上野国府にて、平将門は新皇を宣言した
【平将門】
野本の地で、俺は伯父の国香と対峙していた。
「将門! お前、本気で儂と戦うつもりか!」
国香が、怒声を上げる。
その背後には、数百の兵が控えていた。坂東の武者たちを集めた、国香の軍勢だ。
俺は、静かに答えた。もはや、言葉で解決する段階は過ぎていた。
「遺領を不当に奪おうとする者と、話すことはない」
「ふざけるな! 都で公卿の犬になっとった奴が、偉そうに!」
国香の言葉に、俺の中で何かが切れた感覚があった。
都でも、坂東でも、俺は蔑まれる。
その理不尽さが、怒りとなって溢れ出していた。
俺は、刀の柄に手をかけた。
「ならば……力で示すまでだ」
「やれ! 将門を討ち取れ!」
国香の号令と共に、兵たちが押し寄せてくる。
数十、数百の兵が、一斉に俺に向かってきた。
だが、俺は動じない。
(見せてやる。俺の力を)
俺は、内に宿した魔力を解放した。
俺の身体が光に包まれ、地下の空洞で蓄えた、膨大な魔力が全身を駆け巡る。
次の瞬間、俺の身は黒鉄の如く染まっていた。
「なっ……!?」
最初に到達した兵が、驚きながらも刀を振り下ろす。
だが、その刀は俺の肌に触れた瞬間、弾け飛んだ。
まさしく、俺の身体は黒鉄の如き硬度を得ていたのだ。
「ぐあっ!」
兵が悲鳴を上げて後退する。だが、俺は容赦しなかった。
「はあっ!」
俺は、腕を一振りした。
ただそれだけで、目の前の兵たちが吹き飛んだ。
十人、二十人、三十人。
まるで木っ端のように、兵たちが宙を舞った。
そして、地面に叩きつけられ、動かなくなる。
「化け物……!」
「将門様が、化け物になった!」
兵たちが、恐怖の声を上げる。だが、俺は止まらなかった。
刀を抜き、振るう。その一閃が、五人の兵を同時に斬り裂いた。
「うわあああ!」
兵たちが逃げ惑う。だが、俺の速さは常人を遥かに超えていた。
一瞬で距離を詰め、また一振り。今度は、十人が吹き飛んだ。
「ひっ……!」
ある兵が、弓を構えた。矢が放たれる。だが、俺はそれを素手で掴み、投げ返した。
矢は、放った兵の肩を貫き、更にはその後ろの兵に突き刺さったのだ。
俺は、まるで嵐のように戦場を駆けた。俺が通った後には、倒れた兵たちが山を成していた。
「ぎゃあああ!」
「儂の……儂の兵が……!」
国香が、呆然としている。その顔には、恐怖が浮かんでいた。
(これが……俺の力か)
俺自身も、驚いていた。あの地下空洞で力を得たことは知っていたが、ここまでとは……。
個人の武が、軍勢を圧倒する理不尽。
数百の兵が、一人の武者に蹂躙されている。
それを成したのは、他ならぬ、俺だ。
その理不尽な光景が、俺の心を高揚させた。
(俺は……強い)
その実感が、心の奥底に沈殿していた重く濁ったものを、一気に塗り替えていく。
都で蔑まれた屈辱。坂東で見下された怒り。
それらが、今この瞬間解放された気がした。
(そうだ……俺は、認められなかったのではない。奴らが、俺の価値を理解できなかっただけだ)
俺は、自分の存在という者を、はっきりと理解した。
この力があれば、何もかもを覆せる。
……まずは、この男を。
「将門! 待て、待ってくれ!」
「伯父上。あなたは、俺を見下した。その報いを、受けてもらう」
国香が、遂に命乞いを始めたが、俺は止まらない。
俺は、国香に向かって歩を進めた。
「ひっ……!」
国香は、震えながら後ずさる。
だが、その背後には既に味方の兵はいない。皆、逃げ去っていた。
「さらばだ」
俺は、刀を振り下ろした。
国香は、その場に崩れ落ちた。
だが、その時だ。
「父上!」
一人の若い武者が、叫び声を上げていた。
国香の子、平貞盛だ。
貞盛は、倒れた父に駆け寄ろうとするが、配下の者が彼を止めていた。
