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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
虹が好きでも、雨が降らないと虹はでないんだよね。
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第三話

 光司が台所へ立ち、孝江はシャワーを浴びるという。

 竜介は、大きな欠伸あくびをしていた。見ていると、そのままずるずるとソファーに埋もれて寝そうな雰囲気だった。

 子供っぽくて本当に面白い。


 私はまだ、自分のカバンが竜介の部屋にあることを思い出した。そっと立って二階へ上がる。

 そのまま持って下へ行こうと思ったが、夕べから携帯の電源を切ったままだったことに気づいた。中の携帯電話を取り出し、メールのチェックをした。


 夕べのデートに来なかった豊和からのメールが入っていた。真夜中の送信になっていた。

《後輩の相談にのっていたら、いつのまにか時間が過ぎちゃってて、ごめん。また今度。》


 もう笑うしかなかった。怒るのもばかげている。

 豊和はいつもこんな調子で、すぐにわかる嘘をついてきた。デートのドタキャンも多いし、昨日のようにすっぽかされることもある。

 そして、他の女の子と歩いていたという噂も耳に入っていた。

 一度、そのことを問いただしたことがあった。私の涙ながらの訴えを、彼は怒るなよ、と言って、キスをした。それが私のファーストキスだった。

 あの時はキスされたことにボーとしてしまい、キスが愛情の表現だと勘違いした。しかし、今ならわかる。あれはごまかしのキス、いわゆる口封じだ。でも、そのたびに許してしまっている私も甘い。


 平井豊和は、私と同じバドミントン部に所属している。一年生の頃からつきあっていた。彼はどこかのアイドルに似ていて、一緒に歩いていても他の女の子が振り向いてみたりする男の子だった。

 豊和は自分がもてると知っているから、他の女の子たちにも愛想がいい。だから私はいつもジェラシーを感じていた。


 昨日の放課後、映画を見に行く約束をしていた。待ち合わせの正面玄関前でずっと待っていた。何度、携帯に電話をしても出なかった。待つより術がなかった。

 映画が始まる時間になっても現れなかった。薄暗くなった誰もいない学校で、心細くなった私はずっと涙をこらえていた。

 ふと、部室を覗いてみようかと思った。しかし、やめた。今日は部活はないのだ。豊和がいるはずがなかった。


【もしも、この時、私が部室を覗いていたら、また世界は変わっていただろう。豊和は私の友人である沙織と二人きりでいたのだから】



 もう一つのメールは祖母からだった。

《誰のところに泊まったの?ちゃんと連絡しなさい。今日は早く帰ってきなさい》


 祖母は、私が夕べ、父親らしい人からの手紙の話を聞いていたことを知らなかった。ただ、いつものように友達のところへ泊っていると思っている。

 そのメールを見て、急に現実に引き戻されたような気分だった。ここの、竜介たちのいい雰囲気に包まれていたのに。


 昼過ぎに帰るとだけ返信して、また携帯の電源を切った。

 ベッドの毛布をきちんと直して、ついでに床に散らかっていた雑誌やゲームのソフトを拾い、机の上に置いた。

 男の子の部屋って初めて入ったけど、想像していたよりは片付いているかなと思う。


 カバンを持って、竜介の部屋を出た。

 下へ降りていくと、もう台所からいい匂いが立ち込めていた。台所を見ると、光司が一人で忙しそうにしていた。

「なにかお手伝い、しましょうか」

と声をかける。

 男の人が台所にいて、女の子がリビングで座っているシチュエーション、私の家ではありえないからだ。しかし、光司はにっこり笑い、首を振った。

「こっちは大丈夫、どうもありがとう。由紀乃ちゃんはそっちで竜介のお守りでもしてて」

「いいんですか?」

と聞くと、竜介も台所へ入ってきた。

「なんだよ、お守りって」

と、口を尖らせた。

 それが子供なんだって思う。思わず吹き出しそうになるのをこらえた。

「光司くんは手伝いなんていらないよ。それどころか台所へ入ると邪魔者扱いされる」

「そうなの?」

 さすが、一軒の店のメニューを作りかえただけある。ちょっと見ていたが、ものすごく手際がいい。フライパンを熱しながら野菜を切り、炒めて、蒸らしているわずかな時間にはもう使ったまな板を洗っていた。これなら無駄な時間などなく、料理ができるだろう。料理ができたと同時に、洗いものも片付いているという理想的な料理の手順だ。

