捕われのお姫様
ラングフォード卿は第四王子の母親の叔父にあたる人だという。つまり第四王子派をとりまとめる人物。高貴な身分の家柄でプライドも高く、下の者を見下す典型的な性格。平民の母を持つユリエルを王とは認めていない。
「今更のこのこと、面倒くさい」
ユリエルは外の群衆を見ながらそう吐き捨てる。
「レオン王子こそが王に相応しい!」
レオンとは第四王子の名前らしい。
「聖女エミリアは魔女だ!」
あら、私の事も?しかも魔女と呼ばれているし。……魔女っ娘、前世の魔法少女的なアニメを思い出した。何か可愛いかも。
「ユリエル様、エミリア様の目がキラキラしてますが」
「……ふ、あれ褒め言葉じゃないのに、エミらしい」
「あら、ユリエル様は魔女姿の私はお嫌ですの?」
「……イイ。エミが魔女なら何されてもイイな」
そんなやりとりに、ジルが呆れながらふざけないで下さいと漏らす。
城の前に到着し外に降り立つとユリエルとラングフォード卿が対面した。
「これはユリエル陛下、ご公務ご苦労様です」
「……これは一体何の真似だ」
作り笑いを浮かべるラングフォード卿の顔がスッと真顔になる。
「私は貴方を王とは認めておりません」
「は、何を今更」
「レオン王子こそが王にふさわしい」
「まだガキじゃないか」
まだ5歳の子どもを利用するなど、ラングフォード卿の思惑が見え見えだ。すると、一束の書類を差し出してきた。
「貴方の数々の不正の証拠だ。闇の石の違法輸入や、民を騙し税金を使い、それに、そこの魔女も使い放題。忌々しい悪魔達め」
ちょっと待って。私、そんな使わないわよ。むしろ皆がお菓子とか宝石とかプレゼントしてくれるもの。高価な物は受け取らず返してるし、……私って罪深いわね。なんてそんな事思ってる場合じゃなくて、明らかに嘘の書類。
闇の石は国内で輸出入を禁止にしている代物。闇の石から作られる薬物は使うと肉体が強化される効果が出るが頻繁に服用すると体内で支障が起きる。他にも幻覚、めまい、死に至るなど副作用もある危険薬物の大元の石だ。前世でいう覚醒剤的なものね。
「そんなでっちあげの紙切れが何の証拠か」
「…強気でいられるのも今のうちだぞ」
「はあ、疲れた」
あれから城を後にしたラングフォード卿達。今は城内の一室で一息ついていた。
「お早い動きで。僕の敵じゃないけど、で?」
お茶を飲みながら余裕そうにしているユリエルがジルに問いかける。
「はい、こちらの書類がラングフォード卿に従う面々です。闇の石もこの国に入ってきてるのは間違いないでしょう」
「奴らの密輸ルートを調べといて」
全部の悪事をユリエルに押し付け破滅させようという魂胆が分かりやすい。
「ねえ、レオン王子はどうなりますの?」
「……」
レオン王子には罪はないし、まだ5歳という子どもだ。周りにはラングフォード卿のように自分達の目先の事しか考えていない人達がいるのだろう。大丈夫だろうか。
ユリエルを見ると遠くを見るような、まるで昔の自分を思い出しているような、そんな気がした。
「……エミはどうしたいの?」
「私は、できれば保護したいです。レオン王子が今現在どんな環境なのかは分かりませんが……」
ラングフォード卿に懐いてるかもしれないし、他に信頼する人物がいるのか。ユリエルにとってのジルの様な存在が。はたまた一人寂しく過ごしてるのか。
どのみちラングフォード卿らをこのまま放っておくことはできないし、レオン王子の処遇についても決めねばならない。
今や前陛下のお子はユリエルとレオン王子のみ。長い歴史の王族の血、ユリエルにとっては穢らわしいと思う部分もある中、その血を重んじているはず。
