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帰還者プロトコル

帰る場所があるとは限らない。

それでも、人は「帰還」を疑わずに進んでしまう。

これは、生き延びた者にだけ発動する――

帰還者プロトコルの記録。

船内は、異様なほど静かだった。


外の爆音が嘘のように、

計器の駆動音だけが響いている。


ミラは、操縦席横のレーダーに目を落とした。


「……映ってる」


円形のスクリーンに、複数の反応。

中央付近に、最新鋭と思われる三つの高速反応。

それを取り囲むように、十機以上の機影が接近していた。

「応戦してる……?」

点が、ぶつかる。


次の瞬間、ひとつ、またひとつと――

周囲の反応が、消えていく。


「……減ってる」


十あったはずの点が、七、五、三……

まるで、削除されるみたいに。


「お……?」


思わず、声が漏れた、その瞬間だった。


――三つの光点が、同時に消えた。

追跡ログも、反応遅延もなかった。

ただ、そこだけが「無」になった。


「……え?」


撃墜でも、爆散でもない。


消失。


レーダーには、何の残滓も映らない。


「……妨害? それとも……」

パイロットは、言葉を途中で切った。


ミラの脳裏に、あの青年の顔が浮かぶ。


爽やかで、軽くて――

どこか“人間味の薄い”笑顔。


「……うそ。

 何が、起こったの……?」


レーダーは、沈黙したままだった。


「……もう一度、浮上を試みます」

パイロットの声に、誰も反対しなかった。


エンジンが唸る。

機体が、ゆっくりと持ち上がる。


あの、見えない“糸”の感触は――


来ない。


「……抜けた?」

誰かが、信じられないように呟いた。


破られた糸は、再び絡みつくことはなかった。


視界が開けた瞬間。

ミラは、言葉を失った。


燃え尽きた残骸。

黒く焦げた航跡。

空間に、まだ熱が残っている。


――戦場だった。


ここで、何かが行われた。

ほんの、数分前まで。


「……戻れないわね」

ミラは、静かに呟いた。

そう口にした瞬間、

それが“選択”ではなく“切り捨て”だと理解した。


タシトたちは、別の方向。

残された燃料は、わずか。

選べるのは――逃げる先だけだった。


エンジンが安定出力に入った、その瞬間だった。

船体の下方――

基地のさらに奥、地面の奥底から。

ゴォ……ッ

低く、重い音が腹の底を叩く。

「……来る」 パイロットが、息を吸う音が聞こえた。

次の瞬間。


ドン――――ッ!!!


爆発は、見えなかった。

だが、衝撃だけが遅れてやってきた。

機体が大きく跳ね上がる。


計器が一斉に警告音を鳴らし、レーダーが乱れた。

「シールド、再展開!!」 パイロットが叫ぶ。

(なら)ってシールドを張るミラたち。


床が傾き、重力が一瞬だけ裏返る。 まるで、地下そのものが――陥没したかのようだった。


外壁の向こうで、岩盤が崩れる音。 基地全体が、内側から噛み砕かれていく。


「……地下空間、消失」 パイロットが、震えを押し殺した声で言った。 「構造ごと、吹き飛んだ」


遅れて、熱波。 赤く染まる雲が、下から湧き上がってくる。


もし、あの“糸”が残っていたら―― ここに留まっていたら。

それは、判断の差ではなかった。

ほんの数分の、運の差だった。


ミラは、喉の奥が冷たくなるのを感じた。


「……帰りたい」 誰かが、呟いた。


基地はもう、

逃げ場でも、拠点でもない。

ただの――

爆心地だった。




宇宙空間へ出る。

放棄された補給ステーションが、

視界に入った。


惑星メア・フェールの曲面を背景に、

静止軌道上へと係留された人工構造物だった。


灯りは、ない。

通信も、応答がない。


それなのに――

静かすぎた。

通常なら、どこかで鳴っているはずの警告音も、

空調の残響も、

金属が冷える音さえ、聞こえない。


「……誰も、いない?」

ミラが呟いた瞬間、

違和感が、胸の奥に引っかかった。


整列されたままの補給コンテナ。

床に残る、乾ききらない足跡。

非常用シャッターは――外側から閉じられている。


「放棄、じゃないわね……」

それは、

人が“いたまま消えた場所”だった。


パイロットが、低く息を吐く。

「……ここ、嫌な感じがするな」


ミラは、返事をしなかった。

その沈黙が、すでに答えだった。


――そして。


《補給ステーション管理AI、起動。

 生存者を確認しました。

 ――ようこそ、帰還者の皆さま》


突然、ランプが灯り、無機質な音声が響き渡った。


一瞬、張り詰めていた空気が――緩む。

だが、すぐに。


《交戦ログ……未解決》

《待機状態を継続します》


「……交戦?」

ミラの声が、静寂に溶けた。


《帰還者コード、旧世代識別》

《戦時プロトコルを維持します》


「戦時……?」

誰かが、息を呑む。


《敵性AI反応――現在、未確認》

《人類側生存率……計測不能》

《――参考値:戦時末期相当》


言葉が、なかった。


沈黙が、長く続いた。

誰もが、次に何をすべきか分からず、

ただ計器の灯りと、AIの無機質な待機音を聞いていた。


最初に口を開いたのは、パイロットだった。

「……このまま、船内に留まっても意味がない」


ミラが、ゆっくりと視線を向ける。


「補給も、修理も、このステーション頼みだ。  それに――」

男は、計器を指差した。

「外部電源。  生きてる」

一瞬、空気が変わった。


《補給ステーション、主電源――正常》

《一部区画、アクセス可能》


「……誰かが、管理してる?」 シャドが、低く呟く。


《否定します》 AIは、即座に答えた。


《管理者は、存在しません》

《最後の常駐人員は――》

《……記録が破損しています》


その「間」が、 逆に、雄弁だった。


ミラは、唇を噛む。

ここに留まれば、燃料が尽きる。 通信は遮断されたまま。 救援を待つには――状況が悪すぎた。


「……行くしか、ないわね」

自分の声が、思ったより冷静で、 ミラは少しだけ驚いた。


《補給区画、第一ブロック》

《安全レベル――未確認》

《推奨:慎重な進入》


ハッチが、低い音を立てて開く。


冷えた空気が、流れ込んできた。

灯りは、最低限。 人が使っていた痕跡だけが、整然と残っている。


床に落ちているのは、 壊れた物ではない。 ――置き去りにされた物だった。


「……急に、消えたんだ」 誰かが、呟く。


その時。

壁際の奥。 整備用シャッターの向こうに―― 人影のような輪郭が、一瞬だけ見えた。


完全な形ではない。

ただ、直立した“何か”が、 静かに、並んでいる気配。


ミラは、足を止めた。


《警告》 AIの声が、少しだけ遅れて響く。


《旧式作業補助ユニット、保管区画》

《現在、起動していません》


――起動していない。

その言葉が、 なぜか、胸に引っかかった。


ぴ、と小さな音がした。

床の隅、コンソールの影から――

ぴょん、と何かが飛んできた。


白くて、小さくて。

ウサギのような耳を持つ、

葉片を重ねたようなリーフ型ユニット。


《補助管理ユニット、起動完了》

《ようこそ。生存者の皆さま》


声は、妙に柔らかかった。


《――このステーションで最後に確認された人間は、〇〇三四時間前に全員、死亡しています》


ミラが息を止める。


可愛い。


でも、一言で場を凍らせる存在。




(第十六章・了)



生き残ったことが、救いとは限らない。

選ばれたのは希望ではなく、

次の局面へ進む権利だった。

帰還者たちは、まだ何も終えていない。

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