第378話 出現?! ヨネガッツ
お互いに指差しながら絶叫の表情で立ち尽くす角刈りと老年男。
(どうして親父がここに居るんだよ?!)
(どうして息子がここに居るんだよ?!)
実はこの二人――親子である。
「勇者様、あちらの方はお知り合いですか?」
「いや、なんていうか……遠い世界に住む親族というか……」
「親戚の方ですか?」
「ナッハッハッ……まあそんなところだ……」
金髪美女に尋ねられた老年親父は誤魔化すように力ない笑いを漏らした。
一方で状況を飲み込めないソフィアたちが困惑の表情で角刈りと老年親父を静観。
しばらくそんな状況が続いたところでソフィアがヨネシゲに尋ねる。
「あなた……あちらの方は……?」
「……え? あちらの方って……――そうだった……!」
ヨネシゲはハッとする。
本来であれば妻が夫の父親の顔を知ってて当たり前である。少なくとも現実世界で生きていたソフィアならこの老年オヤジの顔を把握していた。
しかしここは『ソフィアが描いた物語』と『ヨネシゲの記憶』が融合した特異な世界。現実世界とは事情が異なる。
(そうだよ……このクソ親父の顔をソフィアが知らなくて当然だ。だってこの世界では――俺と親父は生き別れた設定になっているのだからな……)
正直、ヨネシゲは父親のことが好きではない。両親が離婚した原因は父親側にあるからだ。
そんな家族を路頭に迷わせた存在は、ヨネシゲの夢物語に必要ない。彼は空想に耽る際、父親の存在を消していた。
とはいえ辻褄を合わせるために設定は重要。ヨネシゲは『父親とは幼少期の頃に生き別れた』という設定を採用していた。
角刈りはそんなことを思い出しながら考え込む。
(この空想世界……親父の存在を限りなく消していたつもりだったが……記憶には抗えないということか……――仕方ねえ。一応確認しておくか……)
ここで意を決したヨネシゲが満面の笑みで老年親父に尋ねる。
「あ、あの……」
「な、なんだ!?」
「失礼ですが……あなたは『ヨネガッツ・クラフト』さんでしょうか?」
すると老年親父――ヨネガッツは顔を引き攣らせながらも笑顔で返答する。
「如何にも! 俺が『ヨネガッツ・クラフト』である」
(クソッ! なにが『如何にも!』だあ?! ふざけやがって!)
親父の気取ったセリフに内心腹立たしく思う角刈りであったが作り笑顔をキープ。
一方のヨネガッツも満面の偽スマイルで息子に訊く。
「そういうあなたは『ヨネシゲ・クラフト』さんですよね?」
「左様。俺が『ヨネシゲ・クラフト』だ!」
(だらぁっ!! 何が左様だ?! 格好つけやがって!)
ヨネガッツは眉をピクリと動かすも偽スマイル継続中。
そして見つめ合う親子は――
「「ガッハッハッハッハッ!!」」
――高笑い。
直後、両者は互いに駆け寄り、間合いを詰めると、肩を組みながら身を寄せ合う。そして小声で言葉を交わす。
「どうして親父がここに居る!? この空想世界には出てこない筈だぞ!?」
「何訳のわからねえ事を言ってやがる?! 俺はアルファ女神とやらに召喚されてこの世界にやって来たんだ!」
「何!? アルファ女神だと!?」
「――そう、俺は選ばれし存在なんだよ!」
父の口から出てきた『アルファ女神』というワードに角刈りが驚愕の表情を見せた。――無理もない。自身の転移に創造神が関与している可能性を示唆されているのだから。
(ということは――親父も!?)
ヨネシゲがヨネガッツに詰め寄る。
「おい親父! 親父も現実世界からやって来たというのか!?」
「まあそんなところだ。……ってか、お前こそなんでこの世界に居るんだ?!」
「それは俺が聞きてえよ!」
互いに疑問を投げ掛け合う親子。ヨネシゲが悩ましそうに頭を抱える。
(俺が転移者であることを皆に告白した直後に、親父が現れるのは胡散臭すぎるだろ?! 果たして皆に事実を伝えたところで信じてもらえるだろうか?)
真実を伝えるべきか? それともここは誤魔化してこの場を乗り切るか?