歴史書を一緒に読んでいた際に先祖の事を言っていた。この国の王としての尊厳を以前より自覚している。
「何?」
「ふふ、成長を感じているのです」
真剣で少し険しい顔をするユリエルを見ながらそう感じるのだった。
――――そして、事件は急に起こった。
「……ん、此処は?」
何処だろう。目覚めると見知らぬ部屋。何故こんな状況なのか記憶を遡る。
城の中を一人で歩いていた。城内は護衛をつけずに一人で歩くことも多かったので特に気にせずに。そこへ騎士から呼び止められて、ユリエル様がお呼びです、と促されたのが始まり。怪しむ事もなく一緒に歩いていった先は神殿だった。
ユリエルは祭事以外はあまり神殿に寄らないので多少の疑問を感じたが。すると騎士はその場で歩みを止めた。
「あの、どうかいたしました?」
そう、声ををかけ終わると同時に。
「……っ、!」
口と鼻を何かの布で覆われ、私の意識はすぐにそこで途切れたのだった。
「……不覚だわ」
薬品か何かで気絶させられたのだろう。気配がなく後ろにも人が居るなんて気付かなかった。気配結構察知できるのに。
それよりも此処から出るにはどうしようか。上を見ると格子状の小さな窓のみ。人は通れないわね。この部屋のドアに向かい、ドアノブに手をかけるがやはり鍵がかけられている。魔力をかけてみたが、その魔力が効かず壊れない。
完全に閉じ込められている。
「ここは魔力封じされてるから無理だよ」
?!
私しか居ないと思っていた部屋の中から声が聞こえた。振り返ると小さな窓から僅かに入る光の中に居たのは小さな人影。
「子……ど、も?」
現れたのは男の子。どことなくユリエルに似ているような気もする。―――あ。
「貴方は……レオン王子ですか?」
もしかして、と何となく感じた予想に対し男の子は首を縦に振った。やっぱり。けれど何故此処にいるのだろうか。閉じ込められているというのに落ち着いたレオンの様子に本当に五歳児なのかと思ってしまった。
「エミリア、でしょ?」
「え?あ、はい」
まじまじとレオンを見ていると私の事を確認するかのように見上げながら聞いてくる。
……可愛い。子どもながら整った顔立ちで気品のあるオーラ。将来は間違いなく美青年。
「私の事を知っていますの?」
「うん、前に見たことあるよ。とてもキレイだから覚えてる」
キラキラした瞳で見てくる五歳児にキュンとした。そんなレオンの可愛さに心が浄化された気分。
「ありがとうございます小さな王子様」
ほのぼの雰囲気になっていたが、ハッと今の状況を思い出して我にかえる。
「レオン王子は何故ここに?」
「うーん、誰かに連れてこられたの。気づいたらここにいたよ。エミリアと一緒だね」
「そう……」
私と同じ?一体誰が。それにしても落ち着いている。怖さとかないのかしら。怖くないのかを聞いてみると、何で?と返された。
「だって、僕ここに来る前も小さなお部屋で一人で居たよ。たまに人来てたけど」
「……」
怖さ、不安、寂しさ、そういった感情をどこかに置いてきたように無邪気に話すレオンに何だか切なくなる。まだ五歳児なのに。
「エミリア、怖い?」
「そう、ですわね」
今のこの状況を怖いというよりは、私が突然姿を消してしまった事、きっとユリエル達は気付くだろう。理由もなくユリエルと離れた事はないから私が居なくなって暴れたりしないだろうか、とか……心配や不安になってないだろうか、強くて弱いユリエルの心をそうさせるのが怖い。
でも、きっと私を見つけてくれる気がする。
「……一緒に此処を出ましょうね」
「……僕も?エミリアと?」
「ええ、出たら一緒にお茶しましょう、美味しいお菓子と。それとお城で遊びましょう。此処よりもその前の部屋よりも広いから楽しいですわよ」
