51 竜智の実
ディルエットの城壁を抜け、アジトライゼ山のふもとの洞まで移動する。
洞の入り口には障害物があったが、バーリャが唱えた合言葉で簡単に開いてしまった。
魔石板の光を頼りに奥へと進んでいく。
バーリャに案内された場所には、暗がりの中だというのに1本の大木がそびえ立っていた。
厳かな祠の陰から生える一本の大木。
そしてこのいかにも神聖そうな場所にはいくつもの細い水が流れ込んでいる。
「ここに来たことは誰にも言わないでください。許可なく入ると怒られるんです。合言葉だって大人たちが口にしていたのを偶然聞いて記録していたんです」
「そんなに半竜にとっては大切な場所ってこと?」
「大人は皆そう言います。それに私がしてしまったことも多分関係があります」
それからバーリャは話し始めた。
「昔、私は友達に連れられてここに来ました。大人が秘密にしてる良い場所だって自慢げに言っていました。友達の名前はミャルテリヤ、ミャルって呼んでました」
さっきメフィテラが読んでいた名前か。
「その時の私は、竜智の木がなるこの神聖な場所に心を奪われていました。なんて美しい木なんだろう。どうして誰もここのことを教えてくれないんだろう。そして、この場所を教えてくれたミャルが自分の友達なのを誇らしく思いました。すごくいい友達を持ったと」
「ミャルとバーリャは本当に仲のいい友達だったんだね」
うなずくバーリャ。しかしその顔は暗いままだ。
「でもミャルはこの場所そのものじゃない別のものに惹かれていたんです。ミャルはこの竜智の木になる実を2つ取って、そのうちの1つを私に渡して言いました。大人が本当に秘密にしたかったのは、この実が美味しくて子供に教えたくないからなんだよって。何度か独りでここへ来たけれども、実がなるのを見るのは今回が初めてだったと言っていました」
俺は大木の方を見る。
今はその実はなっていないようだ。
「友達だから一緒に食べてよって言われて、私たちは同時にその実を口にしました。でもこれが間違いだったんです。あまり味はしなかったけれど、ミャルと一緒に食べていると思うと美味しく感じました。そして2つ目に手を伸ばそうとしたとき、急に息苦しくなったんです」
その時の様子を思い出そうとするバーリャの表情は苦しそうだ。
「私はミャルに助けを求めようと振り向きました。でもミャルも泡を吹いてその場に倒れこんでいました。次に気が付いたのはベッドの上です」
「ミャルはどうなったの?」
「ミャルは植物状態で今も眠ったままです……でも私はまだ動けるだけマシなんです。私は一命を取り留めました。でも竜智の実の呪いに侵されて、世界中のたくさんの竜の声にうなされる日々を送りました。今でも眠っているときや意識が薄れた時には竜の声が聞こえてしまいます」
バーリャがたまにぼうっとしているのは、この竜の声が頭の中に響いている状態だったからなのだろうか。
「ミャルの両親には責められました。私の両親もなぜミャルを止めなかったのか私を責めました。長老様のお情けで私を責めるのはほどほどにしろということで普通の生活を送ることを許されています」
子供たちだけで遊んでいるうちに起きてしまった事故だ。
大人たちの間でもこの場所に扱いについては相当議論されたに違いない。
「竜智の実の呪いで他の子よりもできないことが多いです。でも私だけじゃどうしようもなくて……」
それで、他の半竜よりできが悪いと判断されたバーリャは、メフィテラがイシュー様に近づくための手段の1つとして利用されていたのか。
ところが知恵袋役としての成績も芳しくなく、イシュー様の関心を得ることもなかったので再び学科試験のために引き戻そうとしたわけだ。
「ソロモンさんに知恵活を勧められた時は嬉しかったんです。人並みにできることが何もない私にも、何か役に立つことができるんじゃないかって。でも結局駄目でした。私はミャルへの償いのために、できないまま、責められっぱなしでいる必要があるんだって……本当は私になんか生きている資格なんかないんです」
「本当にそうかな? それがミャルのためになるのかな?」
「でもそれしかないじゃないですか!」
「確かに君だけのせいじゃないのかもしれない。でも既に君は自分を変えられるきっかけを持っていることに気付いてほしい。レイが新しい力を使いこなせたのは、レイ自身が自分の信念を貫き通したいと強く願ったからなんだ」
「他のできる人と比べないでください!」
「いや、君にしかできないことだってあるはずだ」
「私にしか……できない?」
「そうだよ、バーリャ。他の人みたいに当たり前のようにできることが世の中の全てじゃない。できないバーリャにしか見えない世界が必要とされる時がきっとあるんだ。やり方は1つじゃない。その1つのやり方に皆が囚われないように、きっと神様がバーリャを生かしてくれたんだ」
知恵フクロウにだって偏った知識の回答者なんていくらでもいた。
実生活では上手くいっていないが、知恵フクロウならその知識量に感謝されることが多かったと告白する人も少なからずいた。
バーリャだって、きっとこのディルエットをより良くするための鍵に違いない。
ここで何とか説得して、自分自身の存在価値を見出させるんだ!
「頭の中に流れ込んでくるその数多の想いを、どうか俺にも教えてほしい。俺にも分かるように伝えてほしい。俺はもっとバーリャのことが知りたい。バーリャをこんな目に遭わせた竜智の実のことも半竜の掟だって知りたいんだ!」
「私のことを知りたい……みんなは私が何考えてるか分からないって、空気も読めないからいらないって言うのに、それでも知りたいんですか?」
「そうだ。そんなバーリャのことが知りたい」
「……分かりました。私も私のことを知ってほしい。私の知識をみんなの役に立てたい。ソロモンさんがやったみたいに、私にしかできないことをやってみます」
バーリャが竜智の木の幹に手を触れ、もう片方の手で魔石板を掲げて宣言する。
まさか、竜智の木から何かの寓意を引き出しているのか?
「これは、私が私らしくあるための祈り。迷える者の標とするために、世界に散った竜の詩を記します。回答者権限寓意術、知恵と記憶の樹録」




