第12話 国盗りを始めましょう♪(改)
バルリングに椅子を用意して、彼には骨付き肉と檸檬水を出しておいた。これで次の一手を打つべく、今回のお茶会を開いた真意を語る。復讐は確定、大事なのはその後だ。プランはあるから、あとは彼らの賛同を得るだけの楽なプレゼンである。
「冥界の王クリストフ様が不在である以上、冥界の新たな管理者が必要となるでしょう。それに伴い冥府の負担を減らすべく、ラディル大国の三分の一を《煉獄領域》にして生と死の境界を改変しようと考えているわ」
「ほぉ」
「へぇ」
「え、オレの仕事が減るなら大歓迎だよ!」
魔王アルムガルドは口元に笑みを浮かべているが「一体に何をやらかすんだ?」と言葉だけは否定的な口調だ。慎重ね〜。死神エーレンは白兎が自分からエーレンに触れたことが嬉しかったのか、しまらない顔に戻る。デレデレじゃないですか。幸せそうなのでいいですが。
バルリング──バルはたぶん『自分たちの仕事が減るなら』と楽観視している。始祖の記憶通り、三者三様の反応を見せていたが、真っ向から否定する声は上がらない。
そこが人間との違いだ。まあ彼らが人族に肩入れする理由もないのだろう。種族まるごと滅ぼすのなら止められるが、今回はラディル大国を滅ぼすだけだし、皆殺しにする気は今のところプランに入っていない。
「ラディル大国は階級制度による格差が酷く、法などあってないようなもの。平民と貴族では法が異なるのです。そして上に立つ者が腐り、国までもが蝕みつつあることも事実。今までは人外貴族、人間、そして対立する魔族との均衡が保たれてきましたが、それももう終わり。すでに天秤は傾いている以上、前と同じようにはできませんわ。何せ私たちを奴隷にして愛玩具にするとか言い出したのですから」
非才で短命で愚かな人間が、よくもそこまで大きく出たものだと感心してしまう。
「ラディル大国は人類の防壁の要として、他国に恩を売ってきた。余や魔族を魔獣と一括りにし、絶対悪を押し付けて『侵略の魔の手から人類を守る』という大義名分を、今後使わせる気はない。自分たちのメリットを自分たちで消失させて、何を考えておるのだか。自業自得だな」
「魔王討伐が出来たからこそ、魔族領域も手に収めようと目論んだのかもねぇ~。ばっかだな。ほんと底なしの強欲だよ〜。魔族や人外貴族こそが人間を慈しみ、邪気で発生する魔物や魔獣から保護し続けてきたというのに。死神として、教会としても大国の暴走は看過はできないねぇ」
本当の脅威は魔族でも人外貴族でもないのだ。厄災を生み出す存在、邪神から止めどなく生み出される魔獣と魔物。邪神そのものを封印していてなお、一定の期間によって邪気が噴き出して様々な厄災を齎す。
その邪神は、先ほど話題に上がった冥界の王クリストフの双子の兄、ジュノン・グラーナード。クリストフが毒なら、兄であるジュノンは邪気を纏っている。世界のありとあらゆる災いを生み出す元凶であり、殺すこともできない神の一柱。
乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》の中で起こるトラブルや厄災の原因は、全て邪神ジュノンの邪気から生まれたものだ。意図してではなく、邪気が一定量蓄積されると産み落とされる。その邪気は、人間の感情と数によって決まってくるのだ。
つまりは人間の悪感情こそが邪気を生み出す元、ならば人類の数を減らしてあげればいい。ちょうどいらない生ゴミがあるのだから、篩に掛ける時が来たのだろう。
「人族、人外貴族、魔族、死神は盟約を結び厄災を回避、あるいは被害を最小限に抑えてきた歴史を忘れるとは、嘆かわしい。だいたい王家だけしか伝わっていないから、周囲の馬鹿貴族たちが増長するのだ。建国の際に余が忠告してやっというのに!!」
「人間は短命ですから目先の利益や、栄光に釣られてしまうもの。そして今回の騒動、国王は知らなかった──あるいは既に洗脳状態だったのかもしれないわね」
「洗脳……だと?」
「女王陛下、発言の許可を頂いても?」
「!?」
ちょ、ベルフォート侯爵! 突如、影から姿を現さないでほしいのだけれど! 私がビックリするから! 内心バクバクしつつも、優雅に微笑んで誤魔化す。
「いいわ、発言を許可します」
「ありがとうございます。死にかけの宰相をごうも──問い詰めたところ、スチュワート殿下に王位を継がせ、自分が宰相として君臨する。そのために天使族のテオバルトと共に異世界召喚を使い、聖女リリスを呼び出したそうです。リリスは浄化魔法レベル1ですが魔道具改良関係は有能だったらしく《従属の腕輪》を上手く使いこなしているようです」
宰相死んでなかったのね。というか死にかけを助けていろいろ情報を吐き出させるなんて、グッジョブだわ、侯爵!