戸惑うような瞳の中に微かに見えた気がした。期待という光が。
「和やかだね。捕まってるのに」
その、第三者の声が聞こえたので勢いよく振り向くと、そこに居た人物に驚く。
「ア……ドル……」
「ふーん、俺の事知ったんだ」
ネーヴェで部屋に侵入してきた男、ユリエルの兄であるアドルの姿が。つまり、私を攫ってきたのはアドル?けれどレオンも?ラングフォード卿側の者だとユリエル達が言っていたので疑問に思っていると、私の考えていることが分かったのか、
「俺にとってはどうでもいい。ユリエルもそこの王子も、この国も」
互いに潰しあえばいいさ、と冷たい声で話した。
では独断でレオンを連れてきたということになる。
「私達をどうするの」
「どう?殺してもいいけど、」
ゾクリと嫌な感覚。
「けど、ただ殺すにはもったいないよね、君のこと」
「……きゃ……っ!?」
ニヤリと笑ったアドルが勢いよく私を引っ張り、乱暴に強引に、
――唇を塞がれた。
「っ、ん、はな……、っ」
アドルの力は強く、離れようとも押さえ込まれて身体はビクともしない。
「離せっ、エミリアから離れろっ!」
その時、レオンがアドルに向かって私から離そうと小さな身体でアドルを引っ張る。
――ドガッ!
「レオン王子!」
「……っ」
しかしレオンの力では私以上に弱く、アドルに思い切り蹴られてしまい、お腹をおさえてその場でうずくまる。そんなレオンにアドルが冷たい瞳で見下ろした。
「ガキが、お前に何ができる」
そう言ってレオンから再び私に視線を戻し私の首に手で触れる。
「じわじわ苦しめるのも嫌いじゃないんだよね。……ユリエルを」
パシッとその手を払いのけると、アドルが笑った。
「俺が触れただけでもあいつキレそうだよね。……まだ身体の中、受け入れてないんでしょ?――目の前で犯してやりたい」
「っ、……誰が貴方なんかに。それなら死んだ方がマシだわ」
アドルを睨みながら言う。
「どうせ死んでもらうさ、皆ね」
そう残しこの部屋から出て行く。アドルのただ何も写さない何の光もない瞳が頭に残った。……あ、レオン!しばらくぼうっと突っ立ってたままだったがレオンを思い出してすぐ様駆け寄る。
「大丈夫ですかレオン王子!」
「……ん、うん、っ」
大人の男性から思い切り蹴られたのだ。小さな身体には負担が大きい。お腹に手を当てて治癒魔法をかける。……あ、そうだった、この部屋は効かないんだったわね。
「少し失礼しますね。気休めですが」
レオンを横にして頭を私の膝の上に置き、膝枕状態になった。レオンのお腹を手で優しく撫でる。大人しく撫でられるレオンの様子に微笑み、頭も撫でると少しビクっとしたがそれを受け入れてくれた。
「……エミリア、僕が子どもでごめんね」
「いえ、私こそレオン王子を守れなくてすみません」
「違うよ!お姫様は王子様が助けるんだよ!絵本で読んだもん」
可愛い発言に思わず笑ってしまった。私はお姫様ではないけれど、小さい頃は憧れていたなあと子どもの頃を思い出す。
「ふふ、ありがとうございます。私を助けようと立ち向かったのでしょう?とても立派でしたわ」
咄嗟とはいえ、大人の男性の力に敵うわけないのについさっき会ったばかりの私を助けようと臆せずに向かったレオンはとても逞しく勇気ある王子様。
「けれど無茶はダメですよ」
「うん……エミリア、あったかい」
レオンが安心するかのようにそう言うと、程なくして規則正しい寝息が聞こえてきた。眠ったのね。その姿はただの普通の子どもだ。
「ユリエル様……」
呟く声はユリエルに届くわけもなく、静かな空間の中、私は瞳を閉じた。