第441話 さらばリッカよ、さらば息子よ
まだ薄暗い早朝。サンディ屋敷に激震が走る。
サンディ家当主ウィンターがゲネシス帝国の貴族令嬢『ルーナ・ガルシア』に連れ去られてしまったのだ。
一国の公爵が他国の令嬢に攫われるなど前代未聞である。
「どうして……こんなことになってしまったんだ……」
ヨネシゲは思わず呟く。
屋敷内の会議室にはヨネシゲら錚々たる顔ぶれが集結していた。
彼らが険しい表情で視線を向ける先には、皇妹専属侍女テレサから報告を受ける国王ネビュラの姿があった。一同、二人の会話を静聴していた。
「――以上で報告を終了」
「ご苦労。それで……皇妹殿下は?」
「はい。特に大きな怪我もなく、体調にも異常は見受けられませんが……かなり落ち込んでおりまして、今は寝込んでいる状態です」
「そうか……」
テレサの報告を聞き終えたネビュラが大きく息を漏らす。その隣で第一王子エリックが悔しそうに歯を剥き出す。
「クソッ! この肝心な時期に……ルーナという女、なんてことをしてくれた!」
更にその隣では第三王子ヒュバートが親友の身を案じる。
「ウィンター……酷い目に遭わされていないだろうか……どうか無事に帰って来てくれ……」
するとヒュバートの妃シオンが、彼の両肩に手を添えながら言う。
「ヒュバート、ウィンター殿を信じましょう。きっと必ず、無事に帰って来てくれる筈です」
「……うん。そうだね、シオン」
そんな王子夫妻の様子を横目にしながら、王弟メテオがサンディ家重臣ヒョーガに尋ねる。
「ヒョーガよ。ウィンターの捜索は?」
「はっ。既に密偵隊に捜索を指示しております」
「あいわかった。それと……愚問であるが、この事は他には漏らしておらぬな?」
「勿論です。この部屋にいる者以外には、知り得ない情報でございます」
「うむ。決して口外するな。民たちに要らぬ心配を与えるだけではなく、悪意ある輩の行動を活性化させてしまうだろう」
メテオは危惧する。守護神の不在は国内外に計り知れない影響を齎すと。
弟と代わるようにネビュラがヒョーガに言葉を続ける。
「このような状況下でフィーニスを離れるのは心苦しいが、俺たちは予定通り王都へ戻る。これ以上王都を留守にする訳にはいかん。王都に王族が君臨せねば、それこそ民たちに多大な不安を与えることになる」
「承知しました。フィーニスの政に関しては我々にお任せください」
「ヒョーガよ、頼りにしておるぞ」
そして、ネビュラが一同に伝える。
「話は聞いておったな? そういうことだ。……マロウータン!」
「ははっ!」
「会議が終わり次第、必要な荷物を纏めて出立の準備をしろ。家臣たちにもそう伝えるのだ」
「承知仕りました!」
マロウータンの返事を聞いた国王は続けて保安局長官ルドラに視線を移す。
「ルドラよ。お前は息子と協力し、ノーランを王都まで護送せよ。奴には然るべき裁きを受けさせる」
「了解しました!」
ネビュラは、現在領内の保安署で勾留されているウィルダネスの具現草王『ノーラン・ファイター』の護送をルドラに命じた。
そしてネビュラはアランに身体を向ける。
「アランよ。わかっていると思うが、今回の一件は父親にも話してはならぬぞ」
「ははっ! 心得ております!」
「うむ。では、母親の護衛を頼んだぞ」
「ははっ!」
上擦った声で返事するアランを国王は優しい笑みで見つめるのであった。
その後も会議が行われ、引き続き王都とフィーニスが密に連携することで意見が一致。ウィンター連れ去り事件やゴッドキングダムの脅威など、事態の早期収束を誓った。
「――話し合いは以上だ。皆、出立の準備を急げ」
『はっ!』
ネビュラが言葉を終え、一同が力強い返事をした――その時。
会議室の扉が開かれる。
(エスタ様だ……!)
