17 魔物と人間
市場へ着くと、メルクル・アインが話しかけてきた。
「こんにちは、ソロモン様。お連れの方……は我々の同胞のようですね」
「そうなんだ。今日完成したばかりのゴーレムだよ」
「服飾担当のアルクル・エットと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「私はメルクル・アインと申します。エット様、その格好でお仕事に行かれるのですか? よろしければ、あなたの業務に必要な衣装を探す作業をお手伝いいたしましょうか?」
アインは察しがいいし気も利く奴だ。しかし、最近の様子を見ていると、迷惑な店員のようにしつこく客に迫っていないか心配になる時もある。それを悪いとは一概には言えないが、いつか俺宛てに苦情が来てしまいそうだと思うとどうしても気になってしまう。働いたことがない俺は複雑な気分だ。
「アイン、今は簡素なのでいいんだ。目を覆うための布と、帽子が欲しい。あと、できれば髪の毛の代わりになるような素材はないかな?」
「少々お待ちください……完了しました。魔石板に検索結果をお送りします」
魔石板を見ると、市場の地図、売っている商品の詳細、取引の履歴が表示される。ウィッグにできそうな魔物の長い毛は高くて手が出せない。こんなものまで買っていたら、鎧を調達する資金もなくなりそうだ。布と帽子だけエットに買い与えよう。
アルクァには、無事に儀礼を終えて働けるようになったらお金を必ず返すからと言われている。アルクァ自身のためにも儀礼を無事に通過してほしいが、俺の財布のためにも絶対に失敗はしてほしくない。
防具を売っている店主にオーガと関係の深い鍛冶屋を紹介してもらい、鍛冶屋には「魔王様のご希望で、このゴーレムに合うオーグリスの鎧を用意してほしい」と嘘をついた。疑っているような顔をされたが、今は旨い仕事がないらしく、十分な代金を提示したこともあってあっさりと交渉は成立した。
アルクルへの指示の出し方を説明し、用がない時はアルクルを起動させないようにお願いした。最近、知恵の塔と通信するゴーレムが増えたために、知恵の塔の魔力が枯渇するおそれがあるとヨルノンさんに忠告されていたからだ。知恵の塔内部に張り巡らされた植物が魔力を生成しているが、俺が持っている魔石板やメルクルたちはその魔力を利用して稼働している。この問題もいずれ解決しないといけないな。
◇
仕事を終えて城へと戻る。魔石板を操作していたヨルノンさんが話しかけてくる。
「今日は新しい成果があったようですね。いきなりスランプになったのかと思って心配していたのですよ」
「はは、まあ運よく質問がきてなんとかなりましたが、俺も色々と反省しないといけません」
ヨルノンさんがいるのでちょうどいい。今日ハサミュロが話していた神や天頂のことについて聞いておこう。
「ヨルノンさんに聞きたいことがあるんです。今日は偶然魔物と人間が戦う理由を知ったんですが、天頂とは何ですか?」
「天頂? ああ、ゴブリンやオーガたちはそう呼んでいますね。どこから話をしましょうか……以前、セレマイアの侵攻についてお話ししたのを覚えていますか?」
「はい。それにセレマイアについて少し街でも話を聞きました。エヴィデンスという怪物が襲ってくるとか」
「そうです。そしてそのセレマイアが積極的に魔物を滅ぼしにくるのには、セレマイア内部での権力争いも関係していると私は考えているのです」
「権力争い? そのために魔物を殺しているということですか?」
「はい。セレマイアには私が把握しているだけでも4つの派閥があります。まず、1次産業を担い多くの女性の支持を集める怪魚教。次に、文化や技術の担い手である聖像教。3つ目に、セレマイアの軍事・政治に大きな影響力を持っている獅子團。そして最後に、現在目立った活動は確認されていないものの伝承や民間信仰として根付いている英雄主義です。正式にセレマイアではどのように呼ばれているかは分かりませんが、その特徴から私が名付けさせていただきました」