 私も祖母と一緒に台所へ立つが、私にやらせてもらえるのはカレーと天ぷら、サラダを作ることだ。まだまだ、私に任せるのは歯がゆいのだろう。


 竜介がゲームを始めた。テレビの画面いっぱいに広がったテニスコート。

「ほうら、相手してやるよ」

と、もう一つのコントローラーを投げてきた。かろうじて胸で受け止める。

 いつのまにか、画面にはわたしのような女の子の顔が存在していた。名前は「雪江」で、竜介らしい顔には「龍之介」となっていた。光司の顔には「小次郎」、二人は侍みたいだと苦笑した。

「孝江さんは?」

「叔母さんは孝子になってる。まあ、滅多に遊んでくれねぇけどな。知明の顔もある。明知になってるんだ。あいつはここへは来ないけど」


 大手ゲーム会社の体を動かすゲームだった。画面に合わせて、自分のコントローラーでボールを打つ真似をするだけでボールを打ち返せる。

 でも、私はそんなゲームは初めてで、つい本物のボールを追いかけるように腕を振り、力が入っていた。竜介は軽く腕を動かすだけだ。それだけで私のコートにすごいボールが飛んできた。

 こっちは肩で息をしているのに、竜介は涼しい顔をして勝っていた。


 光司がその様子を見ていう。

「竜なんて、毎日やってるんだからかなうわけないよ」

「ゲーマーですか」

というと、竜介は真顔で、宇宙戦争のための訓練だ、と言った。

「それは大変ですこと」

と言って笑った。


 光司は孝江がシャワーから出てくるタイミングで、料理を出してきた。

 クリーミーなスパゲッティ・カルボナーラと小エビの入ったサラダ付き。

 イタリアレストランで、このまま出されても通用するようにおいしかった。

 食後にもう一度ゲームをし、私は洗い物を手伝った。

 もう少しこの場にいたかった。会ったばかりの人たちなのに、妙に馴染んでいて帰りたくなかった。しかし、帰らなければならない。

「泊めていただいてどうもありがとうございました。光司さん、スパゲッティ、とてもおいしかったです。ご馳走さまでした。今度、お店に行きますね」

と言って頭を下げた。

 光司はにっこり笑って、店に来てくれたら何かおまけするからね、と言ってくれた。

 孝江は、外国人のように両手を広げ、私を包み込むように抱きしめてくれた。そういう動作が自然にできる人だ。


「ね、由紀乃ちゃん。また来て。竜介がいなくてもいいからさ。この叔母ちゃんの話し相手になってよ。ここって、女っ気がないでしょ。この青年たちもそっけなくってさ。なかなか相手、してくんないの。なんかおいしいものでも食べて、洋服とか見ようよ」

 孝江からのデートのお誘いだった。

「はい、ぜひ。ありがとうございます」

 孝江は自分の携帯電話を出した。

「ねえ、メールするからアドレス、教えて。ボーイズには内緒で」

 本当に孝江は楽しい。


 竜介が駅まで送ってくれるという。カバンも持ってもらい、二人でトボトボと歩く。

 駅は五分足らずの距離を、二人とも無言で歩いた。

 昨日と今日の出来事を考えていた。竜介たちと出会ったことで、今までと何かが変わった。目に見えている世界は同じだけど、違う何かを感じていた。


 駅に着く。私は竜介からカバンを受け取ろうとした。

「なっ、体力あるか?」

「えっ、どういうこと?」

 竜介は目をそらして、全く別の方向を見る。

 

 なに?言いづらいことなの?

