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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
みんな幸せそうに見えるけど、実は苦労して悩んでいるんです。
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第二話

 知明のクラスメイトという由紀乃は、もう夜の九時を過ぎているというのに、結構大きなカバンを下げていた。高校生が今から出かけるのには遅い時間だった。それとも帰るところなのか。


「これからどっか、行くのか」

「う・・・・・・ん、別に」

 言いたくなさそうな、都合の悪そうな返事だった。目もそらす。


 こいつ、わかりやすい。顔さえ見ていれば、大体何を考えているのかわかる。面白い奴だ。

「じゃあさ、ちょっとつきあえよ。あの・・・・・・さっきはどうもありがとう。由紀乃が声をかけてくれなかったら、オレ、やばかったかも」

 トラックのスピードとその距離を思い出した。また冷や汗が出る。

「一応、お前、命の恩人だからさっ、なんかおごるよ。そこのファミレス(ファミリーレストラン)、いこっ。実はさ、オレ、腹減ってんだ」


 オレの方から女の子を誘うってこと、したことがなかったから、どううまく言えばいいかわからなかった。しかも面と向かって言えず、照れ隠しに明後日の方向を向いていた。お礼というのは口実で、実はこのまま由紀乃とさようなら、したくなかった。

 由紀乃はそんな態度のオレを気にすることもなく、にっこり笑った。

「うん、そういうことならつきあったげる」


 二人でレストランへ入ると、オレ達と同じ年くらいのアルバイトの女の子が営業スマイルでようこそ、といった。店内はまあまあ混んでいった。金曜日の夜ならこんなもんかと思う。

 夕食のピークを過ぎているので、すぐに窓際の席に案内された。

 周りには、学生たちや近所のおばちゃん連中、家族連れが座って談笑していた。


 由紀乃はちらりとメニューを見てすぐに戻した。

「私、チーズケーキとドリンクバー、頼んでいい?」

と聞いてきた。

 結構、謙虚だ。それがオレの命の代償か?安い、安いぞ。まあ命のお礼にファミレスに誘ったオレもオレだが。

「そんなんでいいのか?」

「うん、チーズケーキが食べたいの」

「オレは腹減ったから、ハンバーグステーキセット」


 そう、オレは夕食を食べ損ねていた。

 オレの双子の兄、知明は幼いころから腎臓が悪く、そのためによく熱を出していた。

 小学校へ上がる前に、長期で入院しなければならなくなり、母がずっと付き添うために、オレは隣町に住む母の妹、孝江叔母さんのところに預けられた。叔母のところにはオレ達より三歳年上の男の子、光司こうじがいた。

 叔母は看護師をしていて、おまけに離婚していたから、その頃まだ元気だった祖母がよく通って面倒を見ていた。だからそこへオレが一人転がり込んでも不都合はなかった。


 オレは小さい頃、オレと同じ顔をしたあいつがそんなに深刻な病気だとは知らなかった。オレが遊んでいるとあいつはいつもうらやましそうに見ていた。まだ、あのころの母はオレにもやさしかった。

 オレが知明に、外で遊ぼうと誘うといつも母が返事をした。

「竜ちゃん、知ちゃんはね、お外で遊べないの。すぐお熱が出ちゃうから」

 そう言って、知明の鼻先でサッシを閉めた。だからオレはいつも一人で遊んでいた。


 ちゃんとした明りの下で向き合ってみる由紀乃は、思ったよりもかわいかった。

 目がくりっとしていて、肌も健康的に少し日焼けしている。小さな花のピアスもネイルの花柄とマッチしていた。

 由紀乃は南高校だった。あそこは勉強さえしていれば、髪はパーマをかけようが染めようが咎められないと聞いていた。だから由紀乃みたいにおしゃれが楽しめるのかもしれなかった。


 向こうも明かりの下でオレの顔を見ていた。まあ、もう知っての顔だろうが、知明とは違う性格が表れていると思う。

 オレは結構一年生に人気があった。同級生の女の子たちはオレのそっけなさと悪口あっこうを知っているから、軽くあしらわれている。しかし、走ったら絶対に負けたくないからいつも一位。陸上部からのお誘いが未だにある。

 外で運動しているときは、女の子たちがキャーキャーと騒いでくれている。剣道も小学生の時から、従兄の光司と一緒に道場へ通わせてくれたので、今は副主将もやっていた。


 由紀乃はじっとオレの顔をみていて、やがてぷっと吹きだした。

 え? こいつ、人の顔を見て笑った?

「なんだよ、失礼だろっ。マジ、信じらんねぇ」

 思わず口を尖らせて、抗議をした。

「ごめん、笑うつもりじゃなかったの。だけどさ、知明くんにそっくりだけど全然似てないって思って」

 由紀乃は苦笑しながら、笑ったことを許して、と顔の前で合掌した。


「ああ、それ、よく言われる。いつもおとなしい秀才で、子供の見本みたいなのが知明」

 そこで一度息を吐いた。

「オレは同じ顔をしているのに、がさつで乱暴で、バカで出来損ないの竜介」

 由紀乃は驚いた顔で見た。

「そんな、そこまで言ってないよ。ひどいよ、それっ。自分でそんなこと言わないでよ」

 由紀乃は必死になって、オレの言ったことを打ち消してくれた。自分でも言い過ぎたかなと思う。普段なら初対面の人に、というか友達にもここまでは自分の卑下したことを言わない。

「いいよ。ちょっと大げさに言ってみただけだよ」

というと、由紀乃はほっとした表情を見せた。


 でも、これは本当のことだった。母はそう言葉に出さなくても、いつもそう言う目でオレを見ていた。そう、いつも。


「加藤くんって腎臓が悪いんだよね」

「うん、入退院を繰り返したり、夜中に熱が出ると救急にとんでいくから、オレは小さいころから叔母のところへ預けられていた。それでそっちの地域の学校へ通ってて、知明とは小学校から別々だった。だからあいつとは兄弟のようで兄弟じゃない感じ」

「へ~え」

 由紀乃がオレをかわいそう目線で見ていた。憐れみもある?

 少しむっとした。全然そんなんじゃない。


「今日はさ、ちょこっと知明に頼まれたもんとか買って、実家へ届けたんだ。だけど母とやり合っちゃって」

と、今日のことを語り始めた。


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