第13話 第二王子エルバートの視点1(改)
自分にとってアメリア・ナイトロードは、有能な駒だった。
第一王子の代用品である自分は凡庸すぎた。第一王子のランベルトは母親が伯爵家というのが欠点のみで、文武両道、品行方正、模範的な傑物。第三王子スチュワートは社交性と、人を惹きつけるカリスマを持つ。愛嬌もあり市民にも慕われている。
自分だけが何も持っていない。
持たざる者。だからこそ人外貴族の筆頭であるアメリアと交流を持とうと考えていた矢先、土砂崩れの事故で、第一王子が行方不明になった。
これで私が王太子に!
そう喜んだ矢先、別世界の自分の末路を知った。予知夢と言うべきだろうか。
このままいけば私は王太子授与式で片腕と片目を失い、王位継承権も失う。それだけは避けなければ、ようやく陽の目が出たのに潰されてたまるか!
宰相ディルカディオは自分に都合良く動く第三王子を王位に就かせようとしていたので、『王位継承権を放棄してそちら側に着く』という切り札を持って接触を試みた。その結果、人外貴族の奴隷化計画に協力する形することで暗殺は免れたが、怪しまれないよう魔物の襲撃を利用して、人外貴族の戦力を削ることに協力する。
リストに上がったのは、アメリア・ナイトロード家を含めた人外貴族。
王太子授与式では、最小限の被害に止まり人外貴族に大きな損失はなかった。だが狡猾な宰相は、この時にアメリアに呪術をかけて、数年後に魔力暴走を引き起こす計画に切り替える。全ては計算尽くで、着々と計画は進んだ。
そしてあと一歩というところで、宰相ディルカディオは姿を消した。アメリアを殺した日から姿をくらましたと、リリスと第三王子が喚いていたが、こっちだって同じ気持ちだ。
宰相という舵取りがいなければ、今回の計画は全て水の泡だというのに。そんな焦燥しきった時、あるパーティー会場で運命の出会いをした。リリスと第三王子がある人を紹介したのだ。
「エルバート殿下。リリスの護衛をしております、テオバルト・ヘルツォークと申します」
テオバルト・ヘルツォーク。
天使族で人外貴族当主の弟だった彼は、自分の父とそう変わらない歳だというのにドキリとした。彫刻のように美しく、薄緑色の長い髪、甘い笑み、どこまでも貪欲で欲望に忠実な――猛禽類を彷彿とさせる男だった。二十代前半の外見だが、実年齢はもっと上なのかもしれない。
芸術的な美しさを持つ男で一対二翼の形、艶やかな髪を美しく思っていたのだ。初めて髪に触れたいという抑えきれない衝動に驚愕する。王族として感情をコントロールする技術は叩き込まれていても、溢れる衝動に耐えきれなかった。
「その……不躾なことをいうが、いつかその髪に触れても良いだろうか?」
「!?」
「兄上?」
「まあ、エルバート様は美しいものがお好きなのですね! わかりますわ」
「あ、ああ。有り難う。……ヘルツォーク殿、失言だった」
「いえ……王族の方に褒めていただけるとは光栄でございます」
「謙遜されることはない。綺麗な髪だ、思わず触れたくなってしまうほどに」
酒の席だと言い訳をするつもりだったのだが、テオバルト殿は言葉の意味を理解した瞬間、顔を真っ赤にしたのだ。
「え? 触れ?」
「ああ、これほど美しい髪を見たことはない。光を浴びると七色に煌めくなど、今日初めて知ったが近くで見ても離れていても、やはり貴公の髪は素晴らしい」
「……ありがとう……ございます」
蚊の泣きそうな声を出す意味がわからなかったが、『天使族の髪に艶やかさは魔力量に比例される。それゆえに、髪の賛辞は求愛行為に等しいそうですよ』とリリスの助言で気付く。
知らなかった! ……では自分はテオバルト殿に求愛を?
