大江山異聞録 第四幕
なんとか今日中に更新。
【源頼光】
拙者たちは、再び大江山の岩屋へと向かった。
だが今度は、山伏の姿ではない。
重厚な大鎧に身を包み、まるで城を攻める軍勢のように、万全の装備を整えての訪れだった。
岩屋の前には、既に酒呑童子とその配下たちが、まるで要塞を守る兵のように陣を敷いて待ち構えていた。
酒呑童子は、拙者たちを見て、まるで久しく待ちわびた好敵手を見るかのように笑った。
「ようやく来たか、頼光」
酒呑童子の声には、どこか楽しげな響きがあった。
「ああ。約束通り、拙者たちは戦いに来た」
拙者は、愛刀、安綱の柄に手をかけた。
「ほんなら、始めようや」
酒呑童子が、その巨躯を揺らして立ち上がった。
拙者の配下と、酒呑童子の配下が、互いに睨み合う。
空気が、まるで嵐の前の静けさのように張り詰めていた。
「皆の者、かかれ!」
拙者の号令と共に、両軍が激突した。
金時が、熊童子と相対していた。
熊の混人である熊童子は、金時と同じく巨大な体躯を持っている。
「おりゃー!」
金時が、巨大な鉞を振り下ろした。
熊童子も、鋭い爪で応戦する。
金時の鉞と熊童子の爪が、まるで雷鳴のような音を立ててぶつかり合った。
「へっ、やるじゃねえか!」
熊童子が、獰猛な笑みを浮かべた。
「オイラだって、負けねえぞ!」
金時が、力任せに鉞を振るう。
二人の怪力が、まるで大地を揺るがすかのようにぶつかり合った。
一方、綱は茨木童子と金童子を相手にしていた。
茨木童子が、術で姿を変幻させながら攻撃してくる。
その背後では、金属人形である金童子が、まるで影のように綱を狙っていた。
「はっ!」
綱が、電光石火の速さで抜刀した。
その一閃が、茨木童子の変化の術を見破り、本体を捉える。
「くっ……!」
茨木童子が、咄嗟に身を引いた。
だが、金童子が綱の背後から襲いかかる。
綱は、それを察知して、まるで風のように身をひるがえした。
「遅い」
綱の刀が、金童子の腕を切り裂いた。
金属の腕が、鈍い音を立てて地面に落ちる。
季武は、虎熊童子と対峙していた。
山猫の混人である虎熊童子は、その俊敏さを活かして、まるで影のように動き回っている。
「オイラを捕まえられるかニャー!」
虎熊童子が、挑発するように叫んだ。
季武は、冷静に弓を引いた。
「捕まえる必要はない。射抜くだけだ」
季武の放った矢が、虎熊童子の動きを完全に読み、その肩を貫いた。
「にゃあっ!?」
虎熊童子が、苦痛の声を上げた。
貞光は、星熊童子と戦っていた。
星熊童子は、酒呑童子と同じく都の地下から来た鬼だ。
まだ言葉も不慣れで、「ガァッ!」という鳴き声で吠えている。
「南無阿弥陀仏……」
貞光が、経文を唱え始めた。
すると、法力の光が星熊童子を包み込む。
鬼である星熊童子にとって、その光は、まるで灼熱の炎のようなものだった。
「ガァァァッ!」
星熊童子が、苦しみながらも貞光に襲いかかる。
だが、貞光は動じず、さらに経文を唱え続けた。
そして、拙者は酒呑童子と向き合っていた。
二人の間には、まるで見えない壁があるかのような緊張感が漂っている。
「頼光……あん時の続きや」
酒呑童子が、地下の通路での戦いを思い出すように言った。
「ああ。あの時は、一合のみで終わった。だが、今度は決着をつける」
拙者は、安綱を抜き放った。
酒呑童子も、その巨大な拳を構えた。
「ほんなら、始めようや!」
酒呑童子が、まるで猛獣のように襲いかかってきた。
拙者は、その攻撃を安綱で受け流す。
