第376話 リッカ散策(中編)
ボッタクローとその取り巻きたちが怯える父娘を取り囲む。
『ボッタクロー』――緑髪丁髷頭がトレードマークの強面中年男。派手なスーツを着崩し、腰には刀を携えていた。
ここ最近、リッカの街に出没するようになった新手の高利貸しである。
『愛情真心低金利』と甘い謳い文句で消費者に迫るも、実際は超高金利であり、超高額の支払いを請求するなど、その手口は悪質。またあの手この手を使って家族を担保に入れさせるなど、非道を極めている。
そして……ボッタクローの前で跪くこちらの男性も被害者の一人だ。その隣ではまだ幼い娘が怯えた様子で父親の腕にしがみついていた。
丁髷が不敵に顔を歪ませながら罵声を吐き散らす。
「このクズ野郎がっ!! 今月は生活が厳しくて払えねえだと?! ふざけるんじゃねえぞ!! この恩知らずがっ!! 一体誰のお陰で嫁さんの病気を治せたと思ってるんだあ?! 金が無いなら死に物狂いで働けっ! 知り合いに片っ端から頭を下げて金を掻き集めてこいやっ!! それができねえなら――」
ボッタクローが乱暴に少女の腕を掴み上げる。
「きゃっ!」
「テメェの娘を連れて帰るまでだ!」
丁髷が少女の腕を引っ張りながら立ち去ろうとすると、父親がその足に縋り付く。
「そ、それだけはご勘弁を! 娘を返してください!」
「黙れっ!! 娘を担保に入れたのは貴様だろうがあああああっ!!」
「あ、あの時は……脅されて……」
「はあ?! 最終的にサインしたのは貴様だろうがあああああっ!! まるで俺らが悪者みたいじゃんかああああああっ!!」
「うぐっ!?」
ボッタクローは絶叫を轟かせながら男性を蹴り飛ばす。すると野次馬の一人が抗議する。
「おいっ! いくらなんでも子供を連れていくなんて酷すぎるぞ! そもそも不当な高金利での金貸しは禁じられているだろ!?」
「黙れっ!! 他人が口出すんじゃねえよっ!! これは俺とコイツとで交わした契約なんだ! 借りた物は耳を揃えて返してもらわねば困るんだよっ!! それともお前が肩代わりしてくれんのか?!」
「くっ……りょ、領主様に言い付けてやるぞ!」
だがボッタクローは動じず。フィーニス領主を侮辱する。
「ははん?! チクりたければ勝手にチクればいいだろうがよっ!! そんなんで怖じ気付く俺らじゃねえぞ?!
それに王都守護役を名乗っておきながら、王都を守りきれねえヘッポコ公爵なんぞ、恐るるに足りんわっ!!」
丁髷が男性を見下ろす。
「無駄話はここまでだ。金を返せねえなら約束通り娘は貰っていく! これで借金の半分は返済できるだろう」
「お、お待ちくだされ! どうか……娘だけは……ご勘弁を……!」
何度も額を地面に打ち付けて懇願する男性。するとボッタクローが不敵に歯を剥き出しながら代替案を告げる。
「だったらよ……両手両足でも差し出してもらおうか?」
「!!」
「お前が大人しく両手両足を差し出せば、大事な娘は見逃してやるよ……」
「ひっ……」
ボッタクローは腰に携えていた刀を抜くと、じわりじわりと男性との間合いを詰める。
「四肢は実験材料として高く売れるみたいだからな……」
「や、やめっ……」
「大人しくその手足をよこしなっ!!」
「ヒイイイイイッ!!」
丁髷が刀を振り上げた――その時だ。
群衆の中からあの男たちが姿を見せる。
「おうおうおうおう! 兄ちゃんよ、ちょっと待ちな」
「弱い者イジメはいけないッスね〜」
「な、なんだ!? 貴様らはっ!!」
ボッタクローが視線を向けた先には――二名の角刈り!
「俺はクボウ家・家臣――ヨネシゲ・クラフト男爵だ!」
「同じく、クボウ家臣――ドランカド・シュリーヴっスよ!」
ヨネシゲとドランカドが名乗り終えると、丁髷が眉を顰める。
「お前らが……今朝方到着した落ち武者暴君の取り巻きって訳か……」
公然の場で、自領主だけではなく国王までもを愚弄するボッタクロー。すると我慢の限界を超えた金色短髪の青年が、怒気を宿した声を放つ。
「さっきから黙って聞いていれば失礼な発言ばかりだな?」
「あん?」
丁髷が振り返ると、そこにはフィーニス人なら誰もが知る、あの猛将の姿があった。
「き、貴様は……ノアっ!」
慌てた様子で後退りするボッタクローに接近しながらノアが告げる。
「お前の無礼な発言の数々……全てこの耳で聞かせてもらったぞ。我が主と国王を侮辱した罪は重いぞ? 不敬罪でその身柄を拘束する!」
――だが。
「フン! ヘッポコ領主の家臣なんぞ俺らの敵ではないわ! 今ここで斬り捨てくれるっ!!」
丁髷は開き直った様子で刀を構えると、取り巻きたちと一緒になって、ノアに斬りかかろうとする。
直後。
角刈りの制止する声が響き渡る。
「おい、待ってくれ! 俺はお前らと争うつもりはねえ!」
「あん? 先程までの威勢はどこにいったあ?! 真剣を前にして怖気づいたかあ?! こりゃとんだ腰抜け野郎共だぜ! ハッハッハッハッ!」
案の定、丁髷は角刈りたちを馬鹿にした様子で、腹を抱えながら笑う。そんな高利貸し野郎にヨネシゲが提案する。
