第440話 ルーナの野望
睨み合う後輩と先輩。
かつて同じ帝国学院に通い、共に学び、切磋琢磨した仲。
ところが、ある出来事がきっかけで、ルーナが一方的に恨みを募らせる。やがて二人の関係に亀裂が入ることとなった――。
聞き捨てならないルーナの発言にエスタが眉を顰める。
「貴女の彼氏さんたちを私が寝取ったですって? いつ私がそんな事をしたというのですか? 相変わらず随分な言いがかりですね?」
一方のルーナは血走った瞳で畳み掛けるように言葉を連ねる。
「とぼけるんじゃないわよっ! 私が付き合ってきた彼氏たちはみんな貴女に奪われてしまった。人の男を籠絡して逆ハーレム築くとは良い身分じゃないの! 流石帝国ナンバーワン女子の皇妹殿下様はやることが違いますなぁ!」
「待ちなさい。貴女は何か誤解しています」
「誤解じゃないわ! 全てが事実なのよ!」
異なる両者の主張。ルーナがある事実を突きつける。
「私は知ってるのよ。彼氏たちが貴女の私邸を出入りしている姿をこの目で何度も目撃しているんだからね! どう説明するつもりよ!?」
だがエスタは取り乱すことなく、落ち着いた口調で返答する。
「確かに……貴女の彼氏さんたちが私の私邸を出入りしていたのは事実です」
「認めるのね!?」
エスタは首を横に振る。
「ですが、私は決して浮気をしていた訳ではありません。私は皆さんにお願いされて施術を施しただけですよ?」
エスタから説明されたルーナが絶叫を轟かせる。
「施術ですってええええええっ!? な、なんと破廉恥なっ!」
「何が破廉恥なのですか?」
「貴女、その女夢魔の力を使って、私たちの彼氏たちと――!!」
顔を真っ赤にするルーナを見つめながらエスタが呆れた様子で息を漏らす。
「ハァ……貴女は一体何を想像しているのですか? 私は如何わしいことなど何一つしておりませんよ? 私は筋肉痛を解消する為の施術を行っただけです。貴女の彼氏さんたちはその……決まって軍に所属するマッスルたちばかりでしたからね。厳しい訓練の日々で酷い筋肉痛に悩まされていたそうですよ?」
エスタも紛れもない事実を告げるが、ルーナは受け入れようとせず。反論を続ける。
「た、確かに筋肉痛に悩まされていたようだけど……で、でも実際に彼氏たちは『俺はエスタ殿下の下僕になるっ!』と言って私を捨てたのよ!? どうせ貴女が彼氏たちを誘惑したんでしょ!?」
「確かに……私の下僕になりたいような事は言われましたが、丁重にお断りしましたわ。少なくとも私は他人の彼氏さんを魅了するような真似はしません。まあ、お相手がいない殿方は例外ですが……」
エスタは否定する──が。
「ですが、私の体質上、知らぬ間に殿方を魅了してまうことがあります。私の身体からは常に魅了の想素が放出されていますからね……」
悩ましそうに言葉を漏らすエスタ。しかしその姿がルーナの癇に障ったようだ。
「何よ……それ……!『私、気付かぬ間に男たちを虜にしちゃいました♡』的な自慢ですかぁ?! ふざけるんじゃないわよ!」
「決して自慢をした訳では……」
「いずれにせよ貴女は私の彼氏を奪った! これは紛れもない事実なのよっ!」
「ですから! 私は貴女の彼氏さんを奪ってなどいません!」
「お黙りっ! さぞ愉快だったことでしょうね! 人の男を次々に落として、被害者の泣きっ面を拝めてさ! さすが強欲卑劣のゲネシス一族ですこと」
「なんですって?」
「貴女の身体には、我が一族の生命と財産を搾取してきたゲネシス一族の濃ゆーい血が流れているの。貴女がどんなに善人を装ってもその性は隠しきれないのよ!」
「いい加減にしなさい! 言いがかりにも程があるわ!」
「うるさいっ! だから今度は貴女の彼氏を奪ってやるのよ!」
エスタが瞳を細める。
「愚問かもしれないけど……ウィンターに毒を仕込んだ犯人は貴女ね?」
ルーナがニヤリと歯を剥き出す。
「ご名答。貴女が男湯に乱入してアホ面を晒している間に仕込ませてもらったわ」
「……男湯? まさかあの時!」
エスタは思い出す。
リッカで暮らすことになった最初の夜、グレースと悪ノリして男湯に乱入した時のことを。そして、ウィンターを部屋に一人残してきたことも――。
「クックックッ……この子、思っていた以上に隙があり過ぎてね、毒を仕込むのも容易かったわ」
そしてルーナは横抱きにしているウィンターに視線を下ろす。
そして――
「ほら見て。今もこんなに無防備な姿を晒してる。今なら何でもできちゃうわね――」
「なっ!?」
突然、ルーナがウィンターの唇を奪った。
それを目撃してしまったエスタは瞳と口を大きく開きながら表情を硬直させる。だがすぐに怒号を轟かせる。
