メリークリスマス
前回までのあらすじ。
無事に結麗へのプレゼントを買い終えた絵奈。穏やかでない空模様に近道をしようとしたが、そこで引ったくりに遭ってしまう。しかし、偶然出逢ったローズの野生的な活躍により、鞄は宙を飛んで絵奈のもとへ返ってくる。鞄を抱き寄せ、勢いあまって倒れかかる絵奈を、ひと足早く旅行から帰ってきた結麗が受け止め、そこでふたりはようやく再会を果たす。
絵奈はマギにいた。
座っている席も、前と同じだ。
あの後やってきた警察にあれこれ訊かれて、日が暮れるころになってようやく開放された。目立ったケガはないにも拘らず念のためと病院へ連れて行かれ、絵奈が家に帰れたのは夜だった。
そして今朝、結麗から初めて電話がかかってきた。
一時にマギに来て欲しい――。
たったひと言、それだけだった。予定の時間にマギに向かうと、何もいわないままに結麗のいる席へ通された。二階席は相変わらず、込んでいるともがらがらともいえない空席ぶりだった。
絵奈の飲みものが来ても、結麗はしばらく黙ったままうつむいていた。こんなに沈んでいる結麗を見るのは初めてだった。なんと声をかければいいかと思案に暮れていたが、絵奈は何も思い浮かばなかった。こちらの言葉を待っている風はなさそうだが、絵奈もそれは同じで、結麗の言葉を待っているだけではなかった。
ジュースの氷が音を立てて滑った。
ゆっくりと顔を上げた結麗と目が合う。少しだけ目もとが赤く腫れている。
「ごめんね、絵奈」
初めに口を開いたのは結麗だった。
「アタシが全部悪いの」
「違うよ、絵奈だって」
「アタシが」
結麗は遮るようにしていった。
「アタシが……アタシがしたことは迷惑だったって、わかってる。絵奈の気持ちも考えないでアタシ、本当にバカだと思う。それに、ジュースまで被せちゃって……本当にアタシ最低だと思う。ごめんね、絵奈」
「いいよ。もう気にしてないし」
よくないとでもいうように結麗は首を振った。
「アタシのことは嫌いになってもいい。いいから」
でもこの本は嫌いにならないでと、結麗は包みを取り出した。
「お願いだから、この本だけは。お願い、絵奈」
「網代さん……」
結麗の手は震えていた。
絵奈はそっと包みを受け取ると、
「ありがとう」
と小さくいって、それを抱き寄せた。
「そういえば、旅行は楽しかった?」
「……少しだけ」
結麗は力なく答えた。
「昨日、途中で帰ってきたみたいなこといっていたけど、大丈夫だったの?」
「あ、うん。お父さんが」
そこまでいって首を振り、
「ううん、違う。アタシ、本当は絵奈に逢いたくて帰ってきたの」
と絵奈を見た。
「友達から、あの古本屋さんでバイトしてるって聞いて。ねえ、絵奈。アソコで本当にバイトしてるの?」
「うん。してたよ。五日間ぐらいだけど」
「そう、なんだ。あのね、絵奈。アタシ」
「ごめんね」
絵奈は明るくいった。
「今度は絵奈の番だよ?」
そして鞄から昨日買ったばかりのそれを取り出した。幸いにして昨日の被害は、鞄が汚れたのを除けば少しの筋肉痛を被ったくらいのもので、何ひとつ取られることはなかった。
「ごめんね、結麗ちゃん。これ、絵奈からのプレゼント。気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
ふたつの面長の封筒を手渡す。受け取った結麗が中を見てみると、そこには切り込みを入れた台紙に収まったカードがそれぞれ入っていた。
「絵奈、これって……」
「気に入ってくれた?」
口もとを押さえて結麗はなんども頷いた。絵奈が送ったプレゼントはどちらも五〇〇〇円の図書カードだった。
「二枚とも絵柄が一緒でごめんね」
「いいよ、そんなの。ねえ、絵奈もしかしてアルバイトって」
「うん、そのお金で買ったの」
「そんな、ずるいよ絵奈」
ずるいよ、となんどもそういって、結麗は泣き出した。
