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9 鬼ごっこ

 目が覚めた。

 街の魔物たちの中にはもうすでに働き始めている者がいるようで、挨拶を交わす声も聞こえる。

 俺もさっさと支度を済ませて、困っている魔物がいないか探さないといけない。

 魔石板を起動させ、悪知恵袋の活動記録を確認する。ライフ3、グレード2とだけ表示されていて、それ以外に情報はない。

 まだ掲示板は機能していないようなので、俺が直接魔物と話して疑問を解決しに行く必要があるみたいだ。

 

 昨日食べていた果物の残りを更に小さく割って、綺麗な布を風呂敷代わりに使って包み、足元の魔石板に縛り付けておく。

 昼食にするには少し物足りない量だが、お金がないので市場に行っても食料を買えないし、途中で城に帰ってくる余裕があるかどうかも分からないので持っていくことにする。

 臭いはそんなにきつくなっていないので、まだ食べられそうだ。

 まだ城の通路がどこへ繋がっているか把握できていない。

 昨日はヨルノンさんに案内されたから移動できたが、今1人だけで通ると迷ってしまいそうだ。

 魔石板の機能を使えば簡単な地図くらいは作れそうだが、今はとにかく街の様子が気になる。

 部屋の窓から魔石板に乗って直接外へ出よう。


 さっそく窓から魔石板に乗って飛び出る。

 今日は天気が良くて気温もちょうどいい感じだ。

 とりあえず、昨日見た掲示板の様子を見てから、市場で魔物の様子を観察しよう。


 掲示板に向かっている途中で奇妙な魔物を見かけた。

 背中から生えている黒い翼は羽が抜け落ちている箇所が多く、骨が見える部分まである。

 フードを被っていて、長い白髪がフードの中から胸のあたりにまで垂れ下がっている。

 俯き気味に歩いているので表情はよく見えないが、人間のような顔つきで若い少女のようだ。

 周囲の魔物は忙しそうにしながらも元気な様子なので、生気を感じられないその少女は異様な雰囲気を放っていた。

 もしかすると、さっそく困っている魔物を見つけられたのかもしれない。声をかけてみよう。


「おはよう! 元気? 何か困ってることでもあるの?」


「……」


 返事が返ってこない。

 もしかしたら気分的な問題じゃなくて、朝食を食べていなくて空腹なだけなのか?

 俺の昼食がなくなってしまうが、この際仕方がない。

 城に戻ればまだ残ってはいるので、今持っている果物を少女に分けてあげよう。


「お腹減ってない? これ、口に合うかどうか分からないけどどう?」


「……ほっといて」


「そ、そう。まあ何か困ったことがあったら声かけてよ。いつでも相談に乗るからさ」


「……」


 少女はそのまま、トボトボとどこかへ歩いて行った。

 機嫌が悪かったのだろうか。

 まあ本人が構ってほしくないなら無理に付き合う必要もないか。

 俺も早くグレードアップして今よりも便利になりたいからな。

 そういえば掲示板の様子を見るんだった。


 掲示板に着くと、昨日と同じくゴブリンとリザードマンの子供たちが3,4人集まって遊んでいる。

 魔石板の便利な使い方を教えてやろうか。


「そこの君たち~、何か分からないことはないかな? 俺が魔石板の使い方を教えてやろうか?」


 子供たちが俺の声に気付いて振り返る。

 さっきの少女と違って俺に関心はあるようだ。

 しかし、何やら挙動不審だ。俺の周りに、他の誰かがいないか確認しているかのようにきょろきょろとしている。


「おい、昨日見かけた変な奴じゃね? しかも昨日いた魔王様の秘書は、今日はいないみたいだぜ」


「ほんとだ。こいつ見た感じ鈍そうだから捕まえてみたかったのに、秘書がいたからやめておいたんだよな」


「捕まえようぜ! この石の壁見るのも飽きてきたしな!」


 突然ゴブリンの手が俺に向かってすごい速さで伸びてくる。

 会話の内容が不穏だったので身構えていたのが幸いして、この手は簡単に避けることができた。

 子供だからといって不用意に近づいたのがいけなかった。

 今の俺はこんな子供の魔物にも侮られるように見た目をしているんだった。


「おい、逃げんなよ!」


 別のゴブリンが両手で覆いかぶさるように襲ってくる。

 こちらは反射的に避ける。

 俺は1人目のゴブリンから逃げるために魔石板のスピードを上げていたので、慣性のために体が魔石板とは逆の方向に引っ張られるが、不思議と魔石板と接している足の部分が離れることがなかった。

 どうやら魔石板に乗って浮遊している間は、俺の意思がないと離れることがないみたいだ。

 

 魔石板を高く飛ばせば手が届かないんじゃないか? そのことに気付いた俺は魔石板を高い位置に浮遊させた。

 すると子供たちが騒ぎ立てる。


「降りて来いよ! 絶対変なことしないって!」


 絶対って、そんなわけないだろ。

 やっぱりこいつらは子供だな。

 しかし、もし高くジャンプできる魔物だったら俺も危なかった。

 このままの高さを維持しながら城まで移動して対策を考えよう。

 そう考えていたら、魔石板から警告する声が聞こえてきた。


<警告します この魔石板のグレードでは高度が高すぎて維持できません 強制的に高度を下げます>


 マジかよ。

 低グレードだとこんなことで悩まないといけないのか?!

 質問を解決するどころか、目の前にいる大した強さを持っていなさそうな連中から逃げるので精いっぱいなのかよ!


「なんか石板落ちてきてね?」


「ほんとだ! いけるぞこれ!」


 子供たちにも気づかれてしまった。

 となると残された手段は1つしかない。

 全速力で城まで逃げ帰ってヨルノンさんに助けを求める。

 子供相手に情けないがそれ以外に思いつかない。


 魔石板が下降するのを利用して加速する。

 子供たちも追いかけてくる。

 どうやら魔石板のスピードの方が速いみたいだ。少しずつ距離を離していく。


「追いつけない! ちょっと本気出そうかな!」


 リザードマンがそう言って持っていた木の棒を後ろで放り投げ、ゴブリンがそれを受け取る。

 すると、両手が空いたトカゲの魔物は4本足で走り始めた。

 2本足の時とは違ってどんどんスピードが上がっている。

 このままでは確実に追いつかれる。城まではあともう少しなのに!


「これでも喰らってろ!」


 魔石板に縛り付けていた果物のことを思い出し、トカゲの魔物の手が届きそうになるところで思い切り果物をぶつける。


「へぶっっ!」


 トカゲの魔物は顔面に果物が直撃し、勢いよく躓いて地面を転がっていく。

 その間に俺は城の中に上手く逃げ込めた。


「あら? おはようございます。門の外から来るとは予想外でした。元気がいいですね♪」


 ヨルノンさんと1体の細身のゴーレムが入り口近くに立っている。


「あれ、ヨルノンさん。ここで何をしているんですか?」


「ええ、ソロモンさん1人だけだと心配なので護衛のゴーレムを同伴させようと思って入り口で待っていました。でもソロモンさんの方が早く起きていたみたいですね。お散歩ですか?」


「そうでしたか……素直に廊下を通って外を出ておけばよかった……」


 急がば回れ、というのは少し違うか。

 塞翁が馬で悪い運命を引き当ててしまったというのが正確だろう。

 行儀悪く窓から外へ出るのはやめておこう。

 その一方で、だいぶ魔石板の操縦にも慣れていることに気が付いた。

 さっきの鬼ごっこのおかげで速く移動するコツを掴めたから良しとしよう。

 あんな目に遭うのはもうこりごりだが……


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