71 寓意獣バロメッツ
一部復旧した農園からサンプルとしてアロマムシの甘露とサトリグサの葉を持ってきた。
以前と比べて質が変化していないか確かめるためだ。
農園を経営する獣人たちからは特に異常はないという報告を聞いていたがやはり気になる。
城へ戻って塔の管理室の扉を開けて入ろうとすると何かにぶつかった。
次の瞬間、胸に強い力がかかって宙を舞い、廊下の壁に体が叩きつけられた。
「ぐはぁっ?!」
<ライフが1減少しました>
息が苦しい。
肉体の再生が完了した後に、体のあらゆる部位からの痛みがどっと押し寄せてきた。
激痛をこらえてあたりを見回すと甘露の入った瓶が落ちている。
ぶつかった拍子に先に落としたようで無事だった。
「おっと、闘技場の奴らが追いかけてきたのかと思って思いきり蹴とばしちまった」
そういえば今朝、ケンタウルスの少年をイシュー様が迎え入れたとか言っていたか。
警備をしていたゴーレムを遊びで何体か破壊されたが、人間に捕まって奴隷にされるくらいなら先に引き入れて戦力にてやったのだという。
何でも彼は黄金の魔王が治める国からやってきたらしい。
かの魔王が治める領土は豊富な資源に恵まれており商業が盛んだと聞くが、何が不満でここに来たのだろうか。
「見世物になるのが嫌になってきたから黄金卿から出てきたのに、こっちはこっちで退屈そうだな。このマーリセスに挑んでくる骨のある奴はいないのか?」
なんだ、住人や観光客じゃなくて出稼ぎの労働者だったのか。
ケンタウルスは好戦的で魔物の中でも抜きん出た戦闘能力を持っている。
その恵まれた体を活かして上手く出世する者も多いようだが、あまり頭を使わないで勝手気ままに生きているようなのは騙されてこき使われている。
ヨルノンさんが俺の魔石板にメッセージを送ってくる。
<イシュー様は匿ったとおっしゃっていますが、彼は石の魔王の客人として招かれたと思っているようでずっとあの調子なんです。なんとかコミュニケーションを取って使ってくれませんか。ほら、ちょうど新しい部隊を作るそうじゃないですか>
この乱暴者が削除隊の1人目になるのか。
「おい、聞いているのかそこの悪魔。俺と勝負しろ。俺はコロシアムだったら負けなしだったんだからな。ヒョロヒョロしたその体、俺が鍛えてやろう」
「武器はありなんだよな? だったら俺はこの葉っぱを使わせてもらうよ」
ケンタウルスが噴き出す。
「アッハハハ! まともにケンカをしたことがないらしいな。それなら楽勝すぎるから俺は素手でいいぜ」
マーリセスの挑発を聞き流して、俺は葉っぱを魔石板に乗せて短い呪文を唱える。
「寓意獣バロメッツの召喚」
浮遊している魔石板の1枚から植物が生えてくる。
その植物の先には目を閉じた羊の頭が実っている。
サトリグサに蓄積されていった架空の植物のイメージを込められた新しい俺の使い魔、それがこの寓意獣である。
「なんだこいつは、羊なんて一捻りだ」
マーリセスが近づくと、羊が目を見開いた。
そして蕾が開くかのように頭が4つに割れて中から雷撃が飛び出した。
もちろん本当に雷が出ているのではなく、組織が変化してできたハリボテの雷だ。
「なぜ羊の首から雷が?! やめろおぉ! 降参するからこいつを止めてくれぇぇぇ!」
いきなりマーリセスが耳をふさいで絶叫しだした。
床に倒れて4本の足をばたつかせてパニックになっている。
だが俺には何も聞こえないし、ヨルノンさんも首をかしげている。
どうやらマーリセスにしか聞こえていない音があるらしい。
バロメッツにはサトリグサ同様に敵に視覚的な恐怖を与える力があるが、幻聴を聞かせる能力もあるようだ。
魔石板からバロメッツの体が出ているサトリグサの葉を引きはがす。
バロメッツの姿は消えて、サトリグサの葉はしおれていく。
「はあ、やっとやんだか。変な魔法を使う悪魔……もしかしてお前が噂に聞いていたソロモンなのか?」
「その通りだ。ここで暴れるわけにはいかないからサトリグサの力を使わせてもらった」
「何だよ畜生、それなら先に言えっての。お前と戦う気はない。あれはサトリグサだったのか。でもどうしてお前の恐怖を読み取らなかったんだ? まさか怖いものが無いってわけじゃないだろ」
一見怖いもの知らずに見えたマーリセスは雷が大の苦手らしい。
「その秘密が知りたかったら削除隊に入って仕事をしてくれ。それに闘技場なんかじゃできないような面白い戦いができるぜ」
「具体的には何をするんだよ」
「自分の分身を生み出して、人間の王国セレマイアからの攻撃に備える」
「はあ? あのセレマイアとやりあってんのかよ。だったら悪いことは言わないから、いつでも逃げられるように準備をしておきな。ここも絢爛部隊に落とされて終わりだな」
また絢爛部隊か。
ニミューが去り際に言っていた正体不明の強力な力を持つ戦士たち。
「その絢爛部隊ってのは何なんだ?」
「黄金郷に遊びに来ていたセレマイア人の貴族の話を盗み聞いて知ったことだ。襲われれば皆殺しにされるくらい強いから伝説みたいになってるが奴らは実際にいる。その活躍ぶりは演劇の題材になってひっきりなしに上演されているんだと。登場人物とその戦いぶりは個性豊かで観客を飽きさせないらしい。まあ多少の誇張はあるだろうけど、とにかく強くて負けたことがない」
一体どっからそんなに強い戦士を集めているんだろう。
才能を見出す優れたリーダーがいるのか、それとも怪物の力を存分に引き出しているのか。
どちらにせよ、いずれ戦わなくてはいけない相手だ。
「それでも俺はセレマイアと戦うよ。そのための計画の1つが削除隊を作ることだ」
「まあお前はともかく、ここの魔王様がその気なら俺も無理言わないけど。それに絢爛部隊とは1度戦ってみたいとは思っていたんだよな。適当に戦ってヤバくなったら逃げればいいし。これで俺の強さに箔が付くぜ」
こうしてケンタウルスのマーリセスが記念すべき削除隊の1人目のメンバーとなった。
プライドが高くて自信過剰なところが不安だが、それゆえにタルパを生み出す素質は十分ありそうだ。