酒呑童子の拳は、岩をも砕く威力だ。
だが、拙者も魔穴で鍛え上げた技がある。
拙者の安綱が、酒呑童子の腕を浅く切り裂いた。
酒呑童子は、それを気にも留めず、さらに攻撃を続ける。
「お前、強なったな!」
酒呑童子が、楽しそうに叫んだ。
「お前もだ。あの時よりも、遥かに強い」
拙者も、認めた。
酒呑童子は、地下で出会った時よりも、明らかに強くなっている。
配下を率い、戦いを重ねる中で、その力を磨き上げたのだろう。
拙者と酒呑童子の戦いは、まるで嵐のように激しく続いた。
拙者の剣技と、酒呑童子の怪力が、何度も何度もぶつかり合う。
やがて、周囲の戦いにも決着がつき始めた。
金時が、渾身の力で鉞を振り下ろし、熊童子を地面に叩きつけた。
「ぐはっ……!」
熊童子が、膝をついた。
「参った……お前には、敵わねえ……」
熊童子が、敗北を認めた。
綱は、茨木童子と金童子を、その剣技で圧倒していた。
金童子は、既に両腕を失い、動けなくなっている。
茨木童子も、全身に傷を負っていた。
「くっ……これ以上は……」
茨木童子が、戦意を失った。
季武の矢が、虎熊童子の両足を貫いていた。
虎熊童子は、もはや動くことができない。
「にゃあ……もう、動けないニャー……」
虎熊童子が、力なく呟いた。
貞光の法力に、星熊童子は完全に抑え込まれていた。
「ガァ……」
星熊童子が、力尽きて倒れた。
そして、拙者と酒呑童子の戦いも、最終局面を迎えていた。
拙者は、魔穴で培った全ての技を駆使して、酒呑童子を追い詰めていった。
酒呑童子も、その全力を尽くして抵抗するが、徐々に傷が増えていく。
やがて、拙者は決定的な隙を見つけた。
安綱が、まるで稲妻のように酒呑童子の懐に入り込む。
「ぬっ!」
酒呑童子が、避けようとしたが、間に合わなかった。
拙者の安綱が、酒呑童子の首筋に突きつけられる。
「……動くな」
拙者の声に、酒呑童子は動きを止めた。
周囲の鬼たちも、その光景を見て、まるで時が止まったかのように戦意を失った。
「……負けや」
酒呑童子が、静かに呟いた。
「わいの負けや、頼光」
酒呑童子は、まるで全てを諦めたかのように目を閉じた。
「さあ、わいの首を取れ」
酒呑童子の言葉に、拙者は首を横に振った。
「いや、お前の首は取らぬ」
拙者は、安綱を鞘に納めた。
「……何や?」
酒呑童子が、驚いた顔で拙者を見た。
「お前が今まで呑んだ酒を返すまでは、拙者はお前を殺すわけにはいかぬ」
拙者の言葉に、酒呑童子はあっけにとられた顔をした。
「酒を……返す……?」
酒呑童子が、理解できぬといった様子で呟いた。
拙者は、続けた。
「この戦の準備の傍ら、拙者はお前が襲ってきた酒蔵を訪ねた」
拙者の言葉に、酒呑童子は黙って聞いていた。
「そして、酒蔵の者たちに話を聞いた。彼らは、こう言っていた」
拙者は、酒蔵の主人の言葉を思い出す。
「『そんなに飲みたいのだったら、奪うのではなく働いてくれたなら、よこしたのに』と」
拙者の言葉に、酒呑童子は目を見開いた。
「……そんな……」
酒呑童子が、震える声で呟いた。
「わいは……ただ、酒が呑みたかっただけなんや……」
酒呑童子の目から、まるで冬の雪解け水のように涙が流れ始めた。
「頼光……すまん……酒蔵の者達に、謝ってほしい……」
酒呑童子が、頭を下げた。
だが、拙者はそれを制した。
「いや、それは自分で言え」
拙者は、酒呑童子に手を差し伸べた。
「もし、お前が同じ酒を呑みたいのなら、正当に呑む気はないか?」
