その時じゃない
(隊長は行くなと言った。――罠なの?
確かに早い。ここまで足取りがついてるなんて。
でも、もしバーチがタシト隊長の制御を解くことについて助言があるなら……)
ミルルは、離れの部屋に戻っていた。
(これは、急いだ方がいいのでは?)
タシトが入ってきた。
「隊長、やはり、バーチからの連絡に間違いありません!イーストサイド飛行場に……行きませんか?」
ミルルは、震えた。初めてタシトに真っ向から意見している。
――天上の憧れの存在だった人に。
タシトは、近付いてきた。
反射的にミルルは怯え構えた。
「……落ち着け」
タシトは、そう言ってミルルの肩に手を置いた。
それでもミルルは震えが止まらない。
「しかし……」
「この生活をもう少し続けたい。……まだその時じゃない」
そう言ってタシトは、震えるミルルへ静かに腕を回した。
「……え?」
優しく包み込まれた腕。タシトの胸元に顔が触れそうになった。ほのかに香るタシトの匂いに、ミルルの鼓動は一気に速くなった。
ミルルの顔から火が吹き出しそうで今にも倒れそうだった。
「隊長……ず、ずるいです」
(亡命してから隊長とずっといる。私なりにわかったことがあった。そう……タシト隊長はハッタリ屋だ)
平然と同級生を演じ、平然と制御されていることを隠す。
そして、平然と私に腕を回す。
「……隊長のことが、私にはわかりません」
「……」
「……隊長のこと、もっと教えてください」
タシトは、そっとミルルを胸元から離した。目線が下がる。
タシトは何か言おうとして、言葉を止めた。
隊長に見つめられたミルルは、これ以上耐えられなかった。強烈に目が回り、
――そして気絶した。
「お、おい大丈夫か?」
「……す、り、らせん」(すみません)
◇
「なぁ、バーチ」
「……わかってる」
二人の後ろを、小型ドローンが一定の距離を保って追っていた。
「いつからだ?」
「わからない。ただ……あのカップルとぶつかった辺りからだ」
「……偶然か?」
「知らねぇ」
バーチは一度だけ後ろを振り返る。
「なら、気分転換だな」ソードがニタリと笑った。
「ミルルたちが先に飛行場へ着いたらヤバい」
「何。そんときは、そん時よ。二人なら遠方から確認するだろ」
「まぁな」
二人は駆け出した。
「地下街へ潜るぞ!」ソードは、テンションが上がった。走り出すソード。
「待て!これはいつかのデジャブかもしれない」
「は?いつかって?」
「……忘れたのか? その取れない指輪を見ろ」
バーチの言葉に、二人の脳裏へ同じ記憶がよぎる。
衛星メア・フェール。
あの呪われたリングに誘導され、地下へと追い詰められた日のことを。
「……そうだな。ならどこ行く?」
◇
目を覚ますとミルルは、ベッドに寝かされていた。
「……あ」
(私、意識がもうろうとして……)
思い出して飛び起きた。恥ずかしかった。タシト隊長を前に気絶するなんて。
両手で顔を覆ったまま、しばらく動けなかった。
部屋を見回すとすでにタシトはいない。
ミルルは迷った。
今なら、バーチたちと通信できるかもしれない。特殊部隊専用網だから傍受の可能性も低い。
ただ――これはタシト隊長を裏切ることになる。
追っ手は、もう近くまで来ているのではないか。
そんな不安が胸をよぎる。
あの日――
タシト隊長のリングは、ほんの数秒だけ解除された。
あれは、不自然だった。
街中に警報が鳴り響いた光景が脳裏によみがえる。
(私は、隊長とずっと一緒にいたい。だから……)
ミルルは手首のリングに手をかけた。
(第百三十章・了)




