第380話 サンディの湯 〜男湯〜(前編)【挿絵あり】
――サンディ家屋敷・男湯側脱衣所。
二人の角刈り男が姿を現した。
そのうちの一人、中年の角刈り――『ヨネシゲ・クラフト』が白の肌着と紺を基調としたチェック柄のトランクスを脱ぎ捨てると、そのガッシリとした肉体を露わにする。
周りのメンバーと比べると低身長の彼だが、上半身を覆う筋肉と脂肪は、身長以上に身体を大きく見せている。
ぽっこりお腹が玉に瑕であるが、分厚い胸板に加え、筋肉質の四肢は極太。それでいて引き締まっている。
そしてもう一人の角刈り青年――『ドランカド・シュリーヴ』も、黒のタンクトップと濃緑のボクサーパンツを脱いで、無駄な脂肪がない筋肉質の身体をさらけ出す。
身長も身体もヨネシゲより一回り大きく、四肢から浮き出る血管と、割れた腹筋が男らしさを際立たせている――が、せっかくの若々しい身体も老け顔の所為で台無しである。
――両者共に、男性を象徴する部分に関しては、右に出る者はそうそういないだろう。
ヨネシゲとドランカドは一糸纏わぬ姿で向かい合うと、ニヤリと口角を上げながら、力強く頷く。
「ドランカド……行くぞ……――」
「はい……行くッスよ……――」
角刈りたちは、肩に手拭いを掛けながら、露天風呂の入口目指して歩みを進めた。
そして、引き戸を開いた先は――湯けむりの世界だった。
露天風呂を囲む竹柵と暖色の照明器具。一面に敷かれた薄墨色の石畳。
大浴槽には、湯差口から流れ落ちる熱々の湯が張られていた。
立ち昇る湯気を吸い込めば、硫黄の香りが鼻を通り抜ける。
――そう。この屋敷の露天風呂には温泉が引かれているのだ。
ヨネシゲとドランカドは瞳を輝かせながら露天風呂を見渡す。
「いや〜、こりゃ凄い、なんて広さだ!」
「流石、公爵様のお屋敷ッスね! マロウータン様の屋敷の露天風呂とは格が違うぜ!」
「コラッ! ドランカド! マロウータン様に聞かれたらハリセンで引っ叩かれるぞ!」
「ヘヘッ、すんません。つい口が滑っちゃいました」
テヘペロする同輩に角刈りは苦笑を浮かべる。
「気を付けろよな。ま、とりあえず、とっとと身体洗って湯に浸かろうぜ!」
「そうッスね! 久々の温泉ですからテンションバク上がりです!」
ヨネシゲとドランカドは洗い場まで歩みを進めると、桶を手に取り、風呂椅子に腰を下ろす。そして、備え付けのシャンプーで洗髪を済ませると、持参したスポンジで身体を洗う。
「あ〜サッパリしたぜっ!」
「はい、最高ッス! この五日間は数分でシャワーを済ますような生活が続いていましたからね」
「だな。どうしても陛下たちの護衛を優先せねばならなかったからな。とはいえ……あのような状況下でシャワーを浴びれただけでもありがたい……」
五日間の出来事をしみじみと振り返るヨネシゲとドランカド。すると二人の耳に引き戸が開かれる音が届いてきた。
角刈りたちが振り返ると、出入口前には白塗り顔の主君――『マロウータン・クボウ』が手ぬぐい片手に仁王立ちしていた。
ヨネシゲたちは透かさず主君の元まで駆け寄ると、膝を折る。
「マロウータン様、お疲れ様でございます!」
「お先に入らせていただいております!」
するとマロウータンは臣下を気遣うように微笑みを浮かべる。
「よいよい! 気遣い無用じゃ! 儂に構わず、サンディ家自慢の風呂を満喫してくれ――」
「「ありがとうございます!」」
白塗り顔はそう伝えると、洗い場の風呂椅子に腰を下ろす。が、間髪入れずに角刈りたちが主君の背中を洗い始めた。
「ほよ? 気遣いは無用じゃと言った筈じゃぞ?」
「ええ。ですが、マロウータン様を差し置いて先に湯に浸かるのは……やはり気が引けます……」
「そうッスよ。マロウータン様、一緒に入りましょう!」
「ウホホ……嬉しいことを言ってくれるのう……ではお言葉に甘えて――」
白塗り顔は両腕を大きく広げると、臣下たちにその身を委ねる。
「……ウホッ……ほよっ……もっと……もっと……ゴシゴシするのじゃ……くすぐったいぞよ……」
「しょ、承知……」
「ほれ、ヨネシゲ。そなたは前の方を洗ってくれ。念入りにな!」
