37 真面目なタルパ
どうにかビーネの記憶から作り出したタルパを意識の中に維持しているが、どの程度原型を再現できているか分からない。
手を離してしまった時に、タルパの情報をどれだけ損傷してしまっただろうか。
できるだけ早く石人形に定着させなければならない。
もし記憶の定着が不完全になってしまったら、石人形の活動が停止して動かない状態に戻ってしまい、ビーネの存在が完全に消滅してしまうことになるおそれさえある
まだセレマイアでの事情について詳しく聞きたいことがある。
石人形を両手で握りしめて、ビーネの存在を流し込むことに専念する。
そして俺が転生したばかりの右も左も分からなかった時のことをできるだけ鮮明に思い出して、タルパが石人形に上手く馴染むように補助する。
俺の経験や意識も多少混じってしまっているから、魂を移植されたビーネはきっと俺が知っているビーネとは印象が違うんだろう。
今となっては仕方がない。もう少し人間の意識をタルパに変換するのに必要な環境や道具を整える余裕があれば良かったが、今回は与えられた時間があまりにも少なすぎた。
だが、せめてビーネには悔しい気持ちのままで死んでほしくはなかった。
セレマイアの人間は魔物にとっては敵で、俺がいつか倒さなければならない相手だが、ビーネの記憶を読み取ってしまった俺は強く同情してしまっているようだ。
「ここは……?」
石人形が喋りだした。何とか意識を移すことに成功したのか。
石人形の瞳の色が茶色に変わっていく。これは人間だったころのビーネと同じだ。
「いいぞビーネ! その調子で頑張れ!」
顔から徐々に体の色が変化していく。
その体色は人間が着るような服を模しているように見えた。
そしてビーネが喋り始めた。
「私は……私の名前はビーネだ。あなたの名前は何という?」
ビーネは俺の名前を忘れてしまっている。完全に記憶の移植に成功したわけではないようだ。
どこから覚えていないんだろう。
ヨルノンさんが少し驚いた表情をしている。
「ソロモンさんがここまでの魔法……じゃなくて寓意術を扱えるようになっているとは。流石に驚きましたよ」
「いや、まさか本当にできるとは思っていなかったんですけどね。ビーネ、俺の名前はソロモンだ。よろしくな」
どこから話すべきだろうか。
いきなり「あなたは記憶を失っています」なんて言ったら混乱・動揺してタルパ精神が崩壊してしまうかもしれない。
ただでさえ俺が失敗しかけて不安定な状態なのだ。慎重に言葉を選んで話を進めていこう。
「ビーネ、自己紹介をしてくれないか? 俺たちは君のことを知りたいんだ」
「自己紹介……すまない、今は頭がボーッとしているようで上手く口から言葉が出てこないんだ。少し待ってくれないか」
「焦らなくていいよ。まずは落ち着いて」
それから石人形に宿る精神となったビーネは、あごに手を当てて何かを思い出そうとするかのように目を瞑ってうーんとうなったり、服の模様が描かれた石の体をさすったりしていた。
「そうだ、思い出したぞ。父さんから出された、噴水を作る課題を済ませようとしていたんだった。紙とペンを貸してくれないか?」
俺はヨルノンさんの方を振り向く。
「紙とかペンってここにありますか?」
「私もイシュー様も普段は使わないので、市場まで買いに行かないと行けませんね」
市場まで遠くはないが、ビーネの要望にすぐに応えてやらないといけない気がしていた。
俺はビーネに手元の小型魔石板を差し出す。
「これを貸してあげよう。紙よりも便利だが、慣れるまで少し時間がかかるかな」
「これは……? ふむ、指で文字を書くことができて……書いた文字をすぐに消すことができるのか?! よければ、しばらくこの板を私に貸しておいてはくれないか?」
「ああ、好きにするといいよ」
ビーネに魔石板を譲ることにした。
まだ城には魔石板は余っているから、それを流用して自分のものにするとしよう。
「この調子でビーネには思いついたまま行動させておきましょう。さっき言いかけていたバシリスクという王族らしき人物のことも思い出すかもしれません」
「ええ、この石人形から情報を聞き出していけば、セレマイアからの侵攻を阻止する手がかりになりそうですね。ソロモンさん、お手柄です」
まあ、まだセレマイアについて何も分かったことはないのだが。
1つ分かったことと言えば、ビーネがセレマイアの街づくりに関して重要な人物だったということが本当のことらしいということか。
俺がビーネの辛い過去を手放してしまった影響で、子供の頃の記憶から呼び起こしたのだろう。
本人にとってそれを忘れてしまったことが良いか悪いかは今となっては分からないが、辛い記憶であったとしても生きていくうえではかけがえのない財産だということもあるだろう。
だが俺はタルパにする過程でその重圧に耐えきれず、ビーネの重要な記憶を放棄してしまった。
他人の精神をタルパ体にする者は、背負ってきた過去を受け止める覚悟をしなくてはならない。今回の件は肝に銘じておこう。