「ルーナっ!」
「ウッフッフッ! そうそう、貴女のその顔がずっと見たかったのよっ! サイコーっ!」
エスタの反応にルーナは満悦の笑みを見せるのであった。
だが――。
「いい加減にしなさい……!」
突如、エスタの全身から放たれる紫色の閃光。――エスタの怒りが頂点に達したようだ。
それを見たルーナが顔を引き攣らせる。
「激おこだ……」
「はあああああああっ!!」
「ヤ、ヤバっ……」
ルーナは後ずさり。
エスタに絡みついていた粘着質の紐状が閃光によって焼き切られた――その時。
「うっ……!?」
エスタは首元に鋭い痛みを感じる。途端、彼女から発せられていた閃光が消え去る。
エスタが背後に視線を移すと、そこには音もなく現れた巨大蜘蛛が、無色透明の液体滴り落ちる大きな牙を見せつけていた。
「くっ……やってくれたわね!」
エスタは瞬時に身を翻すと、腕を振り抜き、光の刃で巨大蜘蛛を一刀両断。消滅させた。
続けてエスタはルーナをキッと睨み、ウィンター奪還のため一歩を踏み出そうとした。
ところが。
直後、エスタは脱力した様子で両膝を落とすと、そのまま意識を朦朧とさせながらうつ伏せで倒れる。巨大蜘蛛に噛まれた際に入り込んだ即効性の毒が全身に巡ってしまったようだ。
それでも尚、エスタはルーナに鋭い眼差しを向ける。
「ルーナ……!」
「安心しなさい。少し眠っててもらうだけよ。慈悲深くて優しいルーナちゃんは、どんなに憎い相手でも、命を奪い取るような真似はしないのです!」
そう言いながらウィンクするルーナにエスタが疑問を投げ掛ける。
「どうして……こんな面倒臭いことを……するのかしら……? ウィンターを攫うなら……あの時……できたでしょ……?」
するとルーナが静かに答える。
「仕事があったのよ」
「仕事?」
「ええそうよ。神々がご希望する品を探し歩いていたの」
「神々……まさか……ゴッドキングダム……!?」
「あら? 秘密結社の存在を……知っていたのね」
『神々』――それは今エスタたちが最も敏感になっている言葉である。
一方のルーナもエスタの口から『ゴッドキングダム』というワードが出てきたことに驚いた様子だ。
するとルーナはウィンターを左肩に担ぎ上げると、空いた右手で胸元のボタンを外し、胸の谷間から二つの小瓶を取り出す。透かさずエスタが尋ねる。
「何……それ……?」
「ククッ……この小瓶の中にはトロイメライのレジェンド『タイガー・リゲル』と『オジャウータン・クボウ』の想素が入っているの。これを神々に納めるする代わりに『蘇りの空想術』を伝授してもらうのよ。謂わば取引ね――」
『ゴッドキングダムと取引』『蘇りの空想術の伝授』――穏やかではない、不穏過ぎる話だ。
エスタが声を振り絞る。
「貴女一体……何を考えているの!?」
ルーナは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべながら、エスタに言い放つ。
「クックックッ……古の猛者たちを復活させ、ゲネシス帝国を支配し、そして『ルーナちゃん帝国』を建国するのです! そう、これこそがガルシア一族の悲願っ!」
「それが……貴女の野望なのね……ルーナ……!」
エスタは悔しそうに唇を噛んだ。
「さーて、無駄話はここまでよ。お婿さんをゲットして、貴女の無様な姿も拝めたし、もうここに居る意味はないわ――」
ルーナはエスタにそう告げると背中を向ける。そしてウィンターを担ぎ上げたまま出口の方向へと歩みを進める。
「ま……待ちなさい……ルーナ……ウィンターを……返しな……さい……」
「ククッ……大丈夫よ。貴女に代わって私がたっぷりと愛情を注いであげるから……」
「ウィン……ター……――」
エスタの視界が暗転。意識を手放した。
――リッカの上空を飛行する巨大蜘蛛。その背中に乗るルーナが二つの小瓶を見つめる。
「あと少し……あともう少しよ……『ルーナちゃん帝国』建国の夢が現実となる……!」
ルーナは興奮気味に呼吸しながら、小瓶を胸元に仕舞う。
「さて……目指すは神々の住処『イメージア教国』。とっとと取引を済ませちゃいましょう。それにしても……サミュエルのジジイは苦手なのよねぇ……」
そう言いながら、隣に横たわるウィンターに視線を移す。
「でも大丈夫。君が居るから心強いわ……」
ルーナは微笑みを浮かべながらウィンターの頭を撫でるのであった。
サンディ屋敷の一室で発生したウィンター連れ去り事件。ルーナが事前に結界を張っていた為、誰一人その異変に気が付くことができなかった。
翌朝、皇妹専属侍女テレサが倒れ付す主を発見することになる。
つづく……




