしにくい、が皆の本心は聞きたい、この2つを同時に解決する新しい術が今求められている。
「この集落はあんただけのものじゃない。今までこの集落を守ってきたってのは尊敬できるけど、1人だけの考えを押し付けるだけじゃ上手くいかないときだってあるんだ」
「何を偉そうに。部外者の分際で!」
「部外者だからこそできることだってある! 面と向かって意見をぶつけ合うことだけがコミュニケーションじゃない。この集落の未来にとって今一番大切なことは、声なき声を取り上げることだ! 高等回答者権限寓意術、答騙追放―大洋審判」
魔石板からレーザー光のような魔法が海底に沈んでいた巨岩に放たれ、ある形を削りだしていく。
そして1分も経たないうちに作業は完了し、巻き上げられた砂煙が徐々に晴れていくと口を開けた大きな顔の彫刻が姿を現す。
すると静かだった人魚たちは皆その造形に驚いて、ある者は彫刻の周囲にある海藻などを取り除き、またある者はその場で祈りを捧げ始めた。
「まるでお伽話に出てくる海神様のようじゃないか?」
「海神様だ。海神様に怪魚の話について取り持ってもらいましょう」




