第377話 リッカ散策(後編)
――ごちそうさまでした!
食事を終えたヨネシゲたちが満足げな笑みを浮かべる。
「あ〜食った食った! ここ五日間は保存食で済ますことが多かったからな、一品一品が身に沁みたぜ!」
「フフフ……私もつい食べ過ぎちゃったわ」
「ハハッ! 追加でかき揚げと芋の煮物、シメにぜんざいパフェも頼んでたからな!」
「ちょ、ちょっとあなた……声が大きいわよ……」
「ガッハッハッ! ドンマイ!」
妻のオーダーメニューをバカでかい声で口にするヨネシゲ。ソフィアは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
(もう……声が大きいよ……だけど――あなたは……初めて出会った時から変わってないね……)
それでいて夫の顔を嬉しそうに見つめるのであった。
「――それで? このあとはどこを周るのかしら?」
「リッカには競獣場はあるのかい? できれば空想術技新聞を購入したいんだが……」
「ちょ、ちょっと、ジョーソンさん……」
この後の予定を尋ねるグレース。その隣で娯楽を求めるジョーソンにカエデが呆れた表情を見せる。
するとマダムたちが互いに顔を見合わせながら微笑むと、一同に提案する。
「あの、皆さんがよろしければ……市場を除いて見ませんか?」
「おお、市場か……」
ソフィアの提案を聞いた角刈りたちが興味深そうに頷く。更にドロシーとプリモが彼女の後に続く。
「ええ。先程お二人とお話ししたのですが……今日から私たちはこのリッカで生活することになります。そうなると最寄りの市場はある程度把握しておきたいところなのです」
「家族の元気の源となる食材選びは私たちにとって重要な仕事ですからね!」
「「「ねーっ!」」」
仲良し女子と化してしまったマダム三人衆が共感しながら声を揃えた。
「俺もフィーニスの魚を見てみたいな」
「俺も酒屋を覗いてみたいッスね」
角刈りと真四角野郎も市場散策に一票。そしてカエデ、ジョーソン、グレースも賛同した様子で頷く
「ヨッシャ、決まりだな!」
意見がまとまったところでノアが気合の入った声で一同に告げる。
「わかりました! フィーニス民を代表してこのノアが『リッカ総合市場』をご案内しましょう!」
『よろしくお願いします!』
かくして一同は『リッカ総合市場』へ向かうのであった。
――蕎麦屋から移動を開始すること約十分。角刈りたちは『リッカ総合市場』に到着。
そこには、和を基調とした平屋造りの木造店舗が先の見えない場所まで所狭しと建ち並んでいた。
市場は多くの買い物客で賑わっており、店主の呼び込む声も相まって活気に満ち溢れていた。
その光景を目にしたヨネシゲが興奮気味に言葉を漏らす。
「スゲェ! ここがリッカの市場か! カルムや王都の市場とはこれまたひと味違うぜ!」
「ええ。このようなデザインの店舗が並ぶ市場はトロイメライ広しとはいえどもここだけでしょう。
また商品のラインナップも他の市場とは少々異なります。フィーニスは山国ですからね、川魚や山菜などを取り扱う店が多いんですよ」
「へぇ~、そうなんですか〜」
地元民のノアが得意げに語ると、ヨネシゲが興味深そうに聞き入る。
その後方ではドランカドとカエデ、マダム集団が珍しい店舗の数々に目移り。
「おお、麺専門店や緑茶専門店もあるッスよ!」
「か、乾物や、ちょ、調味料のお店も気になります! わっ、わっ! 和菓子の直売店もありますよ!」
「これは凄いですね。初めて見る川魚や山菜がたくさん並んでいます」
「それでいてお肉屋さんや八百屋さんも充実しているから、今まで通りの献立も維持できそうだわ」
「寧ろ、おかずのバリエーションが増えそうで、今からワクワクしております」
一方でグレースとジョーソンが周囲の反応に感心した様子だ。
「――それにしてもノアさんは領民たちに慕われているのね。市場を歩くだけでこの歓声よ」
「おまけにこんな俺たちまで『王族を死守した英雄』と呼んで称えてくれるんだから、なんだか申し訳ないね〜」
その会話にノアが反応する。
「実際、皆さんは『王族を死守した英雄』に変わりありません。義のために、献身的に戦った皆さんの姿に領民たちも心を打たれたのでしょう」
するとグレースがある疑問を投げ掛ける。
「それにしても随分と情報が早いのね? 私たちがリッカに到着したのは今朝ですよ?」
「ああ。リッカを目指す道中、何度かヒョーガ様に伝書想獣を飛ばしていたからな。大きな混乱を避ける為、ヒョーガ様が領民たちに周知させたのだろう」
「なるほどね」
「それと……旦那様と皇妹殿下との間で起きた一件は公にしていない。事情を知るのは俺たちも含めて一部の者だけだ。お二人の威厳を保つ為にもこの件は今後も伏せておきたい……協力を頼む」
頭を下げるノアにグレースが微笑む。