「聞け! お前ら、金を返してほしいんだろ? だったら俺が全額立て替えてやるよ! だから……ここは丸く収めてくれねえか?」
「ヨ、ヨネさん!?」
「ヨネシゲ殿……一体……」
ヨネシゲが発した予想外のセリフに困惑するドランカドとノア。一方の角刈りは同輩たちに眼差しで訴える――『ここは俺に任せてくれ』と。
彼の意を汲んだ二人は静観する選択肢を選んだ。
「いいだろう……払う意思があるというならば――」
角刈りの提案に納得した様子の丁髷。取り巻きたちと顔を見合わせながらニヤリと歯を向き出すと、早速角刈りに返済を迫る。
「ほら、とっとと全額返済しやがれ! 早くしねえと、この男の腕と脚が刎ね飛ばされるぞ?」
そしてヨネシゲはゆっくりとボッタクローに歩み寄り――
「わかった……釣りはいらねえよっ! さあ受け取れっ!」
その刹那。角刈り頭が金色に発光する。
「金の角刈り針千本っ!!」
次の瞬間、角刈り頭から無数の剛毛――金色に輝く髪の針が放たれた。
金の針が丁髷とその取り巻きたちを襲う。
「痛っ!! 痛たたたたたたっ!!」
金の針が全身に刺さった丁髷たちの姿は、まるで黄金色に輝くハリネズミの如く。
苦悶の表情で地面を転げ回りながら、全身に刺さった剛毛を引き抜くボッタクローたち。その光景を見つめながらヨネシゲが愉快そうに高笑いを上げる。
「ガッハッハッハッ!! ザマァ見やがれってんだい!!」
「だ、騙したな……!」
悔しそうに歯を食いしばりながら睨む丁髷に、角刈りがこう言い放つ。
「どうだ? 騙される側の気持ちが少しは理解できたか?」
「ゆ、許さねえっ!! ぶっ殺してやるっ!!」
逆ギレ。
立ち上がったボッタクローは地面を蹴ると、刀を振り上げて、ヨネシゲに斬りかかる。
「おらああああああっ!! 死ねええええええっ!!」
――だがしかし。
「遅い」
「なっ?!――ブハッ!!」
角刈りは丁髷の斬撃を容易く躱すと、その顔面に怒りの鉄拳をお見舞いする。
殴り飛ばされたボッタクローは空中を飛行するようにて建物の壁に激突。白目を剥きながら失神した。
お頭を倒された取り巻きたちが怒り狂う。
「クソッ! ボッタクローさんがやられた! お前ら! あの角刈りをやっちまうぞ!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
鬼の形相で角刈りたちに襲い掛かる取り巻きたちであったが――ものの数秒で制圧されてしまった。
一連の様子を見守っていた群衆たちから割れんばかりの歓声が沸き起こるのであった。
「さすがカルムのヒーロー! 痺れちゃいますね!」
「ホント、惚れ惚れしちゃうわ。ソフィアさんが羨ましいですよ」
「ウフフ……ありがとうございます……」
夫をべた褒めするドロシーとグレース。ソフィアは恥ずかしそうに微笑みを浮かべた。
程なくすると、通報を受けた保安官たちが到着。丁髷たちは違法な高利貸し付け及び領主と国王に対する不敬罪の容疑で連行された。
事件は収束。
父娘が瞳を潤ませながら角刈りに感謝の言葉を述べる。
「皆様……何とお礼を申し上げたら……助けていただき……本当に……ありがとうございます……」
「ありがとうございます……」
「ドンマイドンマイ! 良いってことよ! 気にするなって!」
角刈りは父娘の肩に手を添えながら優しい笑みで応えた。
一方でノアが男性に忠告。
「もう二度とあんな奴らから金を借りるなよ? 困った時は遠慮せずにサンディを頼れ。旦那様は決して領民を見捨てるような真似はしないからさ」
「へい……肝に銘じておきます……」
「ヨッシャ、これにて一件落着だな!」
深々と頭を下げる男性を見つめながら角刈りが締めくくるのであった。
そんなこんなで一行はようやく蕎麦屋に到着。待ちに待ったランチタイムを楽しむ。
ヨネシゲは注文した料理が運ばれてくると、自慢げに紹介を始める。
「じゃじゃーん! 天丼大盛りとざる蕎麦特盛! 山菜と川魚のかき揚げも追加で頼んだぞ! どうだ、美味そうだろう?」
「あなた……ちょっと食べ過ぎじゃない? 夜食べれなくなっちゃうよ?」
少々呆れ気味に苦笑を浮かべる愛妻に、角刈りはドヤ顔で応える。
「大丈夫だよ。俺の胃袋は底なし沼だからな。いくら食べてもすぐ腹が減っちまうのさ」
「だからポッコリお腹になっちゃうのよ」
「ガッハッハッ! 違いねえ! そういうソフィアは何頼んだんだっけ?」
「私は山菜蕎麦と出汁巻き卵だよ」
「おお! ソフィアのも美味そうだな!」
一同、料理が届いたところでノアが合図を出す。
「皆さん、冷めないうちにいただきましょう!」
「ヨッシャ。そんじゃいただくとしましょうか!」
「「「「「いただきます!」」」」」
「――ウマッ! このかき揚げサクサクしてて絶品だぜ!」
「だし巻き卵もふわふわトロトロで頬が落ちそうだわ」
「く〜っ! とろろ蕎麦も最高ッスよ!」
「お、お、大葉の天ぷらも、す、凄く美味しいです!」
「ウフッ、お出汁が香り豊かで美味だわ」
「皆さん、気に入ってもらえて良かったです!」
一同、絶品料理に舌鼓。至福のひとときを過ごすのであった。
つづく……