判断に迷う角刈り。
するとそこへソフィアが歩み寄ってきた。
「あなた……お知り合いの方ですか?」
「ああ……実は――」
角刈りが愛妻に真実を伝えようとした刹那――背後から『ドサッ』という物音が聞こえてきた。
夫妻が音の発信源に視線を向けると、そこには顔を青くさせながら腰を抜かすヨネガッツの姿があった。
「親父?」
「あ……ああ……ソ、ソフィアさん……ど、どうして……生きているんだ……?」
「い、生きてるって……? あの……どうして私の名前を知っているんでしょうか……?」
「ど、どうしてって……言われても……」
妻と父のやり取りを見つめながらヨネシゲは大きくため息を漏らした。
(これは全てを打ち明けるしかねえな……)
決断した角刈りが一同を呼び寄せる。
「皆さん、ちょっといいですか? 大事なお話しがあります――」
ヨネシゲはメンバーが集まったことを確認すると、その口を静かに開いた。
ソフィアたちにはヨネガッツの事情、ヨネガッツにはソフィアの事情について説明した。
「――そういうことなんだ……」
「よ、要するに……今目の前に居るソフィアさんは、この世界に生きるソフィアさん……? あ〜っ! 頭が混乱する!」
「俺も頭の中が整理できていないよ……」
混乱と苛立ちで頭を掻きむしるヨネガッツ。片やヨネシゲは心底疲れ果てた様子で大きく息を漏らす。
(俺の他に転移者が居るなんて只事ではないぞ。それが実父なら尚更だ。とはいえ……今すぐに何かが起こるって訳でもなさそうだな……)
勿論、早急な真相解明が求められるが、緊急性がないと判断した角刈りが父親に提案する。
「もう少し話をしたいところだが……このあと予定があってな。明日会うことはできるか?」
「ああ……俺もお前には聞いておきたい事が山程ある」
「決まりだな。そんじゃ……明日の正午、この場所で待ち合わせだ。いいな?」
「問題ない」
親子は話し合いの場を設けることで合意。込み入った話は明日に持ち越された。
「お前の顔を見たらどっと疲れたぜ……じゃあな。遅刻するんじゃねえぞ?」
「それはこっちのセリフだ……」
親子は文句を言い合いながら別れるのであった。
――その様子を物陰から見つめるのは、旅人の装いをした金髪と中性的な美貌を持つ人物。
「――あのオヤジがコッチに来るなんて……なんか面倒臭いことになってきたなあ。だけど――」
旅人は、金髪の夫人を見つめながら嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「元気そうで……安心したよ……」
旅人はそう呟きながら人混みの中に姿を消した。
一方、屋敷を目指すヨネシゲ一行は――
「ソフィア。悪いが明日の話し合い……君も同席してくれるか?」
「ええ、いいわよ。私もお義父さんと色々とお話ししてみたいからね」
「ありがとう」
そしてソフィアが苦笑を浮かべながら言う。
「それにしても……お義父さんと生き別れたって……結構酷い設定だよね?」
「ナッハッハッ……事情は話せば長くなるが……詳しいことは明日教えるよ……」
「うん、わかったわ」
続けて角刈りが一同に依頼する。
「皆さん。申し訳ありませんが……今日親父と会ったことは他の皆には内緒でお願いします。今は……余計な混乱を避けたいので……」
「了解ッス! 口が裂けても言いませんよ!」
「わかったわ。今日のことは秘密にしといてあげる」
「わかりました。先程の出来事は知らなかったことにしておきますよ」
「皆さん、ありがとうございます!」
これでヨネガッツの件に関しては、これ以上広がる心配はなさそうだ。
「さあて! 嫌なことは忘れて宴を楽しもうぜ!」
「ウフフ。嫌なことだなんて、お義父さんに失礼だよ?」
「ガッハッハッ! ドンマイだな!」
そんな会話をしているうちにサンディ家屋敷に到着。ノアが角刈りたちを先導しながら伝える。
「さあ皆さん。宴の前に温泉で疲れを癒やしてください」
「温泉!?」
その言葉を聞いた角刈りの瞳が活魚の如く輝いた。
――ところが。
「――屋敷には強力な結界が張ってあるみたいだけど……破るのは容易そうね――」
木陰からサンディ家屋敷を凝視するのは――ゴシック服の女性。
「ちょっと仕込んでおきましょうか――」
女性はニヤリと口角を上げた。
つづく……