最後の英雄主義とやらは何だか怪しいが、その他のグループはセレマイアを実質的に支配し、セレマイア国民の思想に大きな影響を与えているようだ。
「最近特に、怪魚教が目覚ましい活躍をしています。海に接する魔物の国を次々に滅ぼし、セレマイアでの地位が飛躍的に上昇しています。このディルエットに執着するのもそのためでしょう」
「その怪魚教なんですが、前回の侵攻の時にはそこそこ攻め込まれたと聞きました。実際次の侵攻には耐えられるんですか?」
「やはり魔物たちの不安は広がっていますか。確かに前回は岩壁の一部を破壊されるまでに至りました。そして次も岩壁への被害は避けられないでしょう。そこで、単調な動きをするゴーレムへの依存度が高かった兵士の構成を見直して、魔物の兵士の割合を増やして人間の小賢しい戦略への対応力を高めるつもりです。そこでオーガなどの戦闘力のある魔物を積極的に街へ誘致しているのです」
街に強そうな魔物が多いのはそのためか。どちらかというと、俺個人では損をしていることの方が多い気がするが。
「特にオーガたちが信仰する哲学では人間を滅ぼすことを積極的に勧めているので都合がいいのです。今から数百年前に魔物は突如この世界に出現し、それまで実際に魔物の類いに遭遇したことのなかった人間たちを大いに混乱させ、それまで持っていた宗教観を根底から破壊しました。そして人間たちは、この世界に現れた魔物たちを滅ぼすことで神に赦され、祝福された世界へ導かれると信じるようになりました。一方で知恵を付けた魔物の中から、自分たちこそが神の使徒であり人間を滅ぼす役目を背負っていると考える者が現れ始めました。こうして魔物と人間との争いが大規模かつ組織的になってゆき、魔物たちを統治する存在が必要になったのです」
「その魔物を統治する存在、つまりは魔王の一人がイシュー様ですか?」
「ええ、その通りです。最初は魔力を多く有する魔物が勝利することが多かったのですが、魔物の力を分析して魔力の扱い方を理解した人間たちが段々と押し返すようになりました。そして人間は、本来持っていた技術力と文化を魔力と組み合わせることで、自分たちの思想を反映させた怪物を生み出すまでになりました。その危険性に気付いた魔王たちは人間との争いを避けたいと考えるようになり、そして度重なる戦争で疲弊していた人間も和平に応じるようになったのです。こうして人間たちは魔物を滅ぼすこと以外で神に赦される道を模索し始め様々な派閥を生み出しましたが、その一方で魔物が培ってきた文化はまだ浅く、人間から借用したものばかりで後れを取っています」
確かに、この街を見ても人間によく似た振る舞いをする魔物が多いので文化的な生活を送っているように見えるが、魔物が持つ力に頼っている場面も多い。この点は知恵活でなんとか改善していきたい。
「人間の方はというと、長い間平和が続いた結果、人間同士の思想がぶつかることが多くなっているようです。そのため、再び魔物を過剰に敵視する風潮が形成されているのです」
「それがセレマイアの怪魚が攻めてくる根本的な理由なんですか。なんだか迷惑な話ですね」
「しかし、私たちも黙ってやられるわけにはいきません。ソロモンさん、覚悟を決めておいてくださいね。ソロモンさんの知恵活にも私たちの運命がかかっていますよ」
「精一杯努力します。この街をせっかく好きになってきたのに、このまま好き放題させるわけにはいきませんから」
「頼もしいですね。その調子ですよ♪」
「色々と教えてくださって、ありがとうございます」
「いえ、他にも何か分からないことがあったら私に聞いてください」
この世界の事情はだいたい把握することができた。俺には大した魔法は使えないが、ゴーレムを強化する手伝いならできる。セレマイアが攻めてくるまでに1体でも多くの知恵を絞らないといけないな。




