74 景色
ナハトに魔石板を譲ってから数日が過ぎた。
削除隊のメンバー集めや街で起きているゴーレムの故障トラブルに追われていて気にする暇もなかったが、意外にもあれからナハトはそこそこの数の回答をこなしていたようだった。
「ディルエットの中でも探してみれば、同じ趣味の奴はそこそこいるのかな?」
疑問に思って回答の内容を確かめてみた。
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<年を取って体が思うように動かなくなってしまったが暇で仕方がない。あまり動かなくてもいい趣味は何かないか>
<それならジオラマ製作はどうです。細かい部品を使ってあなたがいたあらゆる場所を再現できる。やりがいがありますよ>
<悪いがもう眼も悪くなっているし、ワシは根暗な趣味には興味ないんだ>
<なら鉢植えを使ってあなたの好きな木から挿し木を作るのはどうですか? 北方から伝わった技術を応用して半竜の間でも始めている方が多いんです。僕はやったことがありませんが、ジオラマ作りで培った知識でアドバイスもできます。美しい作品に仕上がれば周りに自慢できますよ>
<ふむ……それならワシにもできそうだ。それで、まず何から用意すればいい?>
◇
<マジでやばいって。家の壁に大きな穴が空いた! 親父がいない間に家の中で友達と騒いでたら、勢い余って木の棒が突き刺さっちゃった。このままじゃ帰ってきた親父に殺されてしまう! 誰か助けて>
<落ち着いて。その壁は木でできてるのかな?>
<そうだけど、取り換えて直してる時間なんてないよ! 家出の準備を手伝ってよ!>
<取り換える必要なんてないよ。今から言う材料を準備しておいて。僕も余っている塗料と部材を持っていくから、上手くいけばごまかせるはずだ>
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<私が作った粘土魔獣の眷属が生きてる感じがしないって言われたの! なんで?>
<僕はその魔獣のことは知らないけれど……そうだな、たとえば汚し塗装はやってるかい?>
<なにそれ詳しく教えて!>
<まず新しいブラシを用意して……>
◇
◇
◇
最後の質問はアスファルテのだろう。
というか粘土で作った作品を新しい魔物として生み出せるようになっていたのか。
ナハトは多様な分野に趣味の知識を活かして回答しているようだ。
前世の俺の回答の仕方とは真逆の方法だ。
俺は自分の得意なカテゴリーに寄せられる質問を捌いていたが、ナハトは万遍なく回答を見て自分の知識で解決できないか探しているようだ。
なんだ、ナハトは案外知恵袋役に向いているじゃないか。
◇
今日は1人で半竜の居住区へと向かった。
以前会った時と同じ場所でナハトに出会った。
どこか浮かなかった面持ちは影をひそめ、落ち着いたさわやかな表情をしていた。
「前より調子よさそうじゃないか」
「やあソロモン、知恵活に誘ってくれてありがとう。自分の趣味には誇りを持っていたつもりだけど、他人に認められたら一段と自信がついたよ」
「お礼ならバーリャに言ってやれ。彼女が最初にナハトを心配してくれたんだ」
「そうだったのか、バーリャには感謝しないとね。おかげで自分のやりたいことをどうやって実現するか方向性が決まったよ」
「ジオラマ作りを再開するのか?」
「いや、今はまだ。試練が落ち着いてからまた始めようと思う。その時はこの街を出ようと思っている」
「ずいぶん思い切った計画だな」
「そうだね、また家族とも揉めるだろう。けれどもう言い訳も考えてあるんだ」
「どんな?」
「今は秘密さ。ま、その時はまた母さんが質問するだろうから楽しみにしておいてくれ」
「はは、それもそうだな」
ナハトが魔石板を操作して他の知恵袋役の情報を見ている。
「みんな頑張ってるんだな。回答の仕方とか参考になるよ。彼女の名前、バーリアライゼか。いい名前だ」
「半竜の名づけって何かルールがあるのか」
「半竜はその名前にこの世界の景色を刻み込む。世界に散らばった巨竜の血の魔力の恩恵にあずかるために。バーリアライゼは慈悲深き山。僕がジオラマを作っているのは、この世界の美しい景色を残しておきたいと心のどこかで思っているからなんだと思う。多分」
「ナハーヴィアリルにも意味があるのか?」
「穏やかな平原、とか静かな平野だね。せっかく名付けてもらっていうのもなんだけど、僕はあんまり好きじゃないんだ」
「どうして?」
「なんだか、名前に付けるほど両親は僕にトラブルを起こしてほしくない、平凡に暮らしてほしいって言ってるみたいでさ。昔からあまり外に出してもらえなかった。でも僕はもっと外のことが知りたい。旅人が気まぐれに書いた絵を買うだけじゃ物足りない」
ナハトが1枚の薄い魔石板を手に取り、ある1本の木が描かれた風景画を表示した。
ナハトの知恵と記憶の樹録のシルエットによく似ている。
「1度だけ街の外に出たことがあるんだ。僕の名前の由来になった平原を見に行くためにね。でもいざそこに行ってみると1本の変な木が生えてしまっていて、両親は機嫌を悪くしてしまった。でも両親の思い通りになっていないその木があることが僕は嬉しかった」
「それでその木を知恵と記憶の樹録のモデルにしたんだ」
「正確に言えば、僕の印象に残っていたのはその木に寄生していたヤドリギって植物らしいんだけどね。なんで寄生されているその木だけが1本生き残っているかは分からないけど、思い返すたびにますます気に入ったよ」
「あのさ、もし良かったら街を出ていくまで知恵袋役を続けてくれないか?」
「よろこんで。回答するのも案外悪くないもんだね。まだまだ深い話ができなくて物足りなさは感じてるけれど、この趣味をやっていてお礼なんて言われたことが今までなかったからさ。しばらくジオラマを作ってないと色々忘れてしまうかもと思っていたけど、回答しているおかげで知識の質を維持できていると思うよ」
「そうだろ? その調子でどんどん困っている人を助けてほしい」
「ただ、はまりすぎるのも良くない。お礼が嬉しくて熱中してしまって、つい本分を忘れてしまいそうだ」
前世で思い当たる節があって恥ずかしくなった。
テスト前夜に知恵フクロウを見てしまって、そのまま勉強しないで徹夜してしまう俺の悪い癖だ。
「ん? ソロモンも何か心当たりがありそうだね」
「まあね。何事もやりすぎは良くないってことだな」