ヨネシゲたちが視線を向けた先には皇妹エスタの姿があった。
ネビュラのこちらに歩み寄ってくるエスタに問い掛ける。
「皇妹殿下よ、体調は大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
そしてエスタが深々と頭を下げる。
「国王陛下、申し訳ありませんでした。私の個人的なトラブルにウィンターを巻き込んでしまって……。それに……私がそばに居ながら……あの子を守りきれませんでした。一生の不覚です……」
悔しそうに唇を噛むエスタにネビュラが頭を上げるよう促す。
「皇妹殿下よ、頭を上げられよ。これは殿下だけの責任ではない。ウィンターが床に臥せっている状態でありながら、警備強化を指示しなかった俺の責任でもある――」
ネビュラはそう述べた上で、エスタにある提案をする。
「ここに居ても辛かろう。後のことは俺たちに任せて、ゲネシスへ戻られた方がよい」
しかしエスタは首を横に振る。
「……いいえ。私はウィンターの妻です。夫が留守の間、このフィーニスを守る役目があります。今ここで母国に帰ったら、ウィンターに怒られてしまいますわ」
気丈に振る舞うエスタにネビュラが意地の悪い笑みを見せる。
「ククッ……皇妹殿下よ、まだウィンターの妻と認めた覚えはないが?」
「ウフフ、これは決定事項ですよ? もし国王陛下が婚姻を認めてくださらないのであれば、私はウィンターを連れて駆け落ちするまでです」
「おいおい。斯様な時にきつい冗談はよせ」
「いえ、私は本気ですよ?」
悪戯っぽく笑うエスタにネビュラが折れた様子で息を漏らす。
「わかった。そこまで言うなら、ウィンターの妻として、ヒョーガたちと共にフィーニスと切り盛りしてみせよ」
「お任せください」
そしてネビュラとエスタは互いに手を差し出すと、硬い握手を交わすのであった。
会議を終えたヨネシゲはソフィアと共に荷物を纏めていた。
殺風景になった部屋をクラフト夫妻がゆっくりと見渡す。
「――二ヶ月近く過ごした部屋ともこれでお別れだな」
「ええ……そうね。なんだか急に寂しくなってきちゃった」
「ああ、俺もだよ……」
「リッカでも色々なことがあったね」
「ああ。色んな出会い、色んな特訓……今思えばその一つ一つが懐かしく感じるよ」
僅かな期間であったが、自身を急成長させた地と別れる時がきた。ヨネシゲは名残惜しそうにフィーニス・リッカで過ごした日々を思い返すのであった。
「……さらばだな、フィーニス・リッカ」
直後、主君マロウータンが部屋の入口から顔を覗かせる。
「ウホッ。ヨネシゲよ、そろそろ出発じゃ。準備できたかえ?」
「はい、お待たせしました。準備完了です」
「あいわかった。では参るぞよ」
「「はい!」」
夫妻は力強い返事で応えると、リッカで過ごした思い出の部屋を後にした。
ヨネシゲが屋敷の外へ出ると、幌馬車の御者を務めるドランカドの姿が目に入る。その周囲には武装したフィーニス保安局の保安官たちと王都保安局長官ルドラが目を光らせていた。
ヨネシゲはすぐに察しがついた。幌馬車の中に具現草王『ノーラン・ファイター』が乗っているのだと。
「おう、ドランカド。ノーランの護送は任せたぞ」
「へい、お任せください。奴らに……然るべき裁きを受けさせるまでが、俺と親父の仕事ッスからね――」
ドランカドは決意に満ちた眼差しで澄み切った青空を見上げた。
――その刹那。
あの男が幌馬車から顔を覗かせる。
「――だらあああああっ!」
「オ、オヤジ?!」
ヨネシゲはずっこける。
それもその筈。ノーランを乗せた幌馬車から父『ヨネガッツ』が絶叫を轟かせているのだから。
角刈りが親父に尋ねる。
「なんで親父が幌馬車に乗ってるんだよ!? それとも……とうとうお縄になったのか?」
「違うわいっ! 若造たちだけじゃ頼りないからな。俺が直々にノーランを護送してやるのよぉ」
誇らしげに鼻を鳴らすヨネガッツだが、ヨネシゲは冷めた目で父親を見つめる。
「ああそうかい。それはご苦労さん。最初に言っておくが、仕事が終わったら一人でフィーニスに帰ってくれよな。俺は忙しいから、親父をフィーニスまで送り届けることはできねえからな」
「その必要はねえさ。王都に着いたら、お前の屋敷で寝泊まりするからよぉ」
「はあ?!」
突然のヨネガッツ同居宣言。ヨネシゲが慌てた様子で問い掛ける。
「いやちょっと待てよ! あの姉ちゃんたちをフィーニスに置いていくつもりか!?」
あの姉ちゃんたち──それはヨネガッツが旅の道中で保護したシャノン、ジョリー、レイラのことだ。
「ああ。姉ちゃんには別れを告げてきた。彼女たちなら平気さ。コットン子爵が面倒を見てくれるからな。未来ある若い姉ちゃんたちが、こんな薄汚れた老いぼれジジイと居ちゃいけねえんだよ」
「親父……」
遠い眼差しで天を見上げるヨネガッツ。ヨネシゲはそんな父の顔を静かに見つめていたが――
「てっ!? 何上手く纏めてやがる!? 俺は同居なんて認めてな――」
「ドランカド君。馬車を出してくれたまえ」
「了解っす!」
ヨネガッツに指示されたドランカドが幌馬車を発車させる。
「お、おい! 待てコラッ! 親父っ!」
「だらあっ! 王都で待ってるぞ!