「へ、へい……」
ヨネシゲとドランカドは主君の身体を隅々まで丁寧に洗い上げる。
(それにしても……マロウータン様の身体も引き締まってるな。これも日々の鍛錬の賜物なのかもしれん……それにしても――)
視線を下ろした角刈りが呟く。
「やっぱ南都級だぜ……」
「ほよ? 何か言ったか?」
「い、いえ! 何でもございません!」
やがて身体を洗い終えた白塗り顔が風呂椅子から立ち上がる。
「いざっ! 浴槽へ参るぞよ!」
「「はっ!」」
三人は折り畳んだ手ぬぐいを頭の上に載せると、浴槽へ向かって移動を開始――
その時、再び出入口の引き戸が開かれる。
ヨネシゲたちが振り返ると、そこにはトロイメライ最高峰の親子――国王『ネビュラ・ジェフ・ロバーツ』と、第三王子『ヒュバート・ジェフ・ロバーツ』の姿があった。
手ぬぐいを肩に担ぐ国王は、まるでその逞しい身体を自慢するように堂々と直立。片や王子は腰に手ぬぐいを巻き、色白で華奢な身体を父親の背中に隠す。
そんな主君たちを瞳に映しながら、三人衆が騒がしい大声を轟かせる。
「「「陛下っ! 王子っ!」」」
ヨネシゲたちが慌てた様子で駆け寄り膝を折る。
一方の国王と王子は、全裸で突撃してくる三人衆の姿を目にして、顔を引き攣らせていた。
「おいおい……心臓に悪いぞ……」
「風呂場なんだし……そこまで畏まらなくても大丈夫だよ……」
「「「も、申し訳ありません……」」」
全裸で頭を下げる三人衆を見下ろしながらネビュラが苦笑を浮かべる。
「まあ無理もないか……王族と一緒に風呂に入る機会など、今日まで皆無だったからな……」
続けてヒュバートが言う。
「三人とも……頭を上げておくれよ。せっかくの癒やしの時間なんだから、お互い気を遣うのはやめよう。風呂場では無礼講ということで!」
「「「身に余るお言葉、恐縮でございます!」」」
三人は嬉しそうに笑みを浮かべると、主君たちに謝意を伝えるのであった。
「――陛下、メテオ様とエリック王子は……?」
マロウータンがネビュラに尋ねる。
ネビュラとヒュバートは風呂場に姿を現したものの、残りの男性王族はまだ姿を見せていない。
そんな白塗り顔の疑問に国王が申し訳無さそうな表情で返答する。
「ああ……あの二人が気遣ってくれてな。俺に代わって残りの仕事を片付けている」
「そうでしたか……」
白塗り顔が残念そうに俯くが、国王がその肩を叩く。
「案ずるな。仕事も言うほど残っていない。それにお前たちには『本日終日解放』を命じている。今日は周りの仕事など気にするな」
「お気遣い……痛み入ります……」
主君の優しさに触れたマロウータン。白塗りされた素肌が赤く染まっているなど、本人も含めて誰も気付いていなかった。
その直後の事だ。
またしても引き戸が開かれた。
現れた三人の男性は――サンディ家臣『ノア』、クボウ家使用人『ジョーソン』、そして全裸状態で浮き輪を胴に嵌めたドーナツ屋『ボブ』だった。
「皆さん、お揃いのようですね!」
「おおっ! これは奥様もビックリな大露天風呂だ!」
「わ〜い! 浮き輪を持ってきて正解だったぞ! 泳ぎまくるぜ!」
「おいっ! ドーナツ屋! ここはプールじゃねえぞ!」
角刈りがツッコミを入れると一同から笑いが沸き起こった。
――その様子を竹柵の向こうから覗き見るゴシック服の女性が呟く。
「おおっ! 皆いい身体しとるわ! おまけに立派なモノまでお持ちで……眼福♡ ――じゃなくて、肝心のあの子が来ないじゃない? 皆とは一緒に入らないつもりかしら――」
その刹那。
何かを感じ取ったゴシック服の女性が眉間にシワを寄せる。
「チッ……出たわね、変態女……アンタはお呼びじゃないのよ……」
彼女は憎悪の眼差しで出入口を睨んだ。
そして本日何度目だろうか?
黄色い声と共に引き戸が開かれた。
「「お邪魔しまーす♡」」
「「「「「「「「?!」」」」」」」」
一同が一斉に視線を向けた先――湯けむりの中から現れたのは二人の美女。
「グ、グレース先生?! それにエスタ殿下?!」
角刈りが驚愕の表情で二人の名を叫んだ。
つづく……