「まそう。『王家は操られていた』から『知らなかった:』からという理由だけで許す気もないけれど」
「だから私怨で動くってことぉ?」
エーレンの言葉に口元を綻ばせた。ああ、そう思われていたのね。
なら──。
「半分は。でももう半分は私の眷族、そして弟妹の未来のために幸せな暮らしをさせたいの。怯えず、人外であるというだけで迫害されず、穏やかな日々を。……それなら一度ラディル大国を滅ぼして、私の国にしたほうが手っ取り早いでしょう? 人外貴族が人族を滅びないように、管理するのよ」
荒唐無稽。
貴族たちがこの場にいたら失笑していただろう。しかし、ここに居る者たちは──魔王アルムガルドは目を輝かせて笑った。嘲るでも、下卑た笑みでもない。心から愉快そうに口元を緩めた。
「なるほど。人間を滅ぼすのではなく、国盗りというのなら余は賛同しよう。近年のあの者たちの物言いは看過できんからな。稀に王都で画材を買いに赴けば、貴族だというだけで偉そうに人外貴族を馬鹿にしていた。貧困の差も酷いものだ。あれでは生まれた時点で、将来の選択肢が決まったようなもの」
「ええ。現在のラディル大国は人口の10パーセントにも満たない貴族たちが国を牛耳って、当たり前のように特権を行使しているわ。この階級制度は簡単には覆らない。だからこ一度滅ぼす必要があるわ。それに私たちが管理したほうが、遙か先まで見通せるでしょう。始祖の過ちは人間、魔族、人外貴族を対等として扱ったこと。だから人間は自分たちが尊き素晴らしい存在だと過大評価して驕ったのよ」
「オレは自分らの仕事が減るなら喜んで!」
「僕も賛成。年々濁った魂も増えるし、一度洗い直したほうが邪気は減るからねぇ。そうすればモフモフを堪能する時間が増える! それに君がどんな形で国盗りするのか気になるなぁ~~」
エーレンは白兎を自分の膝の上に座らせて頭を撫でた。まともなことをいっているのだが、締まりのない笑顔では説得力がない。微笑ましいのだから別に良いのだけれど。
「まず邪神の封印を解いて彼を解放しますわ」
「「「は?」」」
「魔獣や魔物の出現ポイントを以前よりも明確にするためにもジュノン様には、エーレン様と同じように周囲に影響を及ぼさない衣服を着て貰おうと思います。それとは別に各地で魔獣や魔物が出現するスポットを敢えて作り出し、そこに戦力を割り振るのです」
一瞬、驚いた彼らだが「作ったのかついに」とか「その領域の素材を集めたんだな」とか、どこか同情的に頷いていた。そうよ、記憶が無くても素材集め頑張っていた私を同情じゃなくて褒めてちょうだい!
「そういえば今まで邪気が堪る明確な場所とかなかったな」
「ええ、各領地で対処となるのがほとんどでしたので、領地によって被害規模が異なっていたのよ。財力に余力がある領地ばかりではないのよね。だから私の統治する国は、ある一定の周期で魔物や魔獣が来るという前提で予算と人員を割り振ります。需要と供給ね」
「あー。僕も呪物をわざとばら撒いて拡散させていたから、それらを共有して対処に当たらせるのは良い考えだよぉ」
ですよね〜。ゲームの時はなんて迷惑なって思っていましたもの!
