平将門は藤原秀郷に敗れ、斬首されたと記録されている
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【平将門】
俺と秀郷の一騎打ちが、続いていた。
刀と刀が、激しくぶつかり合う。
一撃、二撃、三撃。
互いに譲らず、互いに押し返す。
俺の太刀が、秀郷の肩口を狙う。
秀郷は馬を巧みに操り、体を捻ってそれを避ける。
同時に、反撃の一閃が俺の脇腹に迫るが、俺も馬を蹴り、間合いを取った。
だが、秀郷はすぐに追ってくる。
(強い……本当に、強い)
俺は、秀郷の技に圧倒されていた。
俺も、武には自信がある。
魔穴で鍛え、力を高めてきたのだ。
父や周囲の武者から基本を学び、それを独自に発展させてきた。
だが、秀郷は違った。
その太刀筋には、洗練された技術がある。
無駄のない動き。的確な間合い。そして、予測を超える変化。
一つ一つの動作が、理に適っている。
攻撃と防御が一体となり、隙がない。
「はあっ!」
俺は、力を込めて袈裟斬りを放った。
だが、秀郷は俺の太刀を受け流し、すぐさま反撃に転じ、その太刀が俺の胴を狙う。
俺は、とっさに馬を後退させ、秀郷の太刀が、空を切る。
だが、その瞬間、秀郷は馬を前に踏み込ませ、再び間合いを詰めてきた。
(これが……神域の師に学んだ者の技か)
阿弖流為。試練の鬼。そのような師の名を秀郷は語った。
伝説の武人たちに師事した秀郷の技は、俺の独学とは次元が違う。
俺の攻撃は、力に頼る部分が大きい。
だが、秀郷の攻撃は、技術で研ぎ澄まされている。
その俺達の戦いを、周囲の兵たちが、息を呑んで見守っている。
この戦いの行方が、乱の結末を決めるのだと、誰もが理解しているのだ。
「はっ!」
秀郷の太刀が、俺の脇腹を掠める。
浅い傷だ……だが、その傷に、俺は驚愕した。
(傷が……ついた?)
今まで、どんな刃も俺の肌を傷つけられなかった。
金行の気で覆われた俺の肌は、鋼よりも硬い。
だが、秀郷の太刀は、確かに俺を切り裂いた。
血が滲む。痛みが走る。
「これが……龍神の秘宝、黄金丸だ」
秀郷が、静かに言った。
「この太刀は、鋼さえも切り裂く。そして、一度付けた傷は治らぬ」
(龍神の宝……か)
俺は、理解した。
秀郷が持つ太刀は、ただの武器ではない。
龍神の力が宿った、神器だ。
だが、俺は笑った。
「良い……実に良いぞ、秀郷殿」
「何?」
「俺の肌が、傷つくということは……互角と言う事だ。お前の鎧も、矢は逸らすが、俺の太刀までは防げまい」
俺は、そう言って太刀を構え直した。
「互いに、傷つく。ならば、これこそ互角の条件だろう」
「その通りだ。では、続けよう」
秀郷も、笑った。
俺たちは、再び刀を交えた。
だが、今度は違った。互いの攻撃が、互いの身体を傷つけられるのだ。
鎧で幾らか防げるものの、それもまた同じ。
俺の太刀が、秀郷の肩を掠めた。鎧が裂け、血が滲む。
秀郷の太刀が、俺の腕を切り裂いた。浅いが、確かな傷だ。
それより、何合も、何十合も、打ち合った。
互いに傷を負い、互いに血を流す。
だが、どちらも倒れない。
俺の馬が、疲労で息を荒くしている。秀郷の馬も、同様だ。
長時間の激しい戦いに、馬たちも限界に近づいていた。
いつしか、周囲の戦いは止んでいた。
双方の軍が、距離を置いて、俺たちの戦いを見守っている。
武人の極みとも言うべき戦い。その光景に、誰もが目を奪われていた。
「はあっ!」
俺は、渾身の一撃を放った。秀郷が、それを受け止める。
刀と刀が、火花を散らした。
(まだだ……まだ、倒れるわけにはいかぬ)
俺の身体は、既に限界に近かった。傷は増え続け、血は流れ続けている。
だが、心は燃えていた。
(これが……俺が求めた戦いだ)
武人として、全力でぶつかり合う。その喜びが、俺を支えていた。
同時に、あれほど燻っていた心の底の何かが、流れる血と共に消えていくような感覚もあった。
ああ、そうだ。武士としての誉は、この戦にこそある。
そして、その時が来た。
秀郷の馬が、僅かによろめいたのだ。
長時間の激しい戦により、馬が先に力尽きかけていた。
(今だ!)
俺は、その隙を逃さなかった。
太刀を構え、秀郷の胴を狙って突きを放った。
全身の力を込めた、渾身の一撃。
これまでの武の全てを注いだ、これこそが俺の、全て!
だが。
閃光が走った。
秀郷の太刀が、下から切り上げていた。
その軌跡は、まさに神速。
馬のよろめきを利用し、体勢を低くした状態から放たれた一撃。
俺の突きの軌道を読み切り、その下から俺の右腕を狙った、完璧な反撃だった。
斬ッ!
俺の右腕を、秀郷の太刀が切り裂いた。
「ぐっ……!」
激痛が走る。右腕の感覚が、失われる。
鮮血が飛沫き、舞った。
俺の太刀が、手から離れ、零れ落ち、地面に落ちる。
……右腕が、動かない。
腱を断たれたのだ。
そして、体勢を立て直した秀郷の太刀が、俺の首元に添えられていた。
「……俺の……敗北か」
その事実を、俺は受け入れた。
「見事だった、将門殿」
秀郷が、静かに言った。
「某が今まで戦った中でも、最強の武人だった」
「……秀郷殿も、見事だった」
俺は、微笑んだ。
「武人として、これ以上の戦いはなかった」
俺は、馬から降りた。そして、膝をついた。
戦は、終わったのだ。
そして、俺の心に、変化が訪れた。
(もう……終わったのか)
新皇としての野心。都への復讐。鬱屈した感情。
それら全てが、消えていくのを感じた。
代わりに、一人の男としての自分が戻ってきた。
(妻は……子どもたちは……)
坂東に残してきた家族の顔が、浮かんだ。
妻。長男の良門。娘の滝。
俺が新皇を名乗ったことで、彼らはどうなる?
(朝廷は……家族を許すだろうか)
不安が、胸を締め付けた。
新皇を名乗った男の家族。
それだけで、罪に問われるやもしれない。
一族郎党死罪も在り得よう。
だが…‥。
(俺は……俺だけが、罰を受ければいい)
俺は、決めた。家族を守ると。
その為に何をすべきか。おれは降伏していく配下の兵を見ながら、思案し続けていた。
【藤原秀郷】
将門が、降伏した。
その瞬間、戦場に静寂が訪れた。
新皇を名乗った男。坂東を支配した男。その男が、某の前に膝をついている。
「秀郷様! 今こそ、将門の首を!」
平貞盛が、駆け寄ってきた。その手には、刀が握られている。
「待て、貞盛殿」
某は、貞盛を止めた。
「何故です! 今こそ、父の仇を討つ時!」
「落ち着け。将門は、新皇を名乗った。その首は、朝廷の検分が必要だ」
某の言葉に、貞盛は歯噛みした。
朝廷が討伐の兵を出した以上、官軍が引いたとて詳しい検分は必要だ。
「それに……貞盛殿、お前は将門に、二度見逃されたではないか」
「っ! それは……!」
貞盛の顔が、歪んだ。
「野本の戦いで、お前は敗れた。だが、将門は追わなかった。そして、先の戦いでも、お前を討たなかった」
「……っ」
「ならば、ここで即座に首を取るのは、武人として如何なものか」
某の言葉に、貞盛は黙った。
そして、やがて刀を下ろした。
「……分かりもうした」
貞盛が、涙を流していた。
「父上……某は、仇を討ちました……」
貞盛は、その場に崩れ落ちた。
将門の極刑は、避けられない。
それを理解し、貞盛は遂に復讐を果たしたのだ。
某は、将門に向き直った。
「将門殿」
「……秀郷殿」
将門が、顔を上げた。その目には、もう戦意はなかった。
だが、何か別の感情が宿っていた。
「一つ、頼みがある」
「何だ?」
「俺の家族を……守ってほしい」
将門の言葉に、某は息を呑んだ。
「俺が新皇を名乗ったのは、俺の意志だ。家族は、関係ない。だから……」
将門の声が、震えていた。
「頼む。俺の妻と子どもたちを、守ってくれ」
某は、しばらく黙っていた。
帝を否定しかねぬ新皇の宣言だ。
恐らく、一族も連座となりかねないのは、将門自身もわかっているだろう。
だが、それでも夫として、父として、願わずにはいられぬのだ。
武人の最後の願いでもあろう。これを断るなど、某の義に反する。
故に……某は首肯した。
「……分かった」
「本当か!?」
「ああ。某が、必ず守る」
将門の顔に、安堵の色が浮かんだ。
「心より、感謝する……秀郷殿」
某は、配下に命じた。
「将門を、縛れ。都へ連行する」
配下の者たちが、将門を縛り上げた。
その時、某はふと思い出した。
「そういえば……金属像を操っていた術師は、どうした?」
「それが……」
配下の一人が、困った顔で答えた。
「戦の最中に、姿を消したとのこと。恐らく、金属像が封じられた時点で、逃げたかと」
「……そうか」
某は、眉をひそめた。
あの像を操っていた術師は、道元という法師とその一門であるらしい。
あのような術を操るなど、ただの術師ではない。
危険な存在だ。
(また、どこかで悪事を働くかもしれぬ)
だが、今はそれを追う余裕はない。
某は、双方の兵と共に、戦場を去るのだった。
その後、将門は都へと連行され、某や貞盛もそれに同行した。
その都では、将門の乱が収まったことで、新たな動きが起きていた。
「西国の藤原純友に、戦力を集中できる」
朝廷の重臣たちが、そう判断したのだ。
今まで、坂東と西国の二正面作戦を強いられていた朝廷。
だが、将門が捕らえられたことで、純友に戦力を集中できるようになった。
「官軍を、難波へ向かわせよ」
朝廷の今の中心である、藤原忠平が命じ、数千の兵が、難波へと向かった。
そして、純友の軍と激突したのだとか。
戦況は、急速に朝廷側に傾いていった。
某も、その報せを聞いていた。
(純友の乱も、終わりが近いか……?)
それとも、難波を捨て体勢を立て直すのか。
それは判らぬ。
だが、某の関心は、そこにはなかった。
某の関心は、将門にこそある。
その将門は、今、刑場へと引き出されていた。
新皇を名乗り、朝廷に反旗を翻した罪。
その咎で、斬首が宣告されたのだ。
某も、その場に立ち会っていた。
将門は、刑場の中央に座らされていた。
だが、その顔には恐怖はなかった。
むしろ、穏やかだった。
(……何を、考えているのだ)
某は、不思議に思った。
確かに、心残りであるだろう、将門の家族は某が守ると誓った。
だが、それだけであのような顔を浮かべられるだろうか?
その疑問が消えぬ中、刑は執行された。
首切り役人が、刀を振り下ろす。
断ッ!
将門の首が、胴から離れた。
だが。落ちなかった。
「何……!?」
某は、驚愕した。
確かに切り落とされたはずの首は、地に落ちることなく宙に浮かび、そして顔を上げたのだ。
「新皇に至れぬ身であったが、せめて死して坂東の守護者となろう!」
首が、叫んだ。
斬首されたはずの将門が、首だけで叫んでいる。
その首の目は、見開かれ、口は動いている。
「将門が……生きている……!?」
「化け物だ!」
「お、怨霊だ! 怨霊になった!」
刑場が、混乱に陥った。
だが、将門の首は、更に続けた。
「坂東の民よ。俺は、死してもお前たちを守る。この地の守護者として、永遠に」
その言葉と共に、将門の首から、強大な魔力が溢れ出した。
そして、将門の首が、動いた。
宙に浮いたまま、ある方向へと向かう。
そこには、一頭の馬がいた。
戦利品として、都に連れてこられていた、将門の愛馬。
「行け……家族のもとへ……俺の首を……届けてくれ」
将門の首が、馬に命じた。
馬は、将門の首を咥え、そして刑場を駆け出した。
「待て! 止めろ!」
役人たちが、叫ぶ。
だが、馬は止まらなかった。
某は、その光景を、ただ見送っていた。
(将門殿……)
某は、理解した。
将門は、最後まで計算していたのだ。
生首となっても動くことで、人々を恐れさせる。
そして、自らを坂東の守護者と宣言することで、坂東の民を守ろうとしたのだ。
(家族や坂東が、迫害されぬように……)
将門の最後の願い。
それは、自分を恐るべき存在として印象付けることだった。
そうすれば、朝廷も坂東を迂闊に弾圧できない。
将門の怨霊を恐れて。
(武人としてだけでなく……一人の父として、家族を守ろうとしたのだな)
某は、将門の愛馬が去っていく方向を見つめた。
坂東へ。家族のもとへ。
馬は、将門の首を届けるだろう。
「秀郷殿……」
貞盛が、某に近づいてきた。
「あれで、良かったのですか」
「ああ。あれで良い」
某は、静かに答えた。
「将門殿は、最後まで武人だった。そして、父だった」
某は、空を見上げた。
「某は、将門殿と戦えて、良かった」
そう、心から思った。
平将門。
新皇を名乗り、朝廷に反旗を翻した男。
だが、その心には、武人としての誇りと、家族への愛があった。
(安らかに眠れ、将門殿)
某は、心の中でそう呟いた。
そして、将門の愛馬が、遠く小さくなっていくのを、万感の想いと共に見送ったのだった。
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