「絵本のお礼と、仲直りのしるしに。だから、結麗ちゃんとはこれでお相子」
「でも、こんなのもらったらアタシ、もったいなくて、使えないよ」
言葉をつまらせながら、結麗はそういった。
「好きなだけ使っていいんだよ?」
「そうだけど、でも、せっかく絵奈がくれたのに」
「そうかな。絵奈は使ってくれたら嬉しいけど。でも結麗ちゃんの好きにしていいよ」
「ありがとう、絵奈。大事に使わせてもらうね」
「いいよ。これであの漫画も買えるね」
「漫画? なんの漫画?」
新刊って何か発売されてたっけと、結麗は涙を拭きながらいった。
「前に行った時、全部買ったはずなんだけど」
「新刊かどうかはわからないけど、結麗ちゃんが見てた本のことだよ」
「え? よくわからないんだけど。なんていう本?」
絵奈は漫画の名前と、作者をいった。
「えっと、アタシそんなの知らないんだけど」
「あれ? だって欲しいってあの時」
「アタシ欲しいなんていったっけ?」
絵奈は本屋で見たことを話した。
「そんなこといってたんだ、アタシ」
「憶えてないの?」
「ごめん、あんまり」
でも欲しいって思ったのは本当、と結麗はいった。
「じゃあやっぱり」
「ううん。欲しいのは本じゃなくて本棚のほう」
「本棚?」
「そう。前にもいったけど、アタシの部屋の本棚もうパンク状態でさ、新しいの欲しくて。ネットでいいもの見つけたんだけど、すごく高くてさ。アソコの本屋にあった本棚と同じタイプのヤツで、色も本屋のほうが好きなんだ。アタシの部屋にすごくピッタリなんだよね、あの大きさの本棚」
「でも、レジの時に買えなかった本もあるっていってたよね? あれは」
「ああ、あれはお店に在庫がなくてさ、取り寄せないといけないっていわれて。ほら、最近ドラマ化した漫画あったじゃん? なんかあれで急に人気が出ちゃったみたいでさ。まあアタシもそれで興味持ったんだけど」
「じ、じゃあ全部、絵奈の絵奈の勘違いってことなの?」
「たぶん、そう……だと思う」
「ごめんっ! ごめんね、結麗ちゃん!」
恥ずかしさやら申しわけなさやらで、絵奈は勢いよく両手で顔を覆った。
「ううん、いいよ。私もちゃんと話さなかったのが悪かったんだし」
そっと結麗を仰ぎ見ると、結麗は笑っていた。
つられて絵奈も笑う。
「あー、なんかもう、泣いたらお腹空いちゃった」
「ごはん食べてないの?」
実は昨日の夜から何も食べてないんだ、と結麗はいった。
「全然食べる気なくて」
「ちゃんと食べないとダメだよ?」
「わかってる。だから今から食べる。絵奈はもう食べてきちゃった?」
「うん。家で先に。お昼っていうか、その、十一時くらいに食べちゃったから」
「あーわかる。休みの日ってちゃんと三食食べなかったりするもんね。じゃあケーキとか食べる?」
「あ、うん。オススメとかある?」
「うーん、桃のパフェケーキとか」
絵奈は結麗の持っていたメニューを覗き見た。
「あ、八月限定なんだ」
「そう。もう後ちょっとで終わりだし、オススメといえばオススメかな。あ、ねえ、絵奈。今日ってヒマ?」
「ヒマだよ?」
絵奈はなんとなく既視感を覚えた。
「実はアタシ、宿題まだ全っ然終わってないんだ」
「あ、絵奈も全然やってない」
「だったらさ、今日この後一緒にやんない? で、明日一緒に本屋さんに行こうよ」
「うん。いいよ。じゃあ絵奈、宿題持ってくる」
「あ、パフェは頼んでおいていい? 絵奈が来たら持ってきてもらうようにするから」
「ありがとう。お願い」
階段を下りようとした時、結麗から呼び止められた。
「絵奈、本忘れてるよ?」
「いいの。宿題終わったら、後で一緒に読もう?」
「うん、そうね。そうしようか」
結麗は包みから本を取り出した。二冊の絵本には、それぞれ『賢者の贈りもの』と記されている。世界的に有名なそのお話の作者は、アメリカの小説家オー・ヘンリーその人である。 <了>