羞恥心と後悔に襲われ、頭を抱えた。王族らしからぬ言動は勿論のこと自分がこれほど心をかき乱されて、本音を口にする愚行を犯したことを猛省する。
髪など、どうでもいい。それよりも今後の方針を決めるのが先だ。
***
それから数日が経った頃。
偶然にもお茶会でテオバルト殿と鉢合わせする。夜とは異なり、昼間に会う彼の髪は神々しく輝いていた。
「これはテオバルト殿……」
薔薇の咲き誇る庭園の中でも彼の髪はひときわ美し──いや、なぜ、髪に心を乱されるのだ? しかも異性ではなく、同性……自分よりも年上で、人外貴族だぞ?
だいたい今まで感情が動いたこともなかったのに……。
「エルバート殿下、少しお話しさせていただいても?」
「あ、ああ。その……貴殿の……」
サラサラな髪が風に揺れるのを、どうしても目で追ってしまう。集中できずに言葉もしどろもどろだ。やはり綺麗で美しい。触れたらどんな質感か、さらさらで良い香りがするのだろうか。
「そんなに私の髪が気になりますか? 一族は勿論、他種族からも忌み嫌われているのですが」
「はああ!? この真珠のように光の加減で美しく、オーロラのように心を癒し、魅力的だというのに、きっと目が腐っているに違いない!!」
またしても感情的になってしまった。どうにも彼の前では上手く取り繕えない、そう思って落ち込んでいると、テオバルト殿は突然笑い出した。
「……っ、失礼。感情的になってしまった」
「ハハハハッ、面白いことを言われるのですな。他種族はもちろん、妻ですらこの髪を嫌っているというのに、殿下は違うという」
「美しいものを美しいといって何が悪い」
「……世界でたった一人でも、この髪を褒めてくださる。それだけで救われた気持ちになります。殿下、貴方を信用出来る方だと見込んで――私の夢を語ってもよろしいでしょうか?」
テオバルト殿は目をキラキラさせて、子供のように笑った。大人になっても無邪気に笑うことができる彼がどこまでも羨ましい。
「貴殿の……夢?」
「はい。子供じみた話ですが、私はそれを成したい」
そういって話したのは人外貴族の頂点に立つことであり、王家を天使族が守護する形で盾となり剣となること。それによって人外貴族を解体して、人外たちにも階級を大きく分けたい。
つまりは人間社会のように、王族、貴族、庶民――そして奴隷制度を取り入れたいと言い出した。
正直に言って荒唐無稽。世界征服を夢とする子供のようだ。
「我が天使族は風の神から零落して鳥人族、そして天使族と進化を遂げてきました。それなのに、派生したのがわずか300年の若輩者というのです。それが我慢ならない」
「なるほど。人外貴族は元を辿ればみな神々を始祖に持つ。だからこそ貴殿は現在の立ち位置に不満なのだな」
「それもありますが、天使族は守護することで強さを増す一族です。たった一人の主人を見つけた天使族は、恐るべき成長を遂げる。それこそ一騎当千の力を振るうでしょう」
テオバルト殿は唐突に、自分に片膝を突いた。コートが揺れる様、靡く髪、真っ直ぐに自分を射貫く双眸は何処までも真剣で、目が離せない。
「私を貴方の盾と剣にしていただきたい。そして私の悲願を叶えてくださいませんか?」
それはとても甘美で、危険な言葉だった。
先ほどから脳内に警報が鳴り響いている。この思いに応えてはいけない。
間違いなくこの国を根底から突き崩す一手になる。
そう予感があった。
破滅の予感が。既にナイトロード家を裏切り、人外貴族への粛清も開始されている。今の私には後ろ盾となる貴族は大きくない。もともと人外貴族と懇意にしていたのもあるが。
慎重に、絶対に欲張ってはいけない。
「テオバルト殿、非常に残念だが、自分は――」
「もし引き受けて頂けるのなら、私の髪を好きなだけ触れて頂いても構いません」
「――っ!?」
「なんならこの髪を切って、貴方に献上しても」
「それは駄目だ。貴殿の髪は神々が授けた唯一無二のもの! 決してそのようなことはしてはならない……」
宵闇に照らされた髪はやはり美しく、彼の背にある白亜の翼よりも幻想的だった。だが昼間はより神々しい。神から使わされた特別な存在、故に天使族と名乗る彼らを傲慢だと言う者も多いが、自分はその美に魅入られてしまったらしい。
今度は首を横に振ることは――できなかった。
2025/08/25内容を調整しました