 わずか十数時間しか一緒にいないのに、竜介のことがわかってしまっている。照れることとか、言いにくいことがあると言葉を濁したり、真っ直ぐ目を見てこないのだ。

「お前んち、昨日会ったあの交差点の近くだろっ」

 竜介がなにを考えているのか、その先までは見当がつかないままうなづいた。私の家は、あの交差点より少し奥へ入ったところにある。

「歩こう。オレ、お前んちまで送ってく」

「えっうちまで?ここからだと一時間以上かかるよ。いいの?」

「オレはそんな軟弱じゃねぇよ。部活なんてそのくらいの距離、走ったりするからな」

「あっそうか。それなら私も大丈夫。バドミントン部も結構体力づくりのランニング、してるし」


 駅の前を通り過ぎた。

 竜介からそう言ってくれたことがうれしかった。このまま電車に乗って帰っていくんだ、竜介は私に背を向けて帰っていくんだというシーンを想像していたから。

 本当は手をつなぎたかった。でも、そんなこと、できない。私たちはつきあっているわけじゃないし、女の子から手をつないだら、硬派の竜介が驚くだろう。

 ねえ、本当に私たち、夕べ初めて会ったんだよね、と自問自答する。それ以前は、お互い知らない存在だったんだよね、と。


「なっ、叔母が言ったあの言葉、覚えてる?」

「え?孝江さんの?」

 なんだっけと思う。

 少しの間、考えなおしてみる。そう言えば曖昧な事を言われたっけ。次に会ったときに説明するとも。

「叔母ってさ、人に見えないものが見えるんだ」

 竜介の意外な言葉に、思わず顔を覗き込んだ。

「見えないものって・・・・・・たとえば、幽霊とか?」

「あ~、あの人なら見えるかもしれないけど、いつもは人のオーラとか感じてる」

「へ~え、じゃ今日、孝江さんは私たちのオーラを見ていたってことなの?」

「うん、そう。疲れているとオーラがくすんでくるらしいんだ。早く寝ろとか言われるしな」

 そう言われてみれば、竜介と私のいる空間全体を見ている感じだった。それが何なのか教えてくれなかったけれど。

「なんか、変なものが見えたとか?」

 少し不安になる。一体どんなものが見えたというのだろうか。全く未知の世界だ。

「ん~、わかんねぇ。それはないと思うけど」

 竜介もそれ以上は言えず、言葉を切った。


 しばらく、二人また無言で歩いた。

「次に会う時に教えてくれるって言ってたし、その時に聞くわ」

「うん、そうか。そうだな」

「わかったら、差支えないところまで教えてあげる」

「うん」


 家に着くまで、お互いの部活の事や学校のことを話した。あっという間の一時間だった。もう目の前が家だった。


「本当は中へ入って、お茶でも飲んでもらいたいとこなんだけど、今、家の中、ごちゃごちゃしてんの。ごめんね。今月末でここ、引っ越すから」

「え?どっか、行っちゃうのか」

「祖父母がね。祖母の生まれ育った町へ引っ越すの。のんびり暮らすんだって」

「お前は行かないのか?」 

 また竜介はお前を連発する。

「お前じゃないでしょ、由紀乃です」

「わかってる、そんなこと」


 面倒くさそうに、そして指摘されたことがちょっと不満だったらしく、竜介はまた口を尖らせた。

「私は学校の寮へ入るの。ちょうどくんだって。祖母の町って富士山の方だから、学校、変わらなきゃイケないでしょ」


 祖母は富士吉田という富士山のふもとの町で生まれ育っていた。そこの眺めのいいマンションを買い、のんびり暮らすのだ。

 祖父は毎日、湖で釣り三昧だと大喜びだった。

《由紀乃の卒業を待ちたかったんだけどね》と言っていたが、今、売ればかなりいい値段で買い手がつくと不動産屋に勧められ、売りに出したらすぐ買い手がついてしまった。


「高校卒業したら、アパートを借りて独り暮らしをするの。それまでは寮で頑張らなきゃ」

 本当は寮には一抹の不安がある。途中から入居するし、三年生との相部屋だ。本当は満室だったのに、一人が家の事情で出ることになったという。

「そうか。また会えるな」

 竜介がそう言って笑顔を向けてくる。そう、そうだ。不安がっていても仕方がない。あと約二年間は寮で過ごすしかないのだ。

「うん、またね。本当にどうもありがとう」

 竜介からカバンを受け取る。

「うん、こっちこそありがとうな」

 まだ、名残りおしかった。

「メール、孝江さんに絶対してって言って」

「うん、わかった」

 竜介は笑顔で手を振り、駅の方へ向かった。


第二章の一話で、一人称のつもりが三人称になっていました。7月27日に修正しています。

ご指摘、ありがとうございます。

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