拙者の問いに、酒呑童子は戸惑った顔をした。
「正当に……とは?」
「拙者の配下となれ。そうすれば、拙者が酒を用意しよう」
拙者の申し出に、酒呑童子は驚きの表情を浮かべた。
それは、酒を通じて主従の契りを結ぼうという申し出だった。
「討伐とは、ただ倒すだけではない」
拙者は、真剣な顔で言った。
「帰順させるのも、また討伐なのだ。お前たちが朝廷に従うなら、拙者はお前たちを生かす。そして、お前たちに正当な場所を与える」
拙者の言葉に、酒呑童子は言葉を失った。
その目からは、まるで春の雨のように涙が流れ続けている。
やがて、酒呑童子は深く頭を下げた。
「……分かった。わいは、お前の配下になる」
酒呑童子の言葉に、拙者は満足そうに頷いた。
「よし。ならば、拙者はお前たちを源氏の配下として迎え入れる」
拙者は、周囲の鬼たちを見渡した。
「お前たちも、拙者に従うか?」
拙者の問いに、茨木童子が前に出た。
「うちは、酒呑様に従います。酒呑様が頼光様に従うなら、うちもそうします」
茨木童子の言葉に、他の鬼たちも頷いた。
「オイラもだ!」
熊童子が、力強く言った。
「オイラもニャー!」
虎熊童子も、元気よく答えた。
「ガァッ!」
星熊童子も、吠えた。
金童子は、黙って頷いた。
拙者は、酒呑童子に手を差し伸べた。
「ならば、共に参ろう。拙者の屋敷で、酒を酌み交わそう」
拙者の言葉に、酒呑童子は拙者の手を取った。
「……ありがとうな、頼光」
酒呑童子の声には、まるで長い旅路を終えた者のような安堵が滲んでいた。
こうして、大江山の酒呑童子は、拙者に帰順したのだった。
拙者たちは、酒呑童子とその配下を連れて、都へと戻った。
都に戻る道中、酒呑童子が拙者に問うた。
「なあ、頼光。なんでわいらを生かしたんや?」
酒呑童子の問いに、拙者は答えた。
「お前たちは、確かに賊だった。だが、悪意を持って人を害する者ではなかった」
拙者は、続けた。
「それに、拙者はお前と地下で出会った時から、どこか縁を感じていた。その縁を、拙者は無碍にしたくなかったのだ」
拙者の言葉に、酒呑童子は照れくさそうに笑った。
「お前、意外と情に厚いんやな」
酒呑童子の言葉に、拙者も微かに笑みを浮かべた。
「そうかもしれぬな」
都に戻った後、拙者は朝廷に報告した。
大江山の酒呑童子を帰順させたと。
朝廷は、拙者の功績を称えた。
そして、拙者は約束通り、酒呑童子に酒を用意した。
かつて酒呑童子が襲った酒蔵から取り寄せた、上質な酒だった。
「これが、あん時の酒か……」
酒呑童子が、感慨深げに酒を見つめた。
「ああ。これからは、この酒を正当に呑むことができる」
拙者の言葉に、酒呑童子は深く頭を下げた。
「ありがとうな、頼光。わいは、お前に従って良かったわ」
酒呑童子の言葉に、拙者は頷いた。
「拙者も、お前を配下にして良かったと思っている」
拙者と酒呑童子は、共に酒を酌み交わした。
かつて地下の通路で出会い、大江山で戦った二人は、今、主従として、そして友として、酒を分かち合っていた。
こうして、酒呑童子は拙者の配下となり、源氏に新たな力が加わったのである。
この出来事は、後に語り草となり、拙者の武名をさらに高めることとなったのだった。
また、この後酒呑童子とやり取りする酒は、鬼をも酔わせ従えたとして、鬼殺しの名で呼ばれるようになったという。
次回、授業回&間章終了
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