そもそも着想はエーレンが呪物を一定の場所に放置したままだった苦々しい思い出でしたし。そういえばなんで教皇なのに、神官たちに共有しなかったのかしら?
「エーレン様。ずっと気になっていたのですけれど、教会側に指示を出してなかったのですか?」
「出していたけれど……あれ? 五百年前……だったかも?」
「「「おい」」」
そうか。人間相手だと半世紀だけでも、人が入れ替わり立ち替わるのだ、伝統や慣わしや仕事内容の引き継ぎがされていなかった可能性が大いにある。というかたぶんゲーム設定では、受け継がれてなかった。シナリオ展開的にはバトルとか挟むから、システム上、必要だったのだろうけれど。
「邪神の対応は私に任せてちょうだい。それと《煉獄領域》を作り出すから、死後でも生前の者と会えるようにするし、裁判の証人としても参加してもらう。法も改修しないとね」
《煉獄領域》。死した者たちは冥界に落ちるのだけれど、冥界で裁判前の空間こそが《煉獄領域》と呼ばれている。以前は冥界の一角を拡張していたのだが、裁判まで時間があるのなら生前の整理をして貰う場所をあてがうのはどうだろうか、と思ったのだ。
死人に口なし。けれどその常識が覆ったら?
死んでも一定期間は地上に作り出す《煉獄領域》に住んでもらい、罪を償う機会、置いてきた家族や親族との再会と別れまで猶予を与えること、冤罪を亡くすことなどかなりメリットがある。
なにより死んだら終わり、ではなく死んだら何もかもが白日の下に晒されると思えば、犯罪そのものの抑止力にもなる。あと純粋に罪人は強制労働を行い労働力にすることも出来るだろう。
「ほお、てっきり武力による恐怖政治で人間に刷り込むかと思ったが……」
「そんなことをしても無意味よ。人族は短命で先の先を見る者は多くない。私が国盗り後は、法と秩序でまとめ上げるわ。そして罪人が死後どうなるかも分かれば、犯罪も下がるでしょう」
「うんうん。人間は短命だからね~。世代が変わるごとに過去の恐怖は薄れて形骸化してしまうからさ。法の中で対等なら僕はありかなぁ。それに……またクロードに会えるのなら悪くない」
「余に負担がないなら、大いに賛成だ」
「オレも今より住みやすくて仕事が減るなら!」
「ご理解感謝いたしますわ」
前世で地獄や煉獄がなぜあんなにも具体的だったのか。それは道徳を育て第三者が見ている、悪い事をしたら罰が当たる。そういった絵本や昔話など教訓ものは多かった。
刷り込みこそが大事であり、実現させれば考えを改める者も出てくるはず。もっともそれでも一定数の頭のおかしい強欲かつ、自分を顧みない人間も一定数いるだろう。そんな人間はサクッと刈り取って、死者となって浄化できるまで強制労働に当てればいい。
魂が耐えきれず消滅するか、数百年の責苦を味わうか。一瞬の死で終わると思ったら大間違いよ。ふふふっ。
「ということで、これからジュノン様に会ってくるわ。そして復讐ののち国盗りが終わったら、文明発展に尽力するわよ! まずは芸術、音楽、料理や建造物、魔道具技術の底上げ! 学び舎にも力を入れるの!」
「おおお!!」
最後の本音にその場にいた全員の士気が上がった。
復讐はする。法と秩序で固めるけれど、窮屈にならない、楽しい国にする。絵空事だけどやってみたいじゃない!
「ふははは、ならば美術館を建てて余の作品展などどうだ?」
「採用!」
「モフモフできる場を」
「モフモフと戯れるカフェを作りましょう!」
「美味しいもの!」
「食文化の向上はいわずもがなよ」
ぽぽん! と魔王、死神、冥界の許可は得た。国盗りの話も概ね受け入れられつつある。そっちのほうがアッサリ通ったほうが驚きだけれど、あとは邪神との交渉だわ。
まあ、こっちは交渉決裂しても、目的が果たせれば良いんだから気楽に行きましょう。
さて、あの国に仕込んだ一手はどう芽吹くかしら。
2025/08/25内容を調整しました。




