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54 寓意術伝授

 バーリャはあの一件から変わることができた。

 知識と記憶の樹録も正常に機能しているようで、最近は頭が混乱することも寝ている間に悪夢を見ることもほとんどないらしい。

 3人には知恵活をさせるより先に、寓意術とタルパの使い方についてできるだけ詳しく教えておいたほうがいいだろうか。





「集まって来てくれてありがとう。今日は皆に教えたいことがあるんだ」


 竜智の木を訪れた日から1週間後に城門から入ってすぐの庭に3人を集めた。

 今日はここで寓意術について教える。


「今日は知恵活しねえのかよ」


「そうだよ。まずはみんなに寓意術について教えようと思って集まってもらったんだ。レイとバーリャは寓意術を見たことがあるから少しは分かるかな? ちょうどいいところに蝶が飛んできた。パラスよく見てて」


 ひらひらと舞っている蝶を凝視して、バタフライ効果の寓意を引き出す。

 ただし、その影響は予測不可能で制御できないので引き出す寓意を最小限に抑える。

 

「羽ばたく蝶の寓意術」


「きゃあっ!」


 バーリャから少し離れたところで突然つむじ風が発生した。

 周囲の木の葉が巻き上げられる。

 念のために威力を抑えておいてよかった。

 強力な風が起きて怪我をするのも危険だが、この程度の風でもバーリャを中心につむじ風が発生していたらワンピースを捲り上げでもしたらヘンタイ扱いされるところだった。


「こ、こんなふうに寓意術は、シンボルや環境が示している抽象的な力を引き剥がして自在に操る魔法ののようなものなんだ」


「まあ何となくは分かるけどよ。いざ説明しろって言われたら難しいな」


「ソロモンさんは転生前も寓意術を使えたんですか?」


「いいや、俺が寓意術を使えるようになったのは、この世界に来てセレマイアと戦争をしてからだよ。敵の大将にやられそうになったときに不思議な夢を見てからこの力に目覚めたんだ」


「つまり転生前の世界、基底世界にはなかったと」


「でもアレゴリーという概念は自覚、無自覚にたくさんの人によって利用されていたんだ。だから寓意術を使える下地は十分すぎるくらいに整っていた。ただ次元が違うということが、寓意術を行使可能にしているみたいだ。もしかしたらこの世界に広まっている天頂説と寓意術の誕生は何か関係があるのかもしれない」


「とりあえずこの世界にいるなら誰だって寓意術を使える可能性はあるってことだろ? だったら俺だって借り物の答騙追放(オストラキスモス)だけじゃなくて、俺オリジナルの寓意術を使えるようになりたいぜ」


「もちろんそれも目標の1つにしてほしい。さて、寓意術について説明したから次はタルパについても説明しようか。寓意術を扱えるようになってほしいのは、タルパのためでもあるんだ」


「あの……そうでしたらドラクルスを呼んできましょうか?」


「いやいいよ。確かにドラクルス本人はタルパだけど、あいつはレイ以上に騒がしいからね。今日は落ち着いて聞いてほしいんだ」


「俺よりうるさいってか? それはまた賑やかな奴だな」


 俺がしゃべるより先にドラクルスが全部喋ってしまいそうだ。

 タルパはそれを作った者の記憶の一部も受け継いでいるからだ。

 しかし完全にコピーされているわけではないので話がややこしくなってしまう。


「精霊を使役する人間は見たという人は少なくないと思う。でもその精霊はどこからやってくるか知ってるかな?」


「……分からない」


「ごめん、質問しておいてなんだけど俺も知らないんだ」


「何だよ知らねえのかよ! ちょっと期待したじゃねえか」


「でも似たような存在のタルパがどこから生まれてくるのかは知ってる。タルパも基底世界には存在を確認できなかったけど、寓意術を通してその実体を生み出すことに成功した」


「ドラクルスは私の記憶から生まれた……つまり、タルパは心から生まれるということですか」


「そうだ。それにタルパを生み出そうと思っていない人でも、その精神内で生み出しては消滅させているんだ」


「じゃあソロモンが発見するより前に誰かが見つけているんじゃねえのかよ」


「かもしれないね。でもタルパは生み出すより、支配下に置いて維持し続けることの方が難しいんだ」


「……どういうこと?」


「生み出したタルパを支配下に置けなかったら、そのタルパに精神を乗っ取られたり、今の自分の精神と重なってしまって性格が大きく変わってしまうんだ」


「二重人格ってやつか」


「多重人格者の中にはタルパの制御不全が原因の者もいるだろうね。もう1つ、維持するエネルギーをどこから取るかという問題がある。精神力を消費・消耗することでタルパを動かし続けることもできるけれど、並大抵の者ができる業じゃない。それで生みの親がエネルギーの供給をやめてしまったらタルパは消滅してしまうというわけだ」