「ウフフ。貴方も旦那様のことが大好きなのね?」
「ああ……命の恩人だからな。それに……旦那様には皇妹殿下と幸せになってもらいたい……」
「あらそう。そういう貴方もそろそろ身を固める歳じゃないの?」
「フッ……まだそんな年齢じゃねえよ。もう少し遊んでおきたいからな。まあ、とびきりの美女から言い寄られたら考えてもいいが……」
「あら? では私に言い寄られたら……?」
「ん? まさかお前……自分のことをとびきりの美女だと思っているのか?」
「ウフフ、そうよ」
グレースの返答を聞いたノアが鼻で笑う。
「フッ、そいつは自惚れってやつだぜ」
「なによ? 喧嘩売ってるの?」
「いや……喧嘩を売ってるつもりはねえ。確かにお前は誰もが振り向く美女だ。だけどフィーニスの美女たちも負けちゃいねえぜ?」
「やっぱり喧嘩売ってるわね。そこまで言うなら貴方のこと振り向かせてあげようかしら?」
「何を言っている……そもそもお前は旦那様みたいな年下の美少年が好みなんだろう? 俺なんか振り向かせてどうするつもりだ?」
「ええ。確かにそうだけど……言われたままじゃ私のプライドが許さないのよ……ここまで貶されたのは初めてですからね……」
「ちっ……面倒くさい女だな……」
「貴方……ホントムカつく男ですこと! 魅了の煙霧で跪かせるわよ?」
「フッ……やれるもんならやってみな……!」
「――若いっていいね〜」
口論を始める二人をジョーソンがニヤリと微笑みながら見つめるのであった
――その後も一行の市場散策が続く。
川魚専門店では、ヨネシゲが川魚を眺めながら唸る。
「うむ! どれも鮮度抜群の魚ばかりだぜ!」
「ええ。ここに並べられている魚は全て今朝釣れたものばかりですからね」
角刈りはノアの説明を聞きながらあることを尋ねる。
「ノアさん」
「なんでしょう?」
「この魚を買って帰りたいんですけど、今日の宴で出してもらうことはできますか?」
透かさずソフィアが夫を注意。
「あなた、失礼だよ……サンディ家の方々がせっかくご馳走を用意してくれるというのに……」
「それはわかってるけど……でもこれ美味そうじゃんか。塩焼きにしたら最高だぞ?」
「別に今日じゃなくても……」
涎を流しながら提案するヨネシゲ。片やソフィアは呆れた様子で息を漏らす。するとノアが夫妻に告げる。
「大丈夫ですよ! 料理人に言って焼いてもらいましょう!」
「ヨッシャ! ありがとうございます!」
「で、ですけど……」
飛び跳ねながら喜ぶ夫を横目にしながらソフィアが申し訳なさそうに言う。だがノアは彼女を気遣うように微笑みを浮かべる。
「ご安心ください! 宴までまだ時間がありますから。それに今日のゲストは皆さんなんですから、ワガママならいくらでも言ってください」
「本当にすみません……」
頭を下げるソフィア。すると角刈りが彼女の肩を叩く。
「ドンマイ!」
「ドンマイじゃないわよ……」
まるで他人事。
ヨネシゲの一言に流石のソフィアも眉をピクリと動かす――が、彼は謝罪の言葉と共にこう続けた。
「すまんすまん! 今の俺、超絶調子に乗ってるよな……いやぁ~、皆から存在を受け入れてもらえて……こうして皆と散策することができるのが……嬉しくて……嬉しくてな……」
「あなた……」
嬉しそうに語る角刈り――その瞳に涙を貯めて。
「――私はどのお魚にしようかしら?」
「ソ、ソフィア?」
感慨に浸るヨネシゲを横目にしながら魚を選び始めるソフィア。優しい笑顔で夫に訊く。
「あなたはどのお魚にするの?」
愛妻に尋ねられた角刈りは、一度彼女に背を向けて眼鏡を外すと、腕で涙を拭う。そして再び彼女に向き直るとニヤリと歯を剥き出した。
「俺はこれと……これと……これと……あとこれも……」
「ウフフ。欲張りさんね」
「ナッハッハッ……おっ、そうだ! せっかくだから皆の分も買っていこうぜ!」
「ええそうね! きっと皆さん喜ぶと思うよ――」
仲睦まじく魚を選ぶ夫妻をノアが優しい眼差しで見守るのであった。
一方、川魚専門店と隣接する調味料店では、カエデがはしゃいだ様子でメープルシロップが入った瓶を指差す。
「み、見てください、プリモ様! こ、この量で、こ、この価格! お買い得過ぎます! こ、これなら毎朝トーストに塗っても一ヶ月以上は持ちますよ!」
「フフフ。思い切って買っちゃったら?」
「そ、そうしたいのは、や、山々なんですけど……」
プリモに購入を勧められるも、カエデは指を組みながらモジモジする。
「じ、実は……も、持ち合わせが……無くて……」
恥ずかしそうに告げるカエデ。するとプリモはメープルシロップの便を手にすると、店主を呼び寄せる。
「すみません。これ、くださるかしら?」
「へい! まいど!」
「プ、プリモ様……?」
「欲しいんでしょ? これは私からのプレゼントよ」
