①①⑧ ヴァロンタンside
キャンディスに『──お父様なんて大嫌い』と言われたヴァロンタンは自分でも信じられないほどに大きなショックを受けていた。
発端はキャンディスの誕生日、護衛が欲しいと泣かれたことが始まりだ。
ユーゴに護衛を用意するように言うも彼は渋るように眉を寄せた。
ヴァロンタンが女性の護衛と指定したことが大きいだろう。
影という仕事は過酷だ。
情報収集、刺客の処理、王宮の監視など重要な仕事を任せていた。
誰が裏切るかわからない、そんな中でヴァロンタンがもっとも信頼を寄せている人物たちでもある。
ユーゴはそんな彼らを率いている。
仕事をこなしてもらう代わりに居場所を用意していた。
だが、彼らもその人の数倍も優れた身体能力を欲して常に狙われる立場にあった。
ただ黒髪と黒い瞳を持つだけで呪われると忌み嫌われる。
自由に外を出歩くことすらできない生活で精神をすり減らす日々。
帝国貴族を筆頭に彼らを嫌っているため、バイオレット宮殿で働かせることもできない。
だが、キャンディスは怪我や居場所がないロンの一族の受け皿になりたいと言った。
その理由はユーゴがキャンディスにつけた護衛、モンファという十二歳の少女が原因だそうだ。
ユーゴが自分の責任だと謝罪を繰り返す。
こんなにも焦るユーゴは本当に久しぶりに見た気がした。
ホワイト宮殿である程度の自由を許せるが、ラジヴィー公爵がこのことを知ればどうなるのか。
(間違いなく反発を受けるだろうな。キャンディスも何を言われるか……)
キャンディスの周囲にも影響を及ぼしてしまう。
彼女の楽しそうな笑顔が消えてしまうのが許せない。
だからこそ否定したつもりだった。
女性の護衛も選んだのも、万が一からキャンディスを守るためだ。
男性の護衛では入れない場所でも守れるためだが、今は幼いモンファしかいないという。
たしかに否定しすぎたかもしれないが、まさか嫌われるとは思ってもいなかった。
「皇帝陛下……大丈夫ですか?」
ユーゴに話しかけられるまで反応できなかった。
額を押さえながらゆっくりと顔を上げる。
「その……アレですよ。女の子は難しいと聞きますから、皇女様もお年頃ですかね」
「…………」
ユーゴの冗談のような口調にも返す言葉が見つからなかった。
そのまま会合すらうわの空で、信じられないほどに何も手がつかない。
彼が侍女たちと目を合わせ、困惑しているとも知らずに考え込んでいた。
(俺はキャンディスに嫌われることが嫌だったのか……どうしてこんなにショックを受ける必要があるんだ?)
初めての感情に戸惑うばかりだ。
他の子どもたちは同性だからかなんとかなくわかるが、異性であるキャンディスのことはさっぱりだ。
「可愛がっているキャンディス皇女様に嫌われたのがショックなのはわかりますが元気を出してください」
「…………可愛がっている? 俺がキャンディスを可愛がっているのか?」
「まさか自覚がないとかいいませんよね……?」
「…………」
ユーゴが深いため息を吐いた後にノックされた扉へと向かう。
「なんだと……!?」
ただならぬ雰囲気にヴァロンタンは視線を流すとそこにはキャンディスの侍女であるエヴァとローズの姿があった。
「キャンディス皇女様がホワイト宮殿にいないのです……!」
「アルチュール殿下のお姿も見えないので、ここではないかと思ったのですがっ」
「護衛のモンファさんは? ここにキャンディス皇女様はいませんか!?何か知りませんか!?」
エヴァにローズ、ジャンヌは泣きそうな顔でそう言った。
ユーゴがすぐに影たちにキャンディスを探すように指示を出す。
エヴァとローズはキャンディスは『お父様から逃げないと』と言った後に部屋を飛び出していったらしい。
(まさか……王宮から出て行ったのか?)
そこからキャンディスの部屋に向かったアルチュールの姿もなく、探し回っているそうだ。
モンファは護衛から下げてしまったことが仇となってしまったらしい。
影たちが探し回るもなかなか情報が集まらない。
結局、キャンディスとアルチュールが裏口から出ていったものの、その後の行方が掴めない。
二人で行ける範囲など限られているはずなのに見つからない。
(キャンディスは一体どこへ……?)
それからマクソンスが乗った馬車に乗ったことがわかったのは一時間経った頃だ。
トップレデロ大将はレッド宮殿に影が入るのを嫌う。
軍部の騎士団たちが護衛としているからだ。
彼らはプライドがあるのだろう。
そしてマクソンスは訓練をしに行くといって裏口から出て行ったらしい。
けれど裏口というところや一人ということが引っ掛かる。
マクソンスは護衛も連れずに出かけたそうだ。




