大江山異聞録 第二幕
【とある土豪】
兼房は、朝廷の軍を先導して、大江山に足を踏み入れた。
「この道を進めば、鬼どもの根城に辿り着きます」
兼房は、自信を持って言った。
以前、偽道満と共に攻め入った時の道を覚えている。
あの道を進めば、必ず酒呑童子の岩屋に辿り着くはずだ。
だが、大江山に入ってしばらくすると、天候が急変した。
濃い霧が、辺り一面を包み込んだのだ。
「これは……」
兼房は、不安を感じた。
視界が、ほとんど効かない。
数十歩先も見えないほどの濃霧だった。
「兼房殿、この霧は……」
将が、不安そうに尋ねてきた。
「山の霧でございます。すぐに晴れるでしょう」
兼房は、強がって答えた。
だが、内心では、嫌な予感がしていた。
軍は、霧の中を進み続けた。
兼房が先導しているが、霧のせいで道がよく分からない。
「確か、この辺りを右に曲がって……」
兼房は、記憶を頼りに道を選んだ。
だが、何か違和感があった。
以前来た時と、景色が微妙に違う気がする。
数日が経った。
だが、霧は一向に晴れない。
それどころか、濃くなっているようにすら感じられた。
「兼房殿、本当にこの道で合っているのか?」
将が、苛立ちを隠せない様子で尋ねてきた。
「はい、間違いございません。もうすぐ、岩屋に辿り着くはずです」
兼房は、必死に答えた。
だが、本当は自信がなかった。
道が、全く分からなくなっていたのだ。
やがて、軍は岩屋らしき場所に辿り着いた。
「ここです! ここが、酒呑童子の根城です!」
兼房は、喜んで叫んだ。
だが、岩屋の中に入ると、兼房は愕然とした。
そこには、何もなかった。
鬼どもがいた痕跡すら、見当たらない。
それどころか、岩屋の周りには野草が生い茂っていた。
まるで、長い間誰も住んでいなかったかのように。
「兼房殿、これはどういうことだ?」
将が、怒りを込めて尋ねてきた。
「鬼など、どこにもおらぬではないか」
「そ、そんなはずは……確かに、ここに酒呑童子がおったのです!」
将の言葉に、兼房は言葉に詰まるが、必死に訴える。
兼房としても、命から柄逃げ出した岩屋の様子を忘れることなどないはずだった。
「以前、私がここを攻めた時は、確かに鬼どもがおったのです!」
「以前攻めた? だが、ここには戦いの痕跡すらない。本当に、鬼などおったのか?」
だが、将は信じなかった。
将の疑念に、兼房は答えられなかった。
なぜ、ここに何もないのか。
兼房にも、全く分からなかった。
その後も、軍は大江山を探索し続けた。
だが、鬼の痕跡は、何一つ見つからなかった。
次第に、朝廷の兵たちからも、兼房に突き刺さるよう捺染を向け始めた。
(こんな馬鹿な……何かに化かされているのか……?)
途中再度の濃霧に覆われながら、兼房は焦りと混乱に包まれていく。
そして兵糧も心もとなくなり、結局、朝廷の軍は、成果なく引き返すことになった。
その帰路、将が、冷たい目で兼房を見る。
「兼房殿、貴殿の証言は、本当に正しかったのか?」
「も、もちろんです! 鬼は、確かにおったのです!」
兼房は、必死に訴えたが、将の疑念は晴れなかった。
更に、兼房の証言は、朝廷でも疑われることになる。
麓に戻った朝廷の元にある報せが届けられたのだ。
それにより、兼房は更なる絶望に打ちひしがれる事となる。
【酒呑童子】
「見事なもんやな」
わいは、道満法師に感心しとった。
「あの霧は、全部お前の術か?」
「そうや。儂の術で、濃霧を発生させて、道を惑わせたんや」
わいが尋ねると、道満法師は得意げに笑った。
更に道満法師は、策の種を明かしていく。
「あの霧はな、ちょいと酒を混ぜてあっやんや」
「酒を?」
「せや。すると酔わんまでも、物事が曖昧になる。そんで、次の策がハマるんや」
種明かしする道満法師はほんまにたのしそうや。
「朝廷の軍が辿り着いた岩屋は、お前らの本当の根城やない。儂が別の山に造った、偽物や。なのに、道案内しとったあいつは違いが判らへんかった。物を曖昧にしか分らんようになとったからな」