「い、いけません! こ、こんな私なんかの為に――」
慌てるカエデにプリモが微笑む。
「いいのよ。こうして皆とお買い物を楽しむことができるのも、カエデちゃんが体を張って私を護衛してくれたお陰ですから」
「そ、そんな……わ、私一人だけの力じゃ――」
「いいから受け取ってちょうだい。これは私の気持ちですから」
「ほ、本当に……い、いいんですか……?」
「ええ」
メープルシロップの瓶を受け取ったカエデがぱあっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
調味料店の向かい側の珍味屋には、酒のつまみを選ぶ、ドランカドとジョーソンの姿があった。
「ヘヘッ。イカの塩辛に……たこわさびもあるッスよ!」
「いいねいいね! 俺はこのイクラの醤油漬けにしようかな!」
「――大将、コレ、全部くださる?」
「あいよっ! まいどあり!」
その隣で珍味を大量買いするグレース。ドランカドが興味深そうに尋ねる。
「グレースさん、そんなに大量に……何を買ったんですか?」
「ウフフ……コレよ」
「……牡蠣のオリーブオイル漬け……?」
「そうよ。コレをお世話になった殿方たちにプレゼントしようと思いましてね」
「プレゼント? どうしてまた牡蠣のオリーブオイル漬けなんか……?」
真四角野郎の質問に妖艶美女が艶っぽい笑みを浮かべながら答える。
「牡蠣を食べると精力アップが期待できますからね。まだまだ頑張り盛りのヨネさんやマロウータン様、これから頑張らなくちゃいけない旦那様やヒュバート王子にうってつけの食べ物なんですよ」
「さ、さすが……グレースさん……抜かりないッスね……」
「ええ。いざ皆さんの所へ夜這いしに行っても、元気がなかったら意味がないでしょ?」
「またまた……ご冗談を……」
「ウフフ……割りかし本気ですけど――」
苦笑を見せるドランカドにグレースが瓶を一個手渡す。
「これは?」
「ウフフ……コレ、貴方にもプレゼントしますよ」
そしてグレースがドランカドの耳元で囁く。
「――ノエル殿下と頑張らなくちゃいけないでしょ?」
「ファッ?!」
「女をあまり待たせてはいけませんよ?」
「そ、それはどういう意味ッスか!?」
「さあ……ま、もう少し乙女心を理解することね――」
妖艶美女は真四角野郎にそう告げると角刈りの元へ向かった。
一方のドランカドは顔を真っ赤にしながら立ち尽くすのであった。
――日が傾き始めた頃。
市場での散策を終えて帰路につくヨネシゲたち。とても有意義な時間を過ごした一同はご満悦の表情を浮かべていた。
「いい買い物ができたぜ!」
「ええ、そうね!」
「早く帰ってこの魚をシェフに渡さねば――」
愛妻と言葉を交わしながら、嬉しそうに川魚が入った籠を見つめるヨネシゲだったが――突如、視界に華やかな明かりが映り込む。
「なんだ……あれは……?」
角刈りが視線を向けた先――そこにはネオンがひしめき合う、つい引き込まれてしまいそうになる、路地の入口があった。
「ノアさん。あの先は随分と派手な通りになっているようですね?」
尋ねる角刈りにノアが耳打ちする。
「あの先は――遊郭街になっております」
「遊郭街!?」
「しーっ! ――こう見えても俺は結構遊び歩いておりましてね……遊郭街でも顔が利くんですよ……」
「ほう……」
「もし……ヨネシゲ殿がよろしければ……宴の後、遊郭街をご案内しましょうか……?」
「ヘヘッ……了解っす……ノアさんのご厚意は無駄にできませんな……」
――その刹那。
ゴオオオオオオオッ!!
「「!!」」
突然背後から感じる殺気。
角刈りが咄嗟に振り返るとそこには――満面の笑みを浮かべるソフィア。
愛妻の背中からは黒いオーラが立ち昇っているように見えた。
「す、すんません、ノアさん……パスで……」
「そ、その方が……良さそうですね……」
角刈りは誤魔化すように辺りをキョロキョロと見渡す。
「ナッハッハッ……ノアさん、アレも随分と派手な建物ですね?」
「あ、はい。あれは所謂……ラブホテルです!」
「そ、そっか! ラブホテルか! こ、これは興味深い!」
ゴオオオオオオオッ!!
「「……ひっ!?」」
再び背後から感じる殺気。ヨネシゲのみならずノアまでもが顔を強張らせる。
――その時である。
ラブホテルの出入口から賑やかな男女の声が聞こえてきた。
「「「勇者さま〜♡」」」
「ガッハッハッ! まだ惚れ薬の効果が消えねえか……こいつは参ったぜ!」
美女たちに身体を密着されながらラブホテルから出てきた白髪の老年オヤジ。
その姿を目にしたヨネシゲが――
「……え? ああああああああああっ!!」
その声に気が付いた老年オヤジが――
「……ん? ああああああああああっ!!」
角刈りと白髪は互いに指差しながら絶叫を轟かせた。
つづく……




