満ち足りた街
この街は、狂っている。
それなのに、誰も不満を口にしない。
満たされているからではない。
“疑う理由”を、奪われているだけだ。
身を潜める二人の影があった。
瓦礫と配管が絡み合う路地裏で、
バーチは膝に手をつき、荒い息を整えていた。
「ここまでくれば大丈夫だろう」声はかすれ、思ったより遠くに落ちた。
隣で、リロが壁に背を預けたまま俯いている。
小さな肩が、わずかに震えていた。
「……嘘だったんですね」
「何がだ?」
「しかも、殺そうとした。約束したのに、お金と引き換えに……約束した品を持ってくるって」
リロは言葉を選ぶように、何度も息を吸った。
「ここは、そう言うとこなんだろ?」バーチは、肩にそっと手を置いた。「お前だって、嘘つきなんだろ?」
「違う……けど違わない」
「……」
バーチは、憔悴するリロの姿を黙って見守った。
「裏切りも、欺きも、嘘も――
この世界には蔓延してる。人間って、嫌いだ」
リロは拳を握りしめる。
「……人間全部を言うのはナンセンスだぜ?場所にもよるんじゃね」バーチはリロの顔を覗き込んだ。
沈黙。
遠くで、歯車が回るような低い振動音が続いている。
「出会いも運だ。環境がそうさせてるのかもな」
バーチは、リロの肩に、そっと手を置いた。
「俺をみろ!これも出会い?挫けてる暇はねぇ、前を向こうぜ」おどけて見せた。
「そんな環境から抜け出せなかったら?全てが運だったら絶望しますよね?普通に考えて」
バーチは、リロの襟をつかみ放った。
「何をするんです!!」
「もがいてみて、どこまで自分の運命が詰んでるか挑んでみたくない?」覚悟だけを滲ませた笑みを浮かべた。
しりもちをついたリロが、呆然と見上げる。
「ストイックなイメージがなかったので意外です」
「お前な」
しばらく座り込む二人。
「でも、環境を変えれるのが一番だけどな」
「僕のいた……惑星グランディアだって、そうでした。
許されるなら、惑星アストレアに行きたい」リロの声は、どこか絶望を帯びていた。
「連れてってやろうか?隊長に聞いてみるよ。完全に、保護されるべき少年だしな。お前の運、俺が引き上げてやる」バーチは、微笑んだ。
「……」リロは、黙っていた。
ふと、顔をあげるバーチ。目に止まる物があった。
「なぁ、ここって、ちょっと変じゃね?」
「ちょっとじゃありません」
「だよなぁ」
リロが顔をあげると、髪が乱れた女が老婆に赤子の服を着せてあやしている姿が目に入った。
すぐよこで男が靴を頭に乗せいる。骨をアクセサリーにして、全身に纏わせた女といちゃついていた。
バーチは、目を擦り、もう一度見た。
皆、妙に満ち足りた顔をしている。
狂っているはずなのに、不満の気配がない。
笑い声はあった。
だが、喜びの温度がなかった。
「でも、ここの人達、満足そうですよね」
突然、街の光が揺れた。何かに共鳴するように。
「なんだ?」
「……来た」
リロの声が、ほんの少し低くなる。
「何?」
バーチは眉をひそめる。
リロは、揺れる光を見上げた。
街が、生き物のように呼吸している。
「この街……下で、回ってるんです」
リロは胸元に手を当てた。
まるで、自分の内側も引きずられているかのように。
「え?」
「フィギラ王……」
低く、噛みしめるように言う。
「……たぶん」
一拍、置いてから。
「ここは、もう全部――あの人の中です」
*
螺旋を描く球体は、何か獲物を待ちわびるように、
ゆっくり回っていた。
「あんた特殊能力者か?」ユウナギは、口元を歪めながら言葉を吐き出す。
目の前のフィギラ王は、リングをはめていなかった。だが明らかに、力を司っている。
王は、指先で宙をなぞった。
数珠状の球体が、わずかに軋む。
「何人殺しただろう、制御され続けているお前らとは違う」王は、なめ回すようにユウナギ達を見た。
ミルルが一歩後ろに下る。
ミルルには、そこに“何かがいる”ことだけは分かっていた。
だが、それ以上の輪郭は、最初から与えられていなかった。
「やっとたどり着けたんだ。このシステムに」
中央の大きな球体が光る。それを撫でるように、球体は、王から発せられる光りを吸収する。
ミルルの防壁が、静かに脈を打つ。
「慈善活動だよ」
王は肩をすくめた。
「俺から吸い上げたもので、あいつらは生きてる」
王は、街の奥を見通すように目を細める。
「止まれば、街のやつらは数分で低体温、そして終わりだ」
「……じゃあ皆のために動けないってことだな」ユウナギは、続けた。「でも、……この電力を賄うほどなら、並の能力じゃない」
「誰もあんたの邪魔をしに来たんじゃない。仲間を返して欲しい。あんたなんだろ?」ユウナギは、ソードの居場所を探ろうとしていた。
「……もう、そっちはいい」
王は、街の奥から視線を戻した。
「お前が釣れたから」
あっけらかんと、そう言った。
「な、何をしたの!?」揺ぎの中から響く声に、ミルルは反応した。
「彼はどこにいるの!」
沈黙
「あんたの望みはなんだ?」ユウナギの額から自覚のない汗が流れ落ちる。
「へぇ、聞いてくれるんだ。ここ、食べ物がくそまずい。いい女がいない。退屈なんだよ、とにかく」ミルルを見た。
構えるユウナギ。
「嘘の太陽を回し続けないとやつら、死んじゃうから」
「……嘘の太陽?」ミルルは小さく唸った。
「言っても、わかんねぇだろ」
王は肩をすくめる。
「俺の力を、そのまま“回す”仕組みだよ。
グランディアの、厄介な遺産でな」
「……それで、こんなことが起きてるの?」
ミルルは、確信のないまま言った。
「違うよ。
やつらは、俺の能力を制御装置まで変換してくれるだけの媒体だ」
「……制御装置?よく、わからない」
「わからなくて、いい」
王は、まるで命の数を数えるみたいに言った。
「俺が死んだら、この街も消える。
――ただそれだけだ」
「あなたが太陽って言いたいのね」ミルルは唇を噛み締めた。「……やばいやつ」背中を冷たい汗が伝う。
「数分もいらない、お前達を殺るのに」
壁が粉砕し破壊された。
数珠が不規則に、ユウナギ達をめがけて高速回転し始めていた。
数珠の回転に合わせて、
街の鼓動が、わずかに速まった。
「選べ」
王は、楽しそうに言った。
「俺の嘘に沈むか」
一拍。
「それとも――
この街ごと、壊すか」
(第二十一章・了)
嘘は、暴力よりも優しい顔をしている。
守られていると信じてしまえば、
そこが檻だと気づく理由はなくなる。
この街は、今日も静かに回っている。