道満法師の言葉に、わいは驚いた。
「そないに分らんようになるものかいな?」
「せやで? 人っちゅうもんは、案外ちょっと似とるだけで騙されるものなんや。記憶っちゅうもんも、案外当てにならん」
「そんなもんなんか……」
わいは道満法師の策に感心するばかりやった。
せやけど、道満法師はさらにつづけよる。
「あとは、連中が帰ってもおまけがあってな?」
「おまけやて?」
「儂の式神で、あの土豪の屋敷に、朝廷に反抗しようとしとった証拠を並べておいたんや。元から領民が噂するほど露骨だったさかい、証拠も山ほどあったわ」
道満法師の言葉に、茨木が目を見開いとる。
「それは……なんという……」
「あの土豪は、朝廷に処罰されるやろうな。儂の名を利用しようとした罰や」
道満法師が、笑った。
その笑いは、冷たく、そして恐ろしかった。
「これで、お前らは助かったわけや。儂の借りも、返せたな」
道満法師が、満足そうに言った。
「ありがとうな、道満法師」
わいは、素直に礼を言った。
せやけど、わいの配下たちは、不満そうな顔をしとった。
「酒呑様、これでいいんですか?」
熊童子が、不満を口にした。
「あの土豪には、鬼としての報復が為されてないじゃないですか」
熊童子の言葉に、他の配下たちも頷いた。
「そうニャー。あいつ、オイラたちを操ろうとしたニャー」
虎熊童子も、怒りを露わにした。
「ガァッ!」
星熊童子も、同意するように吠えた。
そんな皆を見て、道満法師は渋い顔をしたんや。
「お前ら、よう聞け」
道満法師が、真剣な顔で言った。
「もし、あの土豪に報復をしたら、朝廷は今度こそお前らを討つまで収まらんぞ」
道満法師の言葉に、配下たちは黙った。
「自由に生きたいんやったら、それは止めた方がええ。下手に動けば、お前らの居場所はなくなる」
「分かった。配下の者たちにも、そう言うとく」
道満法師の忠告に、わいは頷いた。
わいが答えると、道満法師は満足そうに頷いた。
「そうか。ならば、儂はこれで失礼する」
道満法師が、来た時と同じように、巨大な鷹に乗って飛び去っていった。
わいは、その背中を見送った。
「皆、道満法師の言う通りや。あの土豪への報復は、やめとこう」
わいが配下たちに言うと、彼らは渋々頷いた。
だが、その目には、まだ不満が残っとった。
数日後、わいは嫌な予感がした。
配下の者たちが、何かを企んどるような気がしたんや。
そして、その予感は的中した。
「酒呑様!」
茨木が、慌てて駆け込んできた。
「大変です! 熊童子たちが、あの土豪を襲撃しました!」
茨木の言葉に、わいは顔色を変えた。
「何やて!?」
わいは、すぐに外に飛び出した。
すると、熊童子たちが、土豪の首を持って戻ってきとった。
「酒呑様、やりましたよ!」
熊童子が、得意げに首を掲げた。
「あの土豪、都に引っ立てられる途中やったんで、襲撃して首を取りました!」
熊童子の言葉に、わいは頭を抱えた。
「お前ら……道満法師の忠告を聞いとらんかったんか……」
わいの言葉に、熊童子たちは首を傾げた。
「でも、鬼としての報復をせんと、気が済まんかったんですよ」
熊童子の言葉に、わいは溜息をついた。
「お前らのせいで、朝廷は今度こそ本気で動くやろうな……」
わいの言葉通り、数日後、わいらのもとに知らせが届いた。
朝廷が、大江山の鬼を討伐するため、源氏に討伐令を出したというのだ。
「やっぱりか……」
わいは、深く溜息をついた。
道満法師の忠告を聞いとけば、こんなことにはならんかったのに。
「酒呑様、どうしますか?」
茨木が、心配そうに尋ねてきた。
「どうするも何も、戦うしかないやろ」
わいは、覚悟を決めた。
源氏が来るなら、わいらも全力で戦うまでや。
「皆の者、準備をせぇ。源氏が来るぞ」
わいの言葉に、配下たちが動き出した。
こうして、わいらと源氏の、運命の戦いが始まろうとしとったんや。
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