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「リナの容態は?」
「奇跡的な回復だそうですよ。医師たちも驚いています」
「そうか」
キャンディスに嘘をつかなくてもよさそうだと安心からため息を吐く。
また『大嫌い』などと言われたらたまらない。
リナが亡くなれば今度こそ許してはもらえないだろう。
「ラジヴィー公爵は部屋に?」
「えぇ、ここ数日は一睡もせずにリナ様を探し続けたそうで今は眠っています」
ヴァロンタンも世間知らずを体現したようなリナが、ここまで大胆な行動をとれるとは思わなかった。
医師や侍女が付き添っていたとはいえ、かなり無理をしたのだろう。
それこそ死んでもいいと覚悟してキャンディスの元へやってきたのだ。
キャンディスの侍女であるエヴァとローズの母親が引っ越したリナの世話をするために雇われたという偶然。
そこからキャンディスとの真実が伝わり、リナが今回の行動に出たからだそうだ。
ラジヴィー公爵は話によれば、『体調がよくなればキャンディスに会える』そう言って、会うことを禁じていたそうだ。
彼は亡きラジヴィー公爵夫人が病で失ってから、元々病弱だった娘のリナを絶対に失いたくないと強く思っていたようだ。
『妻との約束なんだ。リナはワシが必ず守ってみせる……!』
それはもはや強迫概念に近く、どんなことをしても何を犠牲にしてもリナを守り抜くと決めていた。
だが一方で帝国貴族たちの代表として弱味は見せられない。
プライドと約束の狭間で頑なな行動を取り続けていたのだろう。
元々、年頃のリナを嫁がせることに後ろ向きだったが、彼女はラジヴィー公爵家のために行かせてくれと言った。
彼女が運良く身籠ったものの、誰もが出産と共に命を落とすだろうと言った。
それでもリナの引かなかったらしい。
『これでお父様に恩返しができるわ』
膨らむお腹を愛おしそうに撫でるリナは満足そうに笑った。
どうにかしなければ……そう思った。
最後は商人から『願いを叶えるペンダント』とやらを高額で購入してしまうほどだ。
これは南にある今は滅びてしまった魔法を持つ国、ジュディリー王国の遺物の一つだそうだ。
魔法など馬鹿馬鹿しいと思ったが、それに縋るしかないほどだ。
リナは喜んでペンダントを受け取り『無事に子どもが産まれますように』と祈った。
それが自分の生まれてきた意味だから、と。
魔法のペンダントのおかげなのかはわからない。
リナは無事に第一皇女となるキャンディスを出産した。
キャンディスを産んでから、魔法が解けたように衰弱するリナ。
彼女を守るために腕のいい医師を国内外から集めていた。
とにかくリナは幼い頃から病弱だったため表に出たこともなく世間知らず。
一人で出かけたことすらなく、お茶会やパーティーも数回しか参加したことがなかった。
自分が役立たずだと塞ぎ込んでいたがキャンディスを産んでからは自己肯定感が上がり気分がすっかりと上向きになった。
体調を整えるために乳母に預けていたが、彼女は母親になれたことを誇りに思い生きる気力を与えた。
『お父様、お願い。キャンディスに会わせて……!』
キャンディスに会いたがるリナだが、会いに行けば間違いなくそばにいることに執着するだろう。
そばにいたらリナを危険に晒すことになってしまう。
彼女には少しの毒すら命取りなのだ。
キャンディスに会うために生きなければと、リナはつらい治療でも積極的に行ったのだ。
諦めたように笑っていたリナだが、今はキャンディスに会うために頑張って治療を受けている。
生きる気力を取り戻した、そんな言葉がぴったりだろう。
このままキャンディスに会わせたらいけない、本能でそう思った。
引き延ばすだけ会うのを引き延ばした方がいい。
キャンディスも母親に会わせるために頑張らせよう、それで互いのためなのではないか……それがキャンディスとリナを頑なに会わせないようにしていた理由だとラジヴィー公爵は説明した。
(酷なことを……その方が都合が良かったのだろうが)
ラジヴィー公爵のエゴに巻き込まれたリナとキャンディスには悪影響になってしまった。
だが最近、ヴァロンタンもそのことについて共感できる部分があった。
それは〝娘を守りたい〟という気持ちだ。
マクソンスやリュカ、アルチュールとも違う感覚。
こんな思いは今まで感じたことがない。
だからこそ強く咎めることはできなかった。
今までキャンディスに関わることすらしなかった自分が彼を責める資格はないだろう。
リナはキャンディスのことを思い、手紙を書いていたそうだ。
ラジヴィー公爵によるとどんなに体調が優れなくても毎日、だ。
キャンディスを引き上げるためにそれをすべて公爵家に溜め込んでいたらしい。
これらをキャンディスに渡せば、母に焦がれて言うことを聞かなくなってしまうからということだった。
キャンディスも昔はリナへの手紙を書いていたが、それをピタリと止めた。
母親に会うことを諦めて、ラジヴィー公爵を自分から遠ざけた。
その選択は正しかったのかもしれない。




