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その時じゃない

(隊長は行くなと言った。――罠なの?

確かに早い。ここまで足取りがついてるなんて。

でも、もしバーチがタシト隊長の制御を解くことについて助言があるなら……)


ミルルは、離れの部屋に戻っていた。

(これは、急いだ方がいいのでは?)


タシトが入ってきた。


「隊長、やはり、バーチからの連絡に間違いありません!イーストサイド飛行場に……行きませんか?」


ミルルは、震えた。初めてタシトに真っ向から意見している。


――天上の憧れの存在だった人に。


タシトは、近付いてきた。


反射的にミルルは怯え構えた。


「……落ち着け」


タシトは、そう言ってミルルの肩に手を置いた。


それでもミルルは震えが止まらない。


「しかし……」


「この生活をもう少し続けたい。……まだその時じゃない」


そう言ってタシトは、震えるミルルへ静かに腕を回した。


「……え?」


優しく包み込まれた腕。タシトの胸元に顔が触れそうになった。ほのかに香るタシトの匂いに、ミルルの鼓動は一気に速くなった。


ミルルの顔から火が吹き出しそうで今にも倒れそうだった。


「隊長……ず、ずるいです」


(亡命してから隊長とずっといる。私なりにわかったことがあった。そう……タシト隊長はハッタリ屋だ)


平然と同級生を演じ、平然と制御されていることを隠す。


そして、平然と私に腕を回す。


「……隊長のことが、私にはわかりません」


「……」


「……隊長のこと、もっと教えてください」


タシトは、そっとミルルを胸元から離した。目線が下がる。

タシトは何か言おうとして、言葉を止めた。


隊長に見つめられたミルルは、これ以上耐えられなかった。強烈に目が回り、


――そして気絶した。


「お、おい大丈夫か?」


「……す、り、らせん」(すみません)



「なぁ、バーチ」


「……わかってる」


二人の後ろを、小型ドローンが一定の距離を保って追っていた。


「いつからだ?」


「わからない。ただ……あのカップルとぶつかった辺りからだ」


「……偶然か?」


「知らねぇ」


バーチは一度だけ後ろを振り返る。


「なら、気分転換だな」ソードがニタリと笑った。


「ミルルたちが先に飛行場へ着いたらヤバい」


「何。そんときは、そん時よ。二人なら遠方から確認するだろ」


「まぁな」


二人は駆け出した。


「地下街へ潜るぞ!」ソードは、テンションが上がった。走り出すソード。


「待て!これはいつかのデジャブかもしれない」


「は?いつかって?」


「……忘れたのか? その取れない指輪を見ろ」


バーチの言葉に、二人の脳裏へ同じ記憶がよぎる。


衛星メア・フェール。


あの呪われたリングに誘導され、地下へと追い詰められた日のことを。


「……そうだな。ならどこ行く?」



目を覚ますとミルルは、ベッドに寝かされていた。


「……あ」


(私、意識がもうろうとして……)


思い出して飛び起きた。恥ずかしかった。タシト隊長を前に気絶するなんて。


両手で顔を覆ったまま、しばらく動けなかった。


部屋を見回すとすでにタシトはいない。


ミルルは迷った。


今なら、バーチたちと通信できるかもしれない。特殊部隊専用網だから傍受の可能性も低い。


ただ――これはタシト隊長を裏切ることになる。


追っ手は、もう近くまで来ているのではないか。

そんな不安が胸をよぎる。


あの日――


タシト隊長のリングは、ほんの数秒だけ解除された。

あれは、不自然だった。


街中に警報が鳴り響いた光景が脳裏によみがえる。


(私は、隊長とずっと一緒にいたい。だから……)


ミルルは手首のリングに手をかけた。



(第百三十章・了)


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