①③④
その言葉が口から出ようとして飲み込んだ。
キャンディスの十数年も勝手に想像していた母親像がガラガラと崩れていく。
この日からキャンディスはバイオレット宮殿に通うことになったのだが……。
キャンディスはリナに振り回されることになる。
彼女の行動はキャンディスの予想通り、予測不能だった。
キャンディスに愛情を伝えようとしているのはわかるのだが、それがすべてから回っていて周囲に迷惑をかける形になっている。
キャンディスはここ数日、「お母様──ッ!?」と叫んでばかりいた。
何もないところで転び、自分から物にぶつかりにいき、物を壊しまくる。
よかれと思ってやっていることが裏目に出たり、危険を認識していなかったりとキャンディスはハラハラしていた。
つまり彼女は周囲を心配させる天才なのだ。
天然とでもいえるのだろうか。
行動も大胆で病弱だったから世間知らずなのだろうが、悪意がまったくないのが厄介だ。
キャンディスの顔を見るたびに大号泣で再会を喜ぶ。
おっとりしていて感情を隠しもしないところが貴族の令嬢だとは思えない。
ラジヴィー公爵の苦労が初めて理解できた瞬間だった。
キャンディスはリナの手紙を順に読んでいたが、その片鱗は手紙の内容にも現れている。
あまり母親という感覚はないが、わかったことといえばキャンディスとはまったく似ていないということだ。
むしろキャンディスとラジヴィー公爵の方がよく似ているといえるだろう。
けれどキャンディスはリナのことがすぐに大好きになった。
できるだけ長くそばにいたい……そう思っても許されるだろうか。
リナの元に行くたびに毎回思うのだ。
(お母様に会えるなんて……本当に夢みたいだわ)
アルチュールやミュリエルを一緒に連れていった時には大喜びしていた。
「キャンディスの弟と妹? 双子なのかしら。とっても可愛いわねぇ!」
「……!」
どうやらリナはアルチュールとミュリエルを兄妹だと勘違いしたようだ。
アルチュールは弟でミュリエルは侍女だと説明すると不思議そうな顔をしていた。
「キャンディスお姉様、だいすきです!」
アルチュールの言葉にミュリエルは何度も何度も首が千切れそうなほどに頷いている。
「まぁ……! 母親として嬉しいわ。キャンディスはいいお姉様なのね」
「ぼくはキャンディスお姉様とずっと一緒にいますから安心してください!」
ミシュリーヌも同意するように再びブンブンと首を縦に振っていた。
「……まぁ! 素敵。アルチュール、ミュリエル。キャンディスをお願いね」
手を合わせて喜ぶリナを見て、キャンディスは照れてしまい頷くことしかできなかった。
キャンディスはアルチュールとミュリエルの育ってきた状況を話すとリナは再び大号泣。
「わたくしのことをお母さんだと思っていいからね……!」
リナはアルチュールとミュリエルを優しく抱きしめる。
キャンディスはリナに手招きされて四人で抱き合っていると、そこにやってくるマクソンスとリュカ。
マクソンスは花を持って、リュカはお菓子を持っている。
賑やかな時間にリナも喜んでいる。
皆が去り、二人きりの時間を過ごす。キャンディスはこの時間が大好きだった。
キャンディスはリナがいるベッドに寄りかかりながら話を聞いていた。
髪を優しく撫でる手のひらが心地いい。
瞼を閉じて幸せを噛み締める。
「キャンディス、あなたはとても愛されているのね」
「……お母様?」
キャンディスはリナの声にゆっくりと顔を上げる。
「今までのこと本当にごめんなさい。あなたに……つらくて寂しい思いをさせてしまったわ」
そう言いながらリナはキャンディスの頬に手を当てた。
ひんやりとした手に重ねるようにして手を添えた。
「お父様のこと……お祖父様をどうか恨まないでね」
「……。納得できませんわ」
リナは困ったように笑ってから、キャンディスに寄り添いながら話し始めた。
自分の母親も病で亡くなってしまい、ラジヴィー公爵は最愛の妻を亡くしたことで深く傷ついてしまったこと。
そのタイミングでリナの病も悪化してしまったことで、二度と失うたくないと思っていること。
帝国貴族としての立場もあり、難しい選択を迫られていたことも。
「あなたにはまだ難しい話よね。でもね、これだけは覚えておいてね。わたくしはあなたのことをいつも考えていたの。お父様もやり方は間違っていたかもしれないけれど同じなのよ」
「……………」
リナはキャンディスを見つめながら微笑んだ。
「わたくしもとっても怒っているのよ。キャンディスにこんなにつらい思いをさせてしまって胸が張り裂けそうだわ。でもね……わたくしがこんな体じゃなければっていつも思うの」
「……お母様」
「だから本当はね、全部わたくしのせいなの。ごめんなさい……キャンディス」
「…………」
「だからお祖父様を許してあげて」
キャンディスは納得できないと首を横に振る。するとリナは困ったように微笑んだ。