ヨネシゲ!」
ヨネガッツは一升瓶を握った腕を大きく振りながら息子に別れを告げた。
「ふふふ。賑やかになりそうね」
「へへっ。騒がしくなりそうだ」
ソフィアの言葉に、ヨネシゲはどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら応えるのであった。
その後、ヨネシゲはグレースやノアと別れの言葉を交わす。
「グレース先生。しっかりやれよな」
「ええ。もう道を踏み外すような真似はしませんわ。これからはこのフィーニスの為に、生涯を捧げてご奉仕させていただきます」
そしてノアがグレースの肩に手を添えながら言う。
「ヨネシゲ殿、ご安心ください。グレースは俺が責任を持って面倒を見ますから」
「ええそうよ。私が道を踏み外しそうになったら、ノアが止めてくれますから」
グレースはそう言いながらノアの腕に抱き着く。
「コ、コラッ! グレース! 人前でよせっ!」
「ウフフ。照れない照れない……」
頬を赤く染める二人のやり取りを見つめながら、ヨネシゲが微笑みを浮かべる。
(グレース先生とノアさん……いつの間にそんな関係に……ま、今の彼女には心の拠り所が必要だ――)
「グレース先生……幸せになれよ……」
「はい? ヨネさん、何か言いましたか?」
「いや、何でもないよ。ただの独り言さ……」
そしてヨネシゲはグレースとノアに励ましの言葉を送る。
「この先も色々と大変だが……ノアさんとグレース先生、二人で力を合わせて、ウィンター様の代わりにフィーニスを守ってください。二人は……フィーニスの希望だ」
「ヨネシゲ殿、勿体無いお言葉です」
「ウフフ。ホント、なんか照れちゃうわね……」
ヨネシゲの言葉にグレースとノアは照れ臭そうに微笑みを浮かべるのであった。
王族たちが馬車に乗り込み最中、ヨネシゲとソフィアは愛息子ルイスとの別れを惜しむ。
「じゃあな、ルイス。姉さんたちやカーティス様に宜しく伝えてくれ。あ、ついでにイワナリとヒラリーにも」
「ああ、わかったよ。皆に伝えるよ」
そしてソフィアが息子の手を握りながら言う。
「カルムに戻ったら手紙を送ってよ。お母さんも送るから」
「ああ、必ず送るよ」
「うん。それと、どんなに忙しくても食事と睡眠はちゃんと取るんだよ? 調子悪い時は無理せず休んでね。あと寝る時はお腹を出しちゃダメだよ? ルイスの悪い癖だからね。それから……それから……――」
「母さん……」
気付くとソフィアの瞳から涙が零れ落ちていた。それを見たルイスは母親をそっと抱きしめる。
「ルイス……」
「母さん……そんなに心配しなくても大丈夫だよ。俺はもう、大人なんだからさ」
「馬鹿おっしゃい……幾つになっても……子供は子供よ……」
ソフィアはそう呟きながらルイスの肩に顔を埋めた。
直後、マロウータンの声がクラフト一家の耳に届く。
「ウホ〜! ヨネシゲ、出発するぞよ!」
「は、はい! 只今っ!」
ヨネシゲは主君に短い言葉で返事すると、ルイスに向き直る。
「すまんな、ルイス。本当はもっとゆっくりと別れを惜しみたかったが……もう時間のようだ」
「ああ、仕方ないさ。今は親子の別れよりも、トロイメライの行く末の方が大事だならな」
ルイスがヨネシゲの手を力強く握り締める。
「父さん……俺もカルムで頑張るからさ……トロイメライを救ってくれよ……!」
「勿論だ。元凶、ゴッドキングダムとダミアンをこの拳で必ず叩き潰してやるさ!」
「それでこそ……父さんだ!」
ヨネシゲはニヤリと歯を剥き出す。
「さらばだ、息子よ。また会おう!」
「ああ! 次に会う時は……世界を救った英雄ヨネシゲ・クラフトの祝勝会だな」
「おう、期待しててくれ!」
一つの家族が再び別れを告げる。
明るい未来を信じて、家族はそれぞれの道を歩み続ける。
また、再会する日を心待ちにしながら――。
別れから数時間後。
フィーニス領内の森林には、カルム領主夫人『ドロシー』を乗せた馬車と、それを護衛するルイスたちの姿があった。
ルイスとアランは跨る馬を並走させながら言葉を交わす。
「ルイス、良かったんだぞ? ヨネシゲさんと一緒に王都へ行っても」
アランの言葉を聞いたルイスが笑いを漏らす。
「フフッ。アランさん、それじゃ意味がないんですよ。俺と父さんたちはそれぞれの道を歩んで、カルムを、このトロイメライを立て直すって約束したんです。家族が分担して役割を果たすことが、また父さんと母さんと一緒に楽しく暮らすための……近道なんです」
「ああ。そうだな……」
そんな会話をしながら、若者たちはカルムを目指す――。
「キャハッ! みーつーけたっ!」
若者たちを物陰から見つめる、そのボリュームある緑髪頭の少女は――ゴッドキングダム・大森林神『ジェイダ・ドリュアス』であった。
つづく……