「じゃあどうすればいいんですか?」


「そこで登場するのが寓意術だ。生み出したタルパにとって相性のいいアレゴリーを引き出せるモノを用意しておいて、タルパの活動が活発になるときに寓意術でアレゴリー魔力を引き出す。タルパを活動させないときは意識の表層に出さずに心の片隅で休眠させておく。これでタルパを安全かつ効率よく制御することができるんだ」


「そんなことができんのかよ」


「ソロモンさんが寓意術を発見したおかげですね!」


「でもこの方法にも弱点がある。寓意術を引き出すには物が必要になるし、アレゴリー魔力を引き出しすぎると物がその機能を失ってしまってアレゴリー魔力をそれ以上引き出せなくなる。物じゃなくて頭の中にあるイメージから引き出すこともできるけど、そのイメージを考えるのをやめるとそこでアレゴリー魔力の供給はストップしてしまう。俺のイメージから生み出されたドラクルスの場合だと、バーリャの五感と認知機能からアレゴリー魔力を引き出し続けているから存在できる。けどこれは特殊な例だ」


 それにビーネの例もある。

 彼の場合は死ぬ間際に魂をタルパに変換してやったわけだが、その過程で危険な目に遭った。

 3人にはタルパを扱うことの難しさと危険性を十分に知ってもらってから挑んでほしい。


「寓意術もタルパも分からないことだらけの未完成の技術だ。だから3人の力を貸してくれないかな?」


「もちろんです」


「仕方ねえな。ソロモンよりも上手く使えるようになってやるよ!」


「……できることはする。できないことはできない」


「ありがとう皆」


「それで今日はこれからどうすんだよ。寓意術とタルパを使えるように訓練するのか?」


「それは皆に任せるよ。急いでいる訳じゃないしね。知恵活をするもよし、寓意術の練習になりそうなものを探すもよしだ」


「そうか。まあタルパに関してはゆっくり少しずつやるとするかな」


「私はドラクルスがもっと強くなれないか色々試してみたいと思います」


 焦らなくていい、とは思ったが3人が寓意術を自在に扱えるようにとっかかりやすくしておいたほうがいいか。

 身近に雑多なものを利用して生活の役に立てることをブリコラージュと呼ぶらしい。

 寓意術を補強するのにぴったりな概念だ。


「最初だけ特別に、寓意術を思いつきやすくなるのに役に立つ魔法をかけてあげよう。皆、普段使いできるようなカバンを想像してみて」


「大きさとか色の指定はありますか?」


「小さくて構わないよ。中に入れるのは実体のある物じゃないから」


「分かりました。うーん……」


 バーリャは目をぎゅっと閉じて何かを強く思い出そうとしている。


(あまね)く世界のありとあらゆる事物(じぶつ)を己が(かて)とせよ。蒐集(しゅうしゅう)寓意術、ブリコラージュ」


 バーリャの近くには、竜の鱗で装飾されたような見た目の小さなポシェットが出現していた。

 これは蒐集寓意術ブリコラージュで生み出された仮想のものだ。


「わあ! 本当に出てきちゃった」


「そのカバンは何か思い入れのある物なのか?」


「はい、おばあちゃんに昔貰ったカバンを失くしてしまってたんですけど、寓意術のおかげで再現することができました。ありがとうございます!」


「いや、それは探そうよ! 大事なモノなんじゃないの?!」


 レイは工具を入れておくようなウエストバッグの見た目をしている寓意術ブリコラージュを発現させていた。


「レイはどう? これで少しは身近にある物のアレゴリーを見出しやすくなったかな?」


「いや、まだ全然分かんねえ。なんも変わってねえぞ」


 そしてパラスは何も持っていなかった。


「どうしたのパラス」


「……カバンを使う習慣がないから想像できなかった」


 そんなこともあるのか。

 カバンを使わないならブリコラージュを定着させることもできない。

 追い追いブリコラージュを使えるようになってもらうとするか。

 ブリコラージュの効果がみんなの意識に馴染むまではまだ少し時間がかかりそうだ。

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