「貞盛様、ここは危険です! お逃げください!」
「だが、父上が……!」
「既に手遅れです! 貞盛様まで失うわけにはいきません!」
貞盛は悔しそうに俺を睨むも、配下の者が無理やり彼を引きずって行った。
(……あの目は)
俺は、貞盛の目に宿る憎悪を見た。それは、俺がかつて都の公卿たちに向けたものと同じ。
だが……。
(……子が父の仇を討とうとするのは、当然のことだ)
俺は、貞盛を見逃した。
追うこともできたが、しなかった。
思えば、この戦も元をたどれば、父を蔑ろにしようとした国香への怒りから始まっている。
(今の貞盛と、同じだ)
貞盛は、馬に乗って逃げていく。
その背中を見送りながら、俺は僅かな胸騒ぎを覚えた。
(あの男が、いずれ……)
だが、その考えを振り払った。今は、目の前の戦いに集中すべきだ。
俺は残る兵に向かい、足を向けた。
野本の戦いは、俺の圧倒的な勝利に終わった。
だが、これは始まりに過ぎない。
「将門様、鬼怒川沿岸にて、平良兼が兵を集めております」
「筑波山の周辺でも、平良正が動いているとのこと」
次々と報告が入る。国香を倒した俺に対し、他の親族たちが動き始めたのだ。
「来るなら、来い。全て、叩き潰す」
俺は、冷静に答えた。もはや、恐れるものは何もなかった。
鬼怒川沿岸での戦い。
良兼の軍勢は、国香よりも大きかった。だが、結果は同じ。
俺の力の前に、兵たちは為す術もなく倒れていった。
「将門様は……鬼神だ……」
生き残った兵たちが、そう呟いた。
筑波山周辺での戦い。
良正は、地の利を活かして戦おうとした。だが、俺の前では無意味だった。
山を駆け上がり、兵を蹴散らし、良正を討ち取った。
そして戦うたびに、俺に従う勢力は増えて行った。
そして、俺の前に新たな敵が現れる。
源護。
常陸国の有力な豪族であり、朝廷とも繋がりのある人物だ。
「将門殿、そなたのしていることは謀反に他ならぬ。今すぐ兵を引かれよ」
源護が、俺に告げる。
だが、俺は首を横に振った。
「謀反? 違う。俺は、ただ自分の正当な権利を主張しているだけだ」
「正当な権利とは、何か?」
「俺は、桓武天皇の血を引く者だ。この坂東を治める資格がある」
「それは……暴論であろう」
源護は、困惑したような顔をした。
だが、俺は譲らない。
「ならば、力で示す」
結局、源護とも戦うことになった。だが、結果は他の戦いと同じだった。
俺の力は、圧倒的だった。源護の軍勢も、俺の前には無力だった。
最早俺に敵うものなどいない。
時置かずして、源護は、遂に降伏した。
「……認めよう。将門殿の力を」
「賢明な判断だ」
俺は、源護を配下に加えたのだ。
その後も、戦いは続いた。
源扶。
下野国の豪族であり、源護の一族だ。彼もまた、俺に対抗しようとした。
だが、源護が降伏したことを知ると、源扶もまた戦意を失う。
「将門殿……私も、あなたに従いましょう」
「よかろう」
俺は、次々と坂東の豪族たちを配下に収めていった。
戦う者は討ち、降る者は受け入れる。
その繰り返しで、俺の勢力は急速に拡大していった。
坂東を覆いつくすほどに。
そんなある日のことだ。
俺は、久しぶりに家に戻っていた。
「父上、お帰りなさいませ」
迎えてくれたのは、長子の良門だった。既に十を超え、立派に成長している。
「ああ、良門。元気にしていたか」
「はい。母上と共に、父上の無事を祈っておりました」
良門の後ろから、妻が現れた。
「お帰りなさいませ、将門様」
「ただいま」
俺は、妻に微笑みかけた。戦場では鬼神と恐れられる俺も、家では一人の夫であり、父だ。
「父上!」
小さな声が響いた。幼い娘、滝が駆け寄ってくる。
「おお、滝よ。大きくなったな」
俺は、滝姫を抱き上げた。滝姫は、嬉しそうに笑った。
「父上、お土産は?」
「ああ、ちゃんと用意してある」
俺は、滝姫に小さな飾りを渡した。
とある豪族が献上してきたものだ。
滝姫が、目を輝かせる。その姿を見て、俺の心は和んだ。
「わあ、綺麗!」
「将門様、他の子供たちも待っております」
妻が、そう言って俺を奥へと案内する。
そこには、他の子供たちや側室たちが待っていた。
俺は、それぞれに声をかけ、土産を渡し、言葉を交わす。
皆、喜んでくれた。
その笑顔が、俺の心を満たす。
(俺は……良き父でありたい)
都で蔑まれ、坂東で争った。だが、この家族だけは、俺を無条件に受け入れてくれる。
思えば、都行きを許してくれた父も、俺をどれほど支えてくれたことか。
妻が、心配そうに言った。
「将門様、無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫だ。俺は、お前たちを守るために戦っている」
「……はい」
妻は、俺の手を握った。その温もりが、俺に安らぎを与えた。
だが、その安らぎも束の間だった。
翌日、俺は再び戦場へと向かった。
下総、上野、下野、武蔵。
坂東の各地に兵を出し、国府を占拠し、権守を追放していく。
抵抗する者は、容赦なく討ち、従う者は、配下に加えた。
坂東一円が、俺の支配下に入っていく。
「将門様、これで関東のほぼ全てが、我らのものです」
配下の武者が、報告する。
「ああ。だが、これで終わりではない」
俺は、さらなる構想を抱いていた。
都で学んだ知識の中に、大陸の王朝の勃興についての話があった。
強大な力を持つ者が、新たな王朝を起こす。
その繰り返しが、大陸の歴史だ。
(ならば、俺も……)
俺には、力がある。
坂東を支配する力がある。そして、天皇の血を引いている。
(新たな王朝を、起こせる)
それは、まさしく天啓であった。
朝廷は俺を認めなかった。
ならば、俺が新たな朝廷を作ればいい。
坂東に新たな政権を打ち立て、この地に王朝を築く。
俺には、それを成せる力がある。
「将門様、民たちが集まっております」
そして、その日。
俺は、上野国府の前に立っていた。
そこには、数千の民と武者たちが集まって、俺を見ている。
「皆、聞け」
俺は、声を張り上げた。
「この坂東は、もはや朝廷の支配下にはない。俺が、この地を治める」
民たちが、ざわめいた。だが、それは恐怖ではなく、期待のざわめきだった。
「俺は、桓武天皇の血を引く者だ。天皇の血を引く者が、新たな政権を作る。それに、何の問題がある」
俺は、続けた。
「今ここに、俺は『新皇』を名乗る。坂東は、朝廷から独立する」
その言葉と共に、歓声が上がった。
「新皇万歳!」
「将門様万歳!」
武者たちが、刀を掲げる。民たちが、拳を突き上げる。
俺は、その光景を見ながら、深い満足を感じていた。
(俺は……遂に、認められたのだ)
都では蔑まれた。坂東でも見下された。
だが、今、この地の全てが俺を認めている。
(これが、俺の居場所だ)
新皇、新たな皇。
俺は坂東の真なる支配者となったのだ。
だが、ふと視線を向けた先、西の空に暗い雲が流れてきていた。
(……嫌な雲だ)
その雲は、まるで不吉な前兆のように、ゆっくりと坂東の空を覆い始めていた。
俺は、その雲に僅かな不安を感じるも、頭を振る。
(この先に、何が待っているかは知らぬ。だが、最早進むのみ)
その不安を振り払うように、俺は進む。
新皇として、やるべきことは山ほどあるのだ。
暗雲など、恐れるに足らない。
そう、自分に言い聞かせながら